ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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お盆

おはかまいり、じゅうきゅう

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どうして俺は墓参りに付き添っただけなのに二時間も山道を歩いた上に滝行をする羽目になってしまったのだろう。

「血を洗い流せって言われても……俺には見えないんですよね」

ひとまず布団などを片付け、また自分の手や着流しを見てみるも雪兎達の言う血は見えない。

「見えなかったら汚れててもいいってのかよ」

「いや……見えないのに血まみれとか言われて、獣道二時間の後に滝行とか嫌すぎて」

「俺達の先祖とはいえ、霊の血が付着したままにしておくと最悪衰弱死するぞ」

陵辱した上に衰弱死の危機に陥れるなんて、随分と酷い真似をしてくれるじゃないか。雪風にそっくりな美形集団だからといって何でも許されると思うなよ。

「乗り気になれねぇか。仕方ねぇな……ユキ、ちょい耳貸せ」

俺が血まみれなのを怖いと思うような幼さがまだ残っているのか、雪兎は不安そうな顔で俺を見上げている。そんな彼に雪風は何かを伝え、雪兎はこくりと頷いた。

「お散歩行こうか、ポチ。犬なんだから獣道二時間くらい歩くけど大丈夫だよね? その後は滝で水浴びしようね、凍えるほど冷たいし勢いもすごい滝だけどいいよね?」

「ユキ様が仰られるのであればこのポチたとえ火の中水の底、獣道滝の底!」

「単純なMで助かるぜ。ところで親父ぃ、俺は昼から仕事だから付き合ってやれねぇんだけど」

「道を知らなきゃいけないだろうから案内は絶対に必要だ。霊の血とはいえ若神子の血、怪異が寄ってくるだろうから追っ払う役も必要だな。最低一人で構わないが……俺も無理だな、車椅子で通れる道ではないし、俺を抱えて行けば滑落の危険がある」

アスファルト道が素晴らしいと思う日が来るとは予想していなかった。

「俺が仕事で親父は物理的に無理……じいちゃん頼めるか?」

「雪大に山道は無理だ、すぐに転んで駄々をこねて動かなくなるぞ」

「僕が行くよ、僕の犬だもん」

「ユキ……でもお前滝の場所知らないだろ?」

「僕が行くよ。可愛い孫だもんね、秋夜くんに侮られたままってのも嫌だし」

俺は「孫じゃなくて曾孫です」と言い出せないまま成り行きを見守り、曽祖父と雪兎が着いてきてくれることになった。

「車に着替え積んであるから一旦車まで行こうぜ」

霊廟を後にして黒い高級車の元まで戻る。一体いつから待っていたのか、使用人達は欠伸をしながら車の収納を開けて着替えを取り出した。

「着替えって俺らの持ってきてくれてるんじゃなくて、使用人さん達の服の予備があるって意味かよ」

「着流しよりマシだろ」

「靴もどうぞ。私は運転はしないのでお気になさらず」

「……どうも」

サイズは合っていないが伸縮性のある素材だったおかげでスラックスは履けた。しかしシャツはどうしても胸元のボタンが止まらず、胸筋の谷間を露出させる出来となった。

「……血まみれじゃなきゃエロかったんだろうな、残念だぜ。まぁでも尻はいいな、ピッチピチのスラックスがたまらん。抱いてくれ真尋」

ジャケットは暑さを言い訳に断り、山を革靴で歩く舐めた行為に不安を募らせる。

「おじい様は着替えないんですか?」

「うん、僕はこっちが慣れてて動きやすいし。そろそろ出発しようか」

「はい。じゃあな雪風、仕事頑張れよ。ユキ様、そんな素肌を出して獣道なんて大丈夫でしょうか、ポチはユキ様の柔肌が心配です」

「平気だよ」

祖父が車に乗るのを手伝い、雪風にさよならと行ってらっしゃいの意味を込めたキスをする。

「じゃあね秋夜くん、朝ごはん一緒に食べたいから待っててね」

「何言ってるんだ、俺も行くに決まってるだろ」

「舗装された道の外側は本物の神域だよ。若神子の苗字も、雪の字も持たない君が歩ける場所じゃない。一歩で発狂死だ。君がそんなことになったら僕はどうすると思う? 僕に惨たらしい死に方をさせたくないなら車に乗って」

「………………分かった」

曽祖父の恋人の秋夜は深いため息をついた後、頭を掻きむしりながら車に乗り込んだ。見た感じ四~五十代の彼が八十超えの曽祖父の恋人なんて、若い愛人のようなものだろうと思っていたけれど、彼らの間には本物の愛があるように思えた。

「よし、じゃあ行こうか。この脇道から道なりにまっすぐ行けば着くからね」

霊廟へ向かう階段の脇を指す曽祖父の指の先に道なんて見当たらないし、彼が先導する先にも道なんてない。俺は帰ったら朝食よりも先に道なりという言葉を辞書で引いて曽祖父に見せようと決めた。
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