6 / 80
一章 幽世へ
六話 贅沢な真莉愛
しおりを挟む
叔父と叔母の食事が終わると、美桜は一人、ダイニングで、残り物のおかずで夕食をとった。
この家の家族は、美桜が十分な食事をとることを嫌がる。食費がもったいないのだそうだ。だから美桜の食事はいつも皆の食べ残しで、栄養が足りていないのか、年頃の娘にしては、肌つやも悪く、ガリガリだった。
美桜は、具のないスープを飲みながら、ぼんやりと両親と暮らしていた時のことを思い出した。
変なものが見えると泣く美桜を、母親はいつも抱きしめてくれた。美桜を元気づけるために母親が作ってくれたのは、手作りのお菓子。クッキーにマドレーヌ、時折、イチゴのショートケーキも。
父親は、仕事が休みの日は美桜を公園へと連れて行き、たくさん遊んでくれた。
(会いたいな……)
それはもう、叶わない願いだ。美桜の今の家族は、叔父と叔母、いとこなのだ。
隆俊はわがままで、先程のように、よく食事に文句を付ける。故意だと思いたくはないが、時折、美桜の着替え中に部屋に入ってきたり、入浴中に扉を開けたりすることもあった。
千雅は、むしゃくしゃしていると、美桜に癇癪をぶつけることがあった。「気味が悪い」「役立たず」「頭が悪い」……投げつけられる言葉はキツかったが、美桜は納得していた。確かに自分は、この家のお荷物であり、学校でもそれほど成績は良くない。けれど、叩かれたり、ものを投げつけられるのは、つらかった。
美桜が心安らかでいられるのは、学校とアルバイト先だけだった。学校に行っている間だけは、普通の子供のように勉学に励むことができたし、少ないながらも友達がいた。高校に通うようになってからは、「委員会に入ったから下校が遅くなる時がある」と嘘をついて、こっそりとファーストフード店でアルバイトを始めた。叔父や叔母に負担をかけないように、お金を貯めて、高校を卒業したら家を出ようと考えていた。
(アルバイトにもっと行けるといいんだけど……)
夏休みは稼ぎ時のはずなのに、家を空けると疑われるので、美桜はアルバイトを長期で休んでいる。クビになるのではないかと心配だ。
美桜が溜め息をついた時、「ただいま」という声が聞こえてきた。どうやら真莉愛が帰ってきたようだ。美桜は立ち上がって玄関に行くと、
「おかえりなさい」
と言って、手を差し出した。真莉愛が美桜にハンドバッグを投げる。美桜はかろうじて受けとめると、丁寧にバッグを持ち直した。
「お風呂に入る」
「はい。沸かしてあります」
「あっそ」
脱ぎ捨てられたサンダルを綺麗に揃え、美桜は真莉愛の背中を見送ると、ハンドバッグを持って二階へと上がった。真莉愛の部屋を空け、ポールハンガーにバッグを掛ける。
花柄のカーテンとレースのカーテン、猫足のチェスト、高級ベッド。クローゼットの中には、ブランドものの服とバッグでパンパンなことも知っている。元は物置だったという美桜の狭い部屋とは全然違う、お姫様のような可愛い部屋。
けれど、美桜は羨ましいとは思わない。今は、住まわせてもらっているだけで、ありがたいのだ。
美桜は真莉愛のクローゼットからルームウェアと下着を取り出すと、階下へと下り、風呂場の脱衣所に置いた。
キッチンへ戻り、使用した食器を洗っていると、真莉愛が風呂から出てきた。美桜の元へ近づいて来て、
「これ、買って来て」
と、手に持った化粧品の瓶を調理台の上に置いた。
「なくなったから」
「あっ、はい……。明日、買って来ます」
真莉愛から「よろしく」などという言葉は聞いたことがない。美桜がおつかいに行くことはさも当然という顔で、キッチンを出て行った。
美桜は、調理台の上に残された化粧品の瓶を手に取った。美桜とは縁のない高級な化粧水だ。以前にも買いに行かされたので、値段は知っている。
「これ、確か、デパートでしか売っていないやつだよね……」
デパートへは、こうしたおつかいがないと行くことができない。お小遣いはもらっていないが、溜めているバイト代がある。明日は少しだけお金を持ってデパートへ行こう。素敵なハンカチぐらいは買っても許されるに違いない。美桜は楽しみな気持ちで、明日のお出かけに思いを巡らせた。
この家の家族は、美桜が十分な食事をとることを嫌がる。食費がもったいないのだそうだ。だから美桜の食事はいつも皆の食べ残しで、栄養が足りていないのか、年頃の娘にしては、肌つやも悪く、ガリガリだった。
美桜は、具のないスープを飲みながら、ぼんやりと両親と暮らしていた時のことを思い出した。
変なものが見えると泣く美桜を、母親はいつも抱きしめてくれた。美桜を元気づけるために母親が作ってくれたのは、手作りのお菓子。クッキーにマドレーヌ、時折、イチゴのショートケーキも。
父親は、仕事が休みの日は美桜を公園へと連れて行き、たくさん遊んでくれた。
(会いたいな……)
それはもう、叶わない願いだ。美桜の今の家族は、叔父と叔母、いとこなのだ。
隆俊はわがままで、先程のように、よく食事に文句を付ける。故意だと思いたくはないが、時折、美桜の着替え中に部屋に入ってきたり、入浴中に扉を開けたりすることもあった。
千雅は、むしゃくしゃしていると、美桜に癇癪をぶつけることがあった。「気味が悪い」「役立たず」「頭が悪い」……投げつけられる言葉はキツかったが、美桜は納得していた。確かに自分は、この家のお荷物であり、学校でもそれほど成績は良くない。けれど、叩かれたり、ものを投げつけられるのは、つらかった。
美桜が心安らかでいられるのは、学校とアルバイト先だけだった。学校に行っている間だけは、普通の子供のように勉学に励むことができたし、少ないながらも友達がいた。高校に通うようになってからは、「委員会に入ったから下校が遅くなる時がある」と嘘をついて、こっそりとファーストフード店でアルバイトを始めた。叔父や叔母に負担をかけないように、お金を貯めて、高校を卒業したら家を出ようと考えていた。
(アルバイトにもっと行けるといいんだけど……)
夏休みは稼ぎ時のはずなのに、家を空けると疑われるので、美桜はアルバイトを長期で休んでいる。クビになるのではないかと心配だ。
美桜が溜め息をついた時、「ただいま」という声が聞こえてきた。どうやら真莉愛が帰ってきたようだ。美桜は立ち上がって玄関に行くと、
「おかえりなさい」
と言って、手を差し出した。真莉愛が美桜にハンドバッグを投げる。美桜はかろうじて受けとめると、丁寧にバッグを持ち直した。
「お風呂に入る」
「はい。沸かしてあります」
「あっそ」
脱ぎ捨てられたサンダルを綺麗に揃え、美桜は真莉愛の背中を見送ると、ハンドバッグを持って二階へと上がった。真莉愛の部屋を空け、ポールハンガーにバッグを掛ける。
花柄のカーテンとレースのカーテン、猫足のチェスト、高級ベッド。クローゼットの中には、ブランドものの服とバッグでパンパンなことも知っている。元は物置だったという美桜の狭い部屋とは全然違う、お姫様のような可愛い部屋。
けれど、美桜は羨ましいとは思わない。今は、住まわせてもらっているだけで、ありがたいのだ。
美桜は真莉愛のクローゼットからルームウェアと下着を取り出すと、階下へと下り、風呂場の脱衣所に置いた。
キッチンへ戻り、使用した食器を洗っていると、真莉愛が風呂から出てきた。美桜の元へ近づいて来て、
「これ、買って来て」
と、手に持った化粧品の瓶を調理台の上に置いた。
「なくなったから」
「あっ、はい……。明日、買って来ます」
真莉愛から「よろしく」などという言葉は聞いたことがない。美桜がおつかいに行くことはさも当然という顔で、キッチンを出て行った。
美桜は、調理台の上に残された化粧品の瓶を手に取った。美桜とは縁のない高級な化粧水だ。以前にも買いに行かされたので、値段は知っている。
「これ、確か、デパートでしか売っていないやつだよね……」
デパートへは、こうしたおつかいがないと行くことができない。お小遣いはもらっていないが、溜めているバイト代がある。明日は少しだけお金を持ってデパートへ行こう。素敵なハンカチぐらいは買っても許されるに違いない。美桜は楽しみな気持ちで、明日のお出かけに思いを巡らせた。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる