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二章 洋菓子作り
一話 ただの居候人じゃダメ
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翌朝、桜の間で目を覚ました美桜は、
(ここ、どこだっけ……)
見慣れない天井にぼんやりとした。けれど、すぐに我に返り、
(ここは幽世。私は翡翠に連れられて神様とあやかしの世界に来たんだ)
と思い出す。
(三日目か……)
もう三日目と言うべきか、まだ三日目と言うべきか。ふと、自分がいなくなった後、叔父や叔母はどうしただろうかと思った。美桜は家出人扱いにでもなっているのだろうか。
(ちゃんと「出て行きます」って言うべきだったかな……)
七年間、育ててもらったのだ。お礼を言うのが筋だった。それに、急に美桜がいなくなったので、驚いていることだろう。
「一度、あちらの世界に戻って……」
そう考えて、美桜はぎゅっと胸が痛くなった。
(……帰りたくない)
怖い。彼らに会うのは、怖い。
「…………」
美桜が布団の中でじっとしていると、桜の間の襖が開いた。
「美桜様。起きていらっしゃいますか?」
中に入ってきたのは、早雪だった。
「はい、起きています。少しダラダラしていました」
美桜は身を起こし、返事をした後、布団から出た。和室の方では、早雪が美桜の着替えの準備をしている。早雪が用意しているのは、朝顔の花が描かれた若草色の着物で、昨日、翡翠が買ってくれたうちの一枚だ。
(毎朝、早雪さんに着せてもらうのって、申し訳ないな……)
「あの、早雪さん」
美桜は早雪の前まで行くと、正座をした。
「はい、なんですか?」
早雪が無表情で美桜を見返す。
「き、着付けなんですけど……私に、教えてもらえないでしょうか」
思い切って頼むと、早雪が驚いた顔をした。
「なぜですか?」
「毎朝、着付けてもらうの、申し訳なくて……あっ、ありがたいとは思ってます。でも、自分で着れるように……なりたいな、って……」
ずっと幽世で生活していくのだから、着替えぐらい、自分でできるようにならなければいけない。しどろもどろにお願いをすると、早雪は少しの間のあと、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、いいでしょう。美桜様が自分で着られるようになったら、私の仕事も減りますし」
「ありがとうございます。早雪さん」
「では、早速、今から練習しましょうか。ご希望なら、お化粧も教えますけど」
「お願いします!」
その後、美桜は早雪に習いながら化粧をし、着物を着てみたが、さすがに一回目からは上手にできなくて、今日のところはほとんど早雪に仕上げてもらった。
朝食後、早雪が食器を片付けて出て行くと、手持ち無沙汰になった美桜は、
(働かなきゃ。ただの居候じゃダメ)
と、落ち着かない気持ちになった。
(私は昨日、翡翠と、蒼天堂で洋菓子店を開くと約束をしたのだから、そのことについて考えよう)
美桜は、文机に向かうと、引き出しの中から紙を取り出した。紙と一緒に用意されていた筆記具は、ガラスペンだった。セピア色のインクを吸わせる。
(そういえば、幽世にはケーキの材料ってあるのかな? バターとかベーキングパウダーとか、生クリームとか……)
「うーん」と考え込みながら、紙に製菓材料を書き出していく。
(あっ、そもそも、オーブンがあるのかな)
幽世のお料理事情がよく分からない。
(それに。私、お菓子作り初心者だから、レシピがないと作れない。……ん? レシピ?)
