27 / 80
二章 洋菓子作り
一話 ただの居候人じゃダメ
しおりを挟む
翌朝、桜の間で目を覚ました美桜は、
(ここ、どこだっけ……)
見慣れない天井にぼんやりとした。けれど、すぐに我に返り、
(ここは幽世。私は翡翠に連れられて神様とあやかしの世界に来たんだ)
と思い出す。
(三日目か……)
もう三日目と言うべきか、まだ三日目と言うべきか。ふと、自分がいなくなった後、叔父や叔母はどうしただろうかと思った。美桜は家出人扱いにでもなっているのだろうか。
(ちゃんと「出て行きます」って言うべきだったかな……)
七年間、育ててもらったのだ。お礼を言うのが筋だった。それに、急に美桜がいなくなったので、驚いていることだろう。
「一度、あちらの世界に戻って……」
そう考えて、美桜はぎゅっと胸が痛くなった。
(……帰りたくない)
怖い。彼らに会うのは、怖い。
「…………」
美桜が布団の中でじっとしていると、桜の間の襖が開いた。
「美桜様。起きていらっしゃいますか?」
中に入ってきたのは、早雪だった。
「はい、起きています。少しダラダラしていました」
美桜は身を起こし、返事をした後、布団から出た。和室の方では、早雪が美桜の着替えの準備をしている。早雪が用意しているのは、朝顔の花が描かれた若草色の着物で、昨日、翡翠が買ってくれたうちの一枚だ。
(毎朝、早雪さんに着せてもらうのって、申し訳ないな……)
「あの、早雪さん」
美桜は早雪の前まで行くと、正座をした。
「はい、なんですか?」
早雪が無表情で美桜を見返す。
「き、着付けなんですけど……私に、教えてもらえないでしょうか」
思い切って頼むと、早雪が驚いた顔をした。
「なぜですか?」
「毎朝、着付けてもらうの、申し訳なくて……あっ、ありがたいとは思ってます。でも、自分で着れるように……なりたいな、って……」
ずっと幽世で生活していくのだから、着替えぐらい、自分でできるようにならなければいけない。しどろもどろにお願いをすると、早雪は少しの間のあと、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、いいでしょう。美桜様が自分で着られるようになったら、私の仕事も減りますし」
「ありがとうございます。早雪さん」
「では、早速、今から練習しましょうか。ご希望なら、お化粧も教えますけど」
「お願いします!」
その後、美桜は早雪に習いながら化粧をし、着物を着てみたが、さすがに一回目からは上手にできなくて、今日のところはほとんど早雪に仕上げてもらった。
朝食後、早雪が食器を片付けて出て行くと、手持ち無沙汰になった美桜は、
(働かなきゃ。ただの居候じゃダメ)
と、落ち着かない気持ちになった。
(私は昨日、翡翠と、蒼天堂で洋菓子店を開くと約束をしたのだから、そのことについて考えよう)
美桜は、文机に向かうと、引き出しの中から紙を取り出した。紙と一緒に用意されていた筆記具は、ガラスペンだった。セピア色のインクを吸わせる。
(そういえば、幽世にはケーキの材料ってあるのかな? バターとかベーキングパウダーとか、生クリームとか……)
「うーん」と考え込みながら、紙に製菓材料を書き出していく。
(あっ、そもそも、オーブンがあるのかな)
幽世のお料理事情がよく分からない。
(それに。私、お菓子作り初心者だから、レシピがないと作れない。……ん? レシピ?)
美桜は、ハッとして立ち上がると、部屋の隅に置いてあった、幽世に来る時に持って来たトートバッグを手に取った。
「あった……!」
トートバッグの中には、愛読していたレシピ本が入っていた。買い物に行く際、必要なケーキの材料が分かるように、常に中に入れていたのだ。
「良かった……!」
基本的な菓子なら、この本があれば作れる。あとは、材料と道具類の調達だ。
「考えていても仕方ないから、翡翠に聞きに行こう」
美桜はレシピ本を片手に桜の間を出ると、翡翠の部屋に向かった。
(ここ、どこだっけ……)
見慣れない天井にぼんやりとした。けれど、すぐに我に返り、
(ここは幽世。私は翡翠に連れられて神様とあやかしの世界に来たんだ)
と思い出す。
(三日目か……)
もう三日目と言うべきか、まだ三日目と言うべきか。ふと、自分がいなくなった後、叔父や叔母はどうしただろうかと思った。美桜は家出人扱いにでもなっているのだろうか。
(ちゃんと「出て行きます」って言うべきだったかな……)
七年間、育ててもらったのだ。お礼を言うのが筋だった。それに、急に美桜がいなくなったので、驚いていることだろう。
「一度、あちらの世界に戻って……」
そう考えて、美桜はぎゅっと胸が痛くなった。
(……帰りたくない)
怖い。彼らに会うのは、怖い。
「…………」
美桜が布団の中でじっとしていると、桜の間の襖が開いた。
「美桜様。起きていらっしゃいますか?」
中に入ってきたのは、早雪だった。
「はい、起きています。少しダラダラしていました」
美桜は身を起こし、返事をした後、布団から出た。和室の方では、早雪が美桜の着替えの準備をしている。早雪が用意しているのは、朝顔の花が描かれた若草色の着物で、昨日、翡翠が買ってくれたうちの一枚だ。
(毎朝、早雪さんに着せてもらうのって、申し訳ないな……)
「あの、早雪さん」
美桜は早雪の前まで行くと、正座をした。
「はい、なんですか?」
早雪が無表情で美桜を見返す。
「き、着付けなんですけど……私に、教えてもらえないでしょうか」
思い切って頼むと、早雪が驚いた顔をした。
「なぜですか?」
「毎朝、着付けてもらうの、申し訳なくて……あっ、ありがたいとは思ってます。でも、自分で着れるように……なりたいな、って……」
ずっと幽世で生活していくのだから、着替えぐらい、自分でできるようにならなければいけない。しどろもどろにお願いをすると、早雪は少しの間のあと、ぶっきらぼうに言った。
「まあ、いいでしょう。美桜様が自分で着られるようになったら、私の仕事も減りますし」
「ありがとうございます。早雪さん」
「では、早速、今から練習しましょうか。ご希望なら、お化粧も教えますけど」
「お願いします!」
その後、美桜は早雪に習いながら化粧をし、着物を着てみたが、さすがに一回目からは上手にできなくて、今日のところはほとんど早雪に仕上げてもらった。
朝食後、早雪が食器を片付けて出て行くと、手持ち無沙汰になった美桜は、
(働かなきゃ。ただの居候じゃダメ)
と、落ち着かない気持ちになった。
(私は昨日、翡翠と、蒼天堂で洋菓子店を開くと約束をしたのだから、そのことについて考えよう)
美桜は、文机に向かうと、引き出しの中から紙を取り出した。紙と一緒に用意されていた筆記具は、ガラスペンだった。セピア色のインクを吸わせる。
(そういえば、幽世にはケーキの材料ってあるのかな? バターとかベーキングパウダーとか、生クリームとか……)
「うーん」と考え込みながら、紙に製菓材料を書き出していく。
(あっ、そもそも、オーブンがあるのかな)
幽世のお料理事情がよく分からない。
(それに。私、お菓子作り初心者だから、レシピがないと作れない。……ん? レシピ?)
美桜は、ハッとして立ち上がると、部屋の隅に置いてあった、幽世に来る時に持って来たトートバッグを手に取った。
「あった……!」
トートバッグの中には、愛読していたレシピ本が入っていた。買い物に行く際、必要なケーキの材料が分かるように、常に中に入れていたのだ。
「良かった……!」
基本的な菓子なら、この本があれば作れる。あとは、材料と道具類の調達だ。
「考えていても仕方ないから、翡翠に聞きに行こう」
美桜はレシピ本を片手に桜の間を出ると、翡翠の部屋に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる