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一章 幽世へ
十七話 早雪
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通された客間・桜の間は、十二畳ほどの和室と、寝室用の和室が二間続きになった部屋だった。真ん中には大きな座卓があり、座布団が敷かれていて、旅館の部屋のような雰囲気だ。床の間には花瓶が置かれていて、品良く花が飾られている。
「うわぁ、広い……。綺麗なお部屋」
美桜が目を丸くしていると、
「ここを使え。ああ、着替えが必要なんだったな」
穂高は先に立って部屋に入り、部屋の隅にあった桐箪笥から、水色の着物と赤い帯を取り出した。
「風呂に入るのだから、浴衣でいいな」
美桜の元へ戻ってきた穂高に浴衣を差し出され、
「か、借りても、いいのですか?」
美桜は遠慮がちに問いかけた。
「ああ」
ぐずぐずするなとでも言うように美桜の腕を掴み、穂高が浴衣をのせる。金魚の模様が描かれた可愛らしい柄で、美桜は心がときめいた。
「じきに早雪が迎えに来る」
素っ気なく言い残すと、穂高は部屋を出て行ってしまった。取り残された美桜は、浴衣を手に持ったまま、周囲を見回した。
部屋には桐箪笥の他に、文机や、鏡台も用意されている。照明は切り子の傘のついた電球だった。行灯も置いてあり、中をのぞいてみたら光源は炎ではなく、こちらも電球だ。
美桜は浴衣を畳の上に置くと、窓辺に近づいた。木枠にはまったガラスはゆらぎがあり、昭和のガラスのようなレトロな雰囲気だ。外をのぞいてみると、眼下に街の明かりが見えた。ビルなどは一切見当たらない。やはり、日本風と中華風を混ぜたような建物が多く、高さがあるものでも三階といったところだ。この近辺で一番高い建物は、今、美桜がいる蒼天城のようだった。
「まるで城下町みたい……」
しばし、眼下の風景に見とれていると、
「失礼します」
と少女の声が聞こえた。振り返ると、早雪が立っている。早雪は無表情のまま、
「婚約者様。お風呂の準備ができましたので、ご案内します」
と言った。
「あっ……あのぅ……その『婚約者様』というのは……。どうか、美桜と呼んで下さい」
美桜は戸惑い、早雪にお願いをした。早雪は、ぱちりと目を瞬くと、
「でも、美桜様は翡翠様の婚約者様なのでは?」
と小首を傾げた。美桜の頬がほんのりと熱を持ったが、美桜にはまだ、翡翠の婚約者だという実感はない。
「え、ええと、恥ずかしいので……」
小さな声でそう言うと、早雪は納得した様子で、
「では、美桜様とお呼びします」
と頷いた。自分は様付けをされるような身分ではないので、
「様もいらないです……。できれば、敬語も」
と言ったが、早雪は首を傾げ、
「そうなのですか? 変な方ですね……。でも美桜様をないがしろにすると、私が怒られます」
と、困った顔をした。美桜は「これ以上、早雪を困らせては申し訳ない」と思い、
「で、では、それでお願いします」
と、了承した。
「浴場へ参りましょう」
早雪は畳の上に置いてあった浴衣を手に取ると、すっと腕を動かし、美桜に先に部屋を出るよう促した。美桜は慌てて、
「自分で持ちます!」
と、手を伸ばしたが、早雪に、
「私の仕事ですから」
と、つっけんどんに返された。
(もしかして、早雪さんにも嫌われている……?)
美桜の心が、しゅんと萎んだ。幽世のあやかしは、穂高のように、皆、人間が嫌いなのだろうか。
「うわぁ、広い……。綺麗なお部屋」
美桜が目を丸くしていると、
「ここを使え。ああ、着替えが必要なんだったな」
穂高は先に立って部屋に入り、部屋の隅にあった桐箪笥から、水色の着物と赤い帯を取り出した。
「風呂に入るのだから、浴衣でいいな」
美桜の元へ戻ってきた穂高に浴衣を差し出され、
「か、借りても、いいのですか?」
美桜は遠慮がちに問いかけた。
「ああ」
ぐずぐずするなとでも言うように美桜の腕を掴み、穂高が浴衣をのせる。金魚の模様が描かれた可愛らしい柄で、美桜は心がときめいた。
「じきに早雪が迎えに来る」
素っ気なく言い残すと、穂高は部屋を出て行ってしまった。取り残された美桜は、浴衣を手に持ったまま、周囲を見回した。
部屋には桐箪笥の他に、文机や、鏡台も用意されている。照明は切り子の傘のついた電球だった。行灯も置いてあり、中をのぞいてみたら光源は炎ではなく、こちらも電球だ。
美桜は浴衣を畳の上に置くと、窓辺に近づいた。木枠にはまったガラスはゆらぎがあり、昭和のガラスのようなレトロな雰囲気だ。外をのぞいてみると、眼下に街の明かりが見えた。ビルなどは一切見当たらない。やはり、日本風と中華風を混ぜたような建物が多く、高さがあるものでも三階といったところだ。この近辺で一番高い建物は、今、美桜がいる蒼天城のようだった。
「まるで城下町みたい……」
しばし、眼下の風景に見とれていると、
「失礼します」
と少女の声が聞こえた。振り返ると、早雪が立っている。早雪は無表情のまま、
「婚約者様。お風呂の準備ができましたので、ご案内します」
と言った。
「あっ……あのぅ……その『婚約者様』というのは……。どうか、美桜と呼んで下さい」
美桜は戸惑い、早雪にお願いをした。早雪は、ぱちりと目を瞬くと、
「でも、美桜様は翡翠様の婚約者様なのでは?」
と小首を傾げた。美桜の頬がほんのりと熱を持ったが、美桜にはまだ、翡翠の婚約者だという実感はない。
「え、ええと、恥ずかしいので……」
小さな声でそう言うと、早雪は納得した様子で、
「では、美桜様とお呼びします」
と頷いた。自分は様付けをされるような身分ではないので、
「様もいらないです……。できれば、敬語も」
と言ったが、早雪は首を傾げ、
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と、困った顔をした。美桜は「これ以上、早雪を困らせては申し訳ない」と思い、
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と、手を伸ばしたが、早雪に、
「私の仕事ですから」
と、つっけんどんに返された。
(もしかして、早雪さんにも嫌われている……?)
美桜の心が、しゅんと萎んだ。幽世のあやかしは、穂高のように、皆、人間が嫌いなのだろうか。
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