ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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郊外の一軒家

はじめての……よん

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ミートハンマーによる殴打が止まない。いい加減ムカついてきた、雪兎が泣いている、あんなに叫んだら喉を痛める、あんなに泣いたら目が萎んでしまう。可愛い雪兎の頬が涙で荒れたらどうしてくれる。

『睨みやがって……クソ、堪えてる気がしねぇ。ダメだぜコイツ多分吐かねぇ、家の場所なんざ適当な浮浪者に発信機くっつけて車道歩かせりゃいいんだ』

『だからあの山では電子機器は使えなくなって……おいっ! クソっ、チンピラが……まぁいい、吐かなさそうってのは同意見だ。ソイツは好きにしろ』

冷静な男が短気な男を止めるのを諦める。短気な男は鞄からネイルハンマーを取り出し、俺の鎖骨に振り下ろした。もちろん一発では終わらない、頭蓋骨や頬骨、肋骨など骨を狙って殴ってきた。

「……っ、ぐぅっ……」

『ようやく声上げたか! はははっ! 可愛くなってきたじゃねぇか!』

雪兎から贈られた着物は特殊な繊維で出来ているようで、鎖骨と肋骨はおそらく無事だ。だが顔は、多分もう一目と見られたものじゃない。

「ポチっ! やだ、やだやだやだっ! やめてよ、やめてぇっ!」

雪兎の悲痛な叫びに胸を締め付けられる。何度も殴られて倒れ、仰向けになると当然手錠は男達に見えなくなる。俺は今がチャンスだと関節を外し、手錠から手を抜き始めた。

『やめてっ、やめて! やめてってばぁ! 僕が狙いなんだろ、ポチ関係ないじゃんかぁ! お願いだからやめてよ、家の場所も僕が言うから! ポチ虐めないでよぉ!』

『うるっせぇぞガキっ! おいもう殺していいだろコイツのギャンギャン声頭に響くんだよ!』

『やめろ! 依頼を忘れたのか!』

短気な男はギリギリと歯を食いしばった後、舌打ちをして俺に跨り、俺の額に拳銃を押し当てた。まだ手が手錠から抜けていない、後数秒でいいから猶予が必要だ。

『はぁっ……クソ、おいガキ! てめぇのお気に入りが脳漿ぶちまけるとこしっかり見やっ……』

パンッ! ともバンッ! ともつかない破裂音。厚みのある大きな風船を割ったような音だった。その音の意味はすぐには理解出来なかった。俺は音と共に短気な男が消えたことについて考えるのを後にし、手錠から手を抜いて立ち上がり、真っ赤に変わった床を踏み締めて呆然としている冷静な男に組み付いて首を折った。

「ぉ」

腕に骨折の振動が響いた。俺は親指の関節を戻してから男のポケットを漁り、拳銃を手に入れた。

「……少々お待ちください」

痛みを脳内麻薬で無理矢理誤魔化し、倉庫の外に出て敵らしき三人の男の頭に銃弾を撃ち込み、中に戻った。

「ユキ様、ユキ様ご無事ですか、ユキ様!」

爪先から頭のてっぺんまで身体の前面が赤く彩られた雪兎はボーッとしていたが、何度か名前を呼ぶとハッとした表情になった。

「…………ポチ」

壁も床もコンクリートそのままの色をしていたのに、一瞬で赤く染め上げられた。しかし俺や雪兎や冷静な男の影になっていた部分の壁や床は変わらずコンクリート色だ。
充満する血の匂い、壁にへばりついた皮、内臓、骨の破片、突然消えた短気な男と破裂音、これらの情報から導き出されるのは──

「……助けていただきありがとうございました」

──雪兎の超能力、見つめたものを破裂させるというシンプルで凶悪で使い所の少ない力が行使されたということ。

「ポチ……ポチ、どうしよう、僕……人間に、生き物に使っちゃダメって……言われてたのに」

「緊急事態でした。正当防衛ですよ。使ってくださらなければ俺はもちろんユキ様も遅れて死ぬことになっていましたから」

「でも、でも……ポチの手錠壊すとか、武器全部壊すとか、やりようはあったのに僕……僕、僕……人を、殺した」

「俺も殺しましたよ。それも四人」

俺ははらはらと涙を流す血まみれな雪兎の手を強く握った。

「初めて人を殺しました。ユキ様も初めてなんですね。お揃いですね」

「ポチ……ありがとう、ごめんね」

正当防衛と言えるだろうに殺人を犯した罪の意識からか涙が止まらない様子の雪兎を見つめ、四人も殺したのに少しも心が動いていない自分は何なのだろうと不思議に思った。
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