龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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三章 婚約者

一話 紅龍・神楽

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 紅龍の神楽が蒼天城にやって来たのは突然のことだった。

 蒼天堂の定休日。美桜は翡翠の部屋にいて、いつも通り、菓子の味見をしてもらっていた。
  バルコニーに赤い龍が降り立ち、何者だろうと驚いていると、美桜のそばで翡翠が舌打ちをした。紅龍は神楽に姿を変え、勝手に窓を開けて、翡翠の部屋へ入って来た。

「たのもーう!」

「何をだ」

 まるで道場破りに来たような神楽の言葉に、翡翠がめずらしく不機嫌を露わにする。

「おおっ、菓子屋の嬢ちゃんじゃないか」

 神楽は笑みを浮かべると、翡翠のそばにいた美桜の元へ、ずかずかと歩み寄って来た。その勢いに、美桜は思わず、数歩後ろに下がったが、

「迎えに来た!」

 神楽に腕を引き寄せられ、いきなり抱きしめられて、

「ひゃあっ」

 と変な悲鳴を上げてしまった。

「貴様、美桜に何をする」

 怒りの声を上げて、翡翠が神楽の肩を掴む。

「痛いなぁ、何するんだよ、翡翠」

「美桜を離せ」

「い・や・だ。この子は俺のもんだ」

「いつからお前のものになった! 美桜は俺の婚約者だ!」

 翡翠は、神楽から美桜を取り返すと、「触らせない」とばかりに胸に抱いた。神楽に抱きしめられ、翡翠にも抱きしめられて、混乱しながらも、美桜の体温が上がる。

「こんやくしゃぁ?」

 神楽の目が丸くなった。

「お前には芙蓉ふようがいるだろう?」

「……芙蓉とは、婚約を解消するつもりだ」

 芙蓉という名前を聞いて、美桜の心臓がドクンと鳴った。

(芙蓉さんってもしかして、西の白龍様の娘さん……?)

 神楽は、

「マジで?」

 と、信じられないとでも言うような声を出す。

「そんなこと、お前の親父が許さないだろう?」

「…………」

 翡翠は無言だ。
 美桜は、翡翠の顔を、そっと見上げた。それに気がついた翡翠が美桜を見下ろし、

「大丈夫だ、美桜。俺には美桜だけだ」

 と囁く。

「お前に婚約解消ができるとは思えないから、その嬢ちゃん……美桜っていうんだっけ? 美桜は俺がもらうよ」

 神楽のいけしゃあしゃあとした言葉に、翡翠の目が鋭さを増す。

「馬鹿を言うな」

「それなら、お前の親父に『芙蓉とは婚約解消します』って言ってこいよ。怒られるだろうなー。怖い怖い」

 馬鹿にしたような神楽の言葉に、翡翠はムッとした表情を浮かべた。翡翠の反応が面白かったのか、神楽はにやりと笑った。

「まあ、美桜のことも本気だけど、今日の俺は、蒼天堂に買い物に来たの」

「今日は定休日だ」

「なーんだ。じゃあ、買い物は明日にして、今日は泊まらせてもらおう。客室を用意してよ」

「……仕方ない。一晩だけだぞ」

 翡翠は額を押さえて溜め息をつき、しぶしぶ了承すると、美桜を伴って部屋を出た。二人の後に、神楽がついてくる。

 一つ下の階へ下りると、翡翠は適当な部屋の襖を開けて、

「ここで勝手に寝ろ」

 と言って、神楽の背中を押した。

「おおー、綺麗な部屋じゃん」

 脳天気な様子で室内を見回した神楽を置いて、翡翠がパシンと襖を閉めた。

「うるさい奴め……」

 翡翠はうんざりしている様子だが、普段とは違い、感情を露わにしているところがめずらしく、

(翡翠と神楽さんって、実は仲が良いのかな?)

 美桜は逆に微笑ましく思った。
 美桜がにこにこしていることに気がついたらしい。翡翠が不思議そうに美桜を見下ろした。

「どうした、美桜?」

「翡翠と神楽さんって、お友達同士なの?」

 素朴な疑問を口にしたら、翡翠はなんとも言えない顔をした。

「……幼い頃からの腐れ縁だ」

「そうなんだ。幼なじみなんだね」

 だから気安い間柄なのかと納得をする。

「神楽さんって、賑やかな方だね」

「美桜、あいつのことは気にするな。近づいてきたら、殴っても良いから」

 物騒なことを言う翡翠に、美桜は苦笑いを浮かべる。

「殴らないけど……」

 神楽の距離感は近いが、さすがに乱暴なことはできない。

「明日には帰るだろうから、それまでの辛抱だな」

 やれやれと、翡翠が吐息をした。
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