ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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郊外の一軒家

はじめての……にじゅうさん

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夜の戸鳴町を國行をおぶったまま歩いていく。繁華街を抜けて工場地帯に行くのが一番の近道だ、繁華街は空気が悪いしキャッチが鬱陶しいからあまり歩きたくはないが、着物を着た子連れの男に声をかけるバカなキャッチが居るとは考えにくい──

「オニーサンオニーサン、三千円ポッキリおっぱい揉み放題!」

──居たわ。

「どけ、下手くそな日本語しやがって……」

舌打ちをしながら睨めば大抵の人間は逃げていく。こういう時ばかりはこの顔に感謝だな。



繁華街を抜け、人通りと街灯が減ってくる。不意に空を見上げ、山中に建っている若神子邸から眺める夜空に比べて星が少なくて退屈な景色だと素直な感想を抱く。いつか國行にも綺麗な星空を見せてやりたい、秋頃にでもまとまった休暇を取ってキャンプにでも連れてってやろうか。

「……っ、の…………キが……! 誰の…………げで…………と……」

静けさに浸っていると、怒声と激しい物音が耳に届いた。不快感のまま音のする方を睨んでみると、ボロアパートがあった。

「…………」

道をズレて少し近寄ってみると、一室の扉が開いてみすぼらしい格好の子供が飛び出してきた。

「……っ、と……大丈夫?」

俯いたまま走ってきた子供は俺の足にぶつかり、尻もちをついた。握り締めていたのだろう小銭が周囲に散らばる。音に惹かれた俺がアパートの敷地内にまで立ち入っていたせいでもある、手を貸すくらいはしてやらなくては。そう考えて國行をどうにか片手でおぶろうとする俺の耳に、中年男性の怒声が届いた。さっき聞こえたのと同じ声だ、今度はハッキリ聞こえた。

「チンたらしてねぇでとっととツマミ買ってこい!」

男の怒声のせいか國行の眠りが浅くなっているようで、俺の背中でモゾモゾしている。

「……っ、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、すぐっ」

子供は慌てて小銭を拾い集める。その腕にある水玉模様に気付いた俺は、思わずしゃがみこんで子供の手首を掴んでいた。

「何これ」

「ひっ……!?」

袖がタイツのような薄い素材で出来ていて、それが水玉模様だとか、そんなんじゃない。煙草を押し当てた跡だ。

「……おい、ウチのガキに何触ってんだこの変質者」

男の口には煙草が咥えららている。

「ウチの……? アンタの子か? 実子?」

「あぁ? だったら何だ」

「……実の子を虐待してるのか?」

「人聞きの悪ぃ……何でそうなる」

腕の根性焼き、夜中に怒鳴ってお使いに行かせる、そして何よりこの怯えよう、証拠は十分だと思う。

「……? おい、何する気だ」

「通報」

「……っ!? だ、だめっ」

「すぐお巡りさん来るからな~」

駅からここまで来るのに交番を見た、十分とかからず来てくれるだろう。

「だめ! やめて! おねがい、大丈夫、大丈夫だから。お父さんとなかよし、ね? しんぱいありがとう、大丈夫」

子供は震えながら父親の隣に立ち、引き攣った笑顔を作ってみせた。

「お巡りさんは話の分かる人だからな~、躾に熱が入ってしまってって真摯に説明すりゃあすんなり帰ってくもんなぁ?」

ぽん、と煙草を持ったままの手が子供の頭に置かれる。

「お前の兄貴ん時そうだったもんな、うっかり殺しちまったけど……事故って分かってくれた! うん。ちょっと蹴っただけで頭からすっ転ぶヤツがドン臭ぇんだ、なぁ!」

ぼす、ぼすっ、と子供の頭を何度も叩く。

「……人の家庭事情に首突っ込まないでもらえますか~?」

「…………なんで」

「あぁ?」

俺の父親は血まみれになって死んだのに。雨が降り頻る中冷たくなっていったのに。

「……父さんは優しかったのに、なんで、お前は」

どうして優しい父が死んで、子供を殺すような父親が生きているんだ? 

「なんで?」

単純な疑問だった。怒りとは少し違う、嫉妬には似ている。疑問の答えは浮かばなかったが、この状況は正しくないと思ったので、正すことにした。

「いっ……!? ぐっ、ぅ……何すんだてめっ、がっ……はっ、ひっ、ひぃいっ!」

二発ほど殴ったら男が逃げ出した。自宅なのだろうアパートの一室に逃げ込んだ。俺はすぐに鍵がかけられる途中の扉を蹴破り、乗り込んだ。所狭しと酒の空き缶やカップ麺のゴミが転がる中、逃げ回る男に追いついては殴り、追いついては蹴り、追いかけるのが鬱陶しくなったので目に付いた包丁で足を壊して動けないようにした。

「生きててっ、いいのは、父さんとっ、母さんよりっ……優しい、親だけだっ! それ以外は、三十っ、八より、長生きしちゃっ、ダメだろ! 間違ってるっ、バグだお前なんかっ、世界のバグ、ユキ様の生きてるこの世界に間違いなんかっ、あっていい訳ないっ……!」

四度目に突き刺した時、包丁が上手く抜けなくなった。なので落ちていた目覚まし時計を掴んで、何度も振り下ろした。壊れたら灰皿に替えた。

「はーっ、はーっ、はぁ……はぁ…………ははっ」

生臭い。生温かい。しょっぱい。とにかく気持ち悪い。でも少し、楽しい。
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