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一章 幽世へ
三話 龍
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とぼとぼと道を歩きながら、溜め息をついた時、誰かに見られているような視線を感じ、美桜は立ち止まった。肌が粟立つような、嫌な視線だ。
恐る恐る振り返ると、電柱の影に、人の形をした黒いもやのようなものが見えた。もやの中に、ぎょろりとした目が一つ、浮かんでいる。視線が合い、美桜は、
(あっ、あれは……まずい!)
咄嗟に走り出した。
妖怪や霊の中には、美桜が自分のことが見えているのだと気づくと、襲ってくるものがいる。
今まで、何度、怖い目に遭い、怪我をしてきたか分からない。気休めに持ち歩いているのは、神社のお守りだった。神様の力が宿っているのか、お守りを持っていると、かろうじて、彼らを追い払うことができた。
(今日、お守り、持ってこなかった……!)
急いで家を出てきたので、出かける時は必ず身につけているお守りを、忘れたことに気がつく。
(どうしよう……! そうだ、神社! このあたりに、神社がないかな)
美桜は走りながら神社を探した。神社に入ると、不思議と彼らは襲ってこなくなる。獲物がいても、聖域だから、境内の中まで追ってはこられないのかもしれない。
雨が降ってきた。何日ぶりの雨だろうか。けれど、今のタイミングで降らなくても良いのにと、美桜は泣きたくなった。傘など持って来ていないし、持っていたとしても、この状況では差す余裕もなかっただろう。
(夕立?)
全身濡れそぼりながら、美桜は走り続ける。いくつかの角を曲がった時、ビルの合間に、こんもりと木々が生い茂る場所を見つけた。
(もしかして……!)
息を切らせながら、森へ向かって走る。するとやはり鳥居があり、美桜は中に駆け込んだ。本殿の前まで走り、ようやく足を止めて振り返ると、黒いもやが鳥居の前で、うろうろしているのが見えた。
「良かった……」
やはり彼らは、神社の中には入ってこられない。
(あいつがどこかへ行くまで、ここで雨宿りをさせてもらおう)
美桜はほっと胸をなで下ろし、本殿に向き直った。雨宿り……と思ったが、拝所には屋根がなかった。玉垣がお社をぐるりと取り囲んでいる。その前に、地割れのような穴があり、美桜は首を傾げた。
玉垣へと近づき、中をのぞいてみる。穴の中は真っ暗だ。
(深そう……。何の穴なんだろう)
玉垣の中にあるのだから、神聖なものなのだろう。
興味深く穴を見つめていた美桜は、「そうだ」と気がつき、拝所の前へと戻った。
(助けていただいたんだから、きちんとお礼を言わないと)
賽銭箱に僅かながら賽銭を入れ、作法通りに参拝をし、心の中で神様にお礼を言った。その時、突風が吹き、美桜の髪が巻き上がり、スカートの裾がはためいた。
「きゃっ……」
あまりにも強い風だったので、小さな悲鳴を上げ、服を押さえる。頭上に気配を感じ振り仰ぐと、信じられないものを見つけ、美桜は息をのんだ。
そこにいたのは、青銀色の鱗をした巨大な龍だった。紺色の瞳で、美桜を見下ろしている。
「あ、ああ……」
美桜の体が恐怖で固まる。
(龍の妖怪、なの……?)
龍の口は大きく、美桜など、一飲みされてしまいそうだ。
(に、逃げなきゃ……)
そう思うのに、足が震えて動かない。
すると、龍が、
「びしょ濡れだな。悪いことをしたかもしれない」
と、声を発した。穏やかな口調からは、敵意や悪意は感じられない。丸みのある低音が耳に心地よく、恐怖を感じていた美桜の体から、ほんの少し力が抜けた。龍は美桜の視線に気がついているのか、じっと美桜を見下ろしている。
しばらくの間、見つめ合っていると、ふっと龍の姿が消え――。
恐る恐る振り返ると、電柱の影に、人の形をした黒いもやのようなものが見えた。もやの中に、ぎょろりとした目が一つ、浮かんでいる。視線が合い、美桜は、
(あっ、あれは……まずい!)
咄嗟に走り出した。
妖怪や霊の中には、美桜が自分のことが見えているのだと気づくと、襲ってくるものがいる。
今まで、何度、怖い目に遭い、怪我をしてきたか分からない。気休めに持ち歩いているのは、神社のお守りだった。神様の力が宿っているのか、お守りを持っていると、かろうじて、彼らを追い払うことができた。
(今日、お守り、持ってこなかった……!)
急いで家を出てきたので、出かける時は必ず身につけているお守りを、忘れたことに気がつく。
(どうしよう……! そうだ、神社! このあたりに、神社がないかな)
美桜は走りながら神社を探した。神社に入ると、不思議と彼らは襲ってこなくなる。獲物がいても、聖域だから、境内の中まで追ってはこられないのかもしれない。
雨が降ってきた。何日ぶりの雨だろうか。けれど、今のタイミングで降らなくても良いのにと、美桜は泣きたくなった。傘など持って来ていないし、持っていたとしても、この状況では差す余裕もなかっただろう。
(夕立?)
全身濡れそぼりながら、美桜は走り続ける。いくつかの角を曲がった時、ビルの合間に、こんもりと木々が生い茂る場所を見つけた。
(もしかして……!)
息を切らせながら、森へ向かって走る。するとやはり鳥居があり、美桜は中に駆け込んだ。本殿の前まで走り、ようやく足を止めて振り返ると、黒いもやが鳥居の前で、うろうろしているのが見えた。
「良かった……」
やはり彼らは、神社の中には入ってこられない。
(あいつがどこかへ行くまで、ここで雨宿りをさせてもらおう)
美桜はほっと胸をなで下ろし、本殿に向き直った。雨宿り……と思ったが、拝所には屋根がなかった。玉垣がお社をぐるりと取り囲んでいる。その前に、地割れのような穴があり、美桜は首を傾げた。
玉垣へと近づき、中をのぞいてみる。穴の中は真っ暗だ。
(深そう……。何の穴なんだろう)
玉垣の中にあるのだから、神聖なものなのだろう。
興味深く穴を見つめていた美桜は、「そうだ」と気がつき、拝所の前へと戻った。
(助けていただいたんだから、きちんとお礼を言わないと)
賽銭箱に僅かながら賽銭を入れ、作法通りに参拝をし、心の中で神様にお礼を言った。その時、突風が吹き、美桜の髪が巻き上がり、スカートの裾がはためいた。
「きゃっ……」
あまりにも強い風だったので、小さな悲鳴を上げ、服を押さえる。頭上に気配を感じ振り仰ぐと、信じられないものを見つけ、美桜は息をのんだ。
そこにいたのは、青銀色の鱗をした巨大な龍だった。紺色の瞳で、美桜を見下ろしている。
「あ、ああ……」
美桜の体が恐怖で固まる。
(龍の妖怪、なの……?)
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(に、逃げなきゃ……)
そう思うのに、足が震えて動かない。
すると、龍が、
「びしょ濡れだな。悪いことをしたかもしれない」
と、声を発した。穏やかな口調からは、敵意や悪意は感じられない。丸みのある低音が耳に心地よく、恐怖を感じていた美桜の体から、ほんの少し力が抜けた。龍は美桜の視線に気がついているのか、じっと美桜を見下ろしている。
しばらくの間、見つめ合っていると、ふっと龍の姿が消え――。
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