ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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雪の降らない日々

さいりゅーがく、に

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雪兎が飛行機に乗ってアメリカへ渡ってしまった翌々日、俺は祖父の部屋に居た。理由は単純明快、呼び出されたからだ。呼び出された理由も察しはつく。

「……白子って、あるじゃないですか」

媚薬はすっかり抜けていたが、昨日発情した身体を慰めるために自慰をしまくったせいか身体は重だるい。

「それ以上話すな」

「あの件じゃないんですか?」

「……まぁ、そうなんだが。薬盛られたまま一人で居させるのが心配で……嘔吐とか心停止とか、そういうのに対処しつつお前を慰めるようにって指示しちまったのは俺だ、俺の失態、俺が悪かったから……なんだ、その……罪悪感とかは持つなよ」

「全く持ってないです」

昨日、俺は俺を襲おうとした使用人の陰嚢を噛みちぎった。全体的にハッキリとは覚えていないけれど、この世のものとは思えない悲鳴が上がる寸前に陰嚢がヒュッとしたのは何故か唯一よく覚えている。

「ないのか? 意外だな、雪風の家庭教師痛めつけろって言った時は動けなかったくせに」

「…………アレは多分、真尋だったから」

真尋の時には少しでもイラッとしたら人を殴るくらいは可能でも、流血沙汰や殺人には一歩引いてしまう。
けれどポチは違う、ポチは雪兎に忠実な犬だ。主人を守るためなら何だってするし、主人のお気に入りの俺の身体を穢すような奴の排除も無感情で行える。

「ふぅん……? まぁ、いい。薬はもう抜けたんだな? 今後は訓練に参加しろよ」

「はい!」

「来週一つ仕事を任せたい。オカルト関係のものだが、危険性の低い簡単なものだ……と、思う。お前は俺が渡す指示書の通りに動けばいい」

「承知しました!」

祖父の部屋を出た後はもちろん、次の日も、その次の日も、俺は普段以上に訓練に励んだ。雪兎が居ない寂しさを誤魔化すように、湧き上がる性欲を格闘訓練で無理矢理発散させた気になって、必死に頑張った。

「カンは取り戻しました、仕事……多分出来ます」

「そうか」

「……ちなみにこれ俺一人でやるとか」

「無理だろ? 一人でやりたい気持ちは分かるがな」

仕事を明日に控えて仕事の詳しい内容と指示書を受け取った俺は使命感などを薄れさせ、深い深いため息をついた。

「あのクソ叔父と仕事とか……」

雪風は超自然的な存在との対話を基本とするから俺が想像していた除霊のような仕事はなく、対話には集中が必要で護衛は不要なので、俺が雪風の仕事に同行することはまずない。
しかし雪兎は攻撃的な力を持っているから除霊系の仕事を多く取ることになるだろうと、同行するだろう俺にも慣れが必要だろうからと、祖父は普段なら取らない安い仕事を叔父に振って俺に同行を命じた。

「……頑張ります」

俺のために探され、俺のために取られ、俺のために祖父が叔父に頼んでくれた仕事だ。頑張る以外の選択肢はない。
ちなみに仕事の内容は「最近体調が悪く、不幸も続いて困っている」というものだった。神社に行ってみたところ、霊能力者に仕事を依頼する方法を教えられたらしい。

「神社でお祓いとかしないんですね」

仕事当日、俺は資料を片手に運転中の使用人に話しかけた。

「する神社もありますけど、その神社は仲介業者みたいなところのようですよ」

「ふぅん……」

視界の端を流れていく窓の外の景色や、車特有の揺れ、音が俺の神経を苛む。資料に集中しようとしても、使用人に話しかけて気を紛らわせようとしても、上手くいかない。

「…………クソ」

いつまで経っても車に慣れない自分への苛立ちが募った。
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