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三章 婚約者
二話 大浴場にて
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その日の夜、夕食を食べ終えた美桜は、いつも通り大浴場へと向かった。夜空の見えるこの風呂