美桜は、ハッとして立ち上がると、部屋の隅に置いてあった、幽世に来る時に持って来たトートバッグを手に取った。
「あった……!」
トートバッグの中には、愛読していたレシピ本が入っていた。買い物に行く際、必要なケーキの材料が分かるように、常に中に入れていたのだ。
「良かった……!」
基本的な菓子なら、この本があれば作れる。あとは、材料と道具類の調達だ。
「考えていても仕方ないから、翡翠に聞きに行こう」
美桜はレシピ本を片手に桜の間を出ると、翡翠の部屋に向かった。
(ここ、どこだっけ……)
見慣れない天井にぼんやりとした。けれど、すぐに我に返り、
(ここは幽世。私は翡翠に連れられて神様とあやかしの世界に来たんだ)
と思い出す。
(三日目か……)
もう三日目と言うべきか、まだ三日目と言うべきか。ふと、自分がいなくなった後、叔父や叔母はどうしただろうかと思った。美桜は家出人扱いにでもなっているのだろうか。
(ちゃんと「出て行きます」って言うべきだったかな……)
七年間、育ててもらったのだ。お礼を言うのが筋だった。それに、急に美桜がいなくなったので、驚いていることだろう。
「一度、あちらの世界に戻って……」
そう考えて、美桜はぎゅっと胸が痛くなった。
(……帰りたくない)
怖い。彼らに会うのは、怖い。
「…………」
美桜が布団の中でじっとしていると、桜の間の襖が開いた。
「美桜様。起きていらっしゃいますか?」
中に入ってきたのは、早雪だった。
「はい、起きています。少しダラダラしていました」
美桜は身を起こし、返事をした後、布団から出た。和室の方では、早雪が美桜の着替えの準備をしている。早雪が用意しているのは、朝顔の花が描かれた若草色の着物で、昨日、翡翠が買ってくれたうちの一枚だ。
(毎朝、早雪さんに着せてもらうのって、申し訳ないな……)
「あの、早雪さん」
美桜は早雪の前まで行くと、正座をした。
「はい、なんですか?」
早雪が無表情で美桜を見返す。
「き、着付けなんですけど……私に、教えてもらえないでしょうか」
思い切って頼むと、早雪が驚いた顔をした。
「なぜですか?」
「毎朝、着付けてもらうの、申し訳なくて……あっ、ありがたいとは思ってます。でも、自分で着れるように……なりたいな、って……」
ずっと幽世で生活していくのだから、着替えぐらい、自分でできるようにならなければいけない。しどろもどろにお願いをすると、早雪は少しの間のあと、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、いいでしょう。美桜様が自分で着られるようになったら、私の仕事も減りますし」
「ありがとうございます。早雪さん」
「では、早速、今から練習しましょうか。ご希望なら、お化粧も教えますけど」
「お願いします!」
その後、美桜は早雪に習いながら化粧をし、着物を着てみたが、さすがに一回目からは上手にできなくて、今日のところはほとんど早雪に仕上げてもらった。
朝食後、早雪が食器を片付けて出て行くと、手持ち無沙汰になった美桜は、
(働かなきゃ。ただの居候じゃダメ)
と、落ち着かない気持ちになった。
(私は昨日、翡翠と、蒼天堂で洋菓子店を開くと約束をしたのだから、そのことについて考えよう)
美桜は、文机に向かうと、引き出しの中から紙を取り出した。紙と一緒に用意されていた筆記具は、ガラスペンだった。セピア色のインクを吸わせる。
(そういえば、幽世にはケーキの材料ってあるのかな? バターとかベーキングパウダーとか、生クリームとか……)
「うーん」と考え込みながら、紙に製菓材料を書き出していく。
(あっ、そもそも、オーブンがあるのかな)
幽世のお料理事情がよく分からない。
(それに。私、お菓子作り初心者だから、レシピがないと作れない。……ん? レシピ?)
美桜は、ハッとして立ち上がると、部屋の隅に置いてあった、幽世に来る時に持って来たトートバッグを手に取った。
「あった……!」
トートバッグの中には、愛読していたレシピ本が入っていた。買い物に行く際、必要なケーキの材料が分かるように、常に中に入れていたのだ。
「良かった……!」
基本的な菓子なら、この本があれば作れる。あとは、材料と道具類の調達だ。
「考えていても仕方ないから、翡翠に聞きに行こう」
美桜はレシピ本を片手に桜の間を出ると、翡翠の部屋に向かった。
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