龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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一章 幽世へ

四話 翡翠

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 美桜の目の前に、青銀色の髪に、紺色の瞳をした美しい男性が立っていた。肌は白くなめらかで、鼻筋がすっと通っている。西洋人のような外見なのに、顔立ちは日本人っぽく、着流しに羽織という粋なスタイルが似合っている。

(綺麗な人……)

 ぼんやりと男性に見とれていた美桜は、ざりっと玉砂利を踏む音で我に返った。男性が美桜に近づいてくる。美桜の前まで来ると、

「お前は俺が見えているのか?」

 と、問いかけた。

「は、はい……。見えています」

 おどおどと答える。

「お前は人間なのに、特別な目を持っているようだ」

 男性は顎に手を当て、美桜の方に顔を近づけた。思わず身を引いたが、彼の海のような瞳が美しく、美桜は視線をそらせなかった。

(この方はきっと、さっきの龍の化身なんだ)

 龍に出会ったのは初めてだ。果たして、美桜に害をなす妖怪なのか、そうではない妖怪なのか、判断ができかね、美桜は緊張をしながら、この場から逃げ出す方法を考えた。
 自分を怪しむ美桜の様子が伝わったのだろう。男性はやや表情を和らげ、

「警戒をせずとも良い」

 と、言った。

「お前、名は何という?」

「み、美桜……です」

「美桜か。この神社にお参りに来たのか?」

 男性に問われ、美桜は首を振った。

「ひ、一つ目のもやのようなものに追いかけられて……逃げ込んだのです」

「なるほど。空から見えたあいつか。念の凝り固まった奴だな」

 腕を組んだ男性は、やれやれと吐息をした。

「念?」

「この近くで、過去に人が亡くなっているのだろう。恨みや辛い気持ちが念となって、あやかしとなったものだ。奴らは、生きている者が羨ましいのだ」

「あやかし? 妖怪や霊のことですか?」

「こちらの世界では、そう呼ばれているのか?」

 初めて聞く言葉に美桜が反応すると、男性も美桜と同じような顔をした。

(あの黒いもやって、ネガティブな念の塊だったんだ……)

 美桜は初めて、自分を襲ってくる、黒いもやの正体を知った。

「あのぅ……空って? あなたは空にいたんですか?」

「俺は水を司る龍神だ。先程は、空から雨を降らせていたのだよ」

「えっ! 龍神?」

(ただの龍じゃない、神様だったんだ! 龍神様にお会いできるなんて、とてもすごいことなんじゃ……?)

 驚いている美桜を見て、男性が、

「美桜は、龍神を見たのは初めてか?」

 と、問いかけた。

「はい。今まで、神様に会ったことはありません。雨を降らせるなんて、本当にすごい……」

 美桜のキラキラとした尊敬のまなざしが面白かったのか、男性は小さく笑った。

「美桜。濡らして悪かった。少し待っていろ」

 そう言うと、男性は軽く手を振った。美桜のまわりだけ雨がやみ、あたたかな風が全身を包む。すると不思議なことに、濡れていた衣服や体が一瞬で乾いた。

「わぁ……!」

「雨はよけた。これでもう濡れないだろう。そうだ、美桜を濡らしてしまった詫びに――」

 男性は自分の喉元を触った後、美桜の手を取り、手のひらに何かをのせた。目を近づけて見ると、それは、青銀色に輝く鱗が付いたネックレスだった。

「綺麗……。これって、もしかして、龍神様の鱗なのですか?」

「ああ。これを身につけていれば、悪い念も近づいては来れまい。安心して家へ帰れ」

 美桜はそっと首に紐を掛けた。胸元で、龍神の鱗がきらりと輝く。

「ありがとうございます。龍神様」

 笑顔で礼を言うと、男性は、

翡翠ひすい。俺は翡翠という」     
          
 と、名乗った。

「翡翠……様」

「ではな」

 翡翠の姿が再び龍の姿へと変わった。威風堂々とした青銀色の龍はやはり美しく、美桜はうっとりと見とれた。鱗を煌めかせ宙へと舞い上がった龍は、玉垣を超え、地の割れ目へと飛び込んで行った。美桜は玉垣に駆け寄り、穴をのぞき込んだが、暗闇が見えるばかりで、中がどうなっているのかは分からなかった。

「もしかしてこの穴は、龍神様の世界へと繋がっているの……?」

 夢を見ていたのだろうかと呆然としていた美桜は、ふっと我に返り、胸元のネックレスに触れた。

「夢じゃない……」

 美桜のまわりをよけて、雨はまだ降っている。

「あっ、そろそろ帰らなきゃ……! 夕食の準備が……!」

 遅くなると怒られてしまう。美桜は慌てて歩き出し、境内を後にした。鳥居をくぐり、振り返って見ると、鳥居のそばに『龍穴神社』と書かれた石碑が建っていた。
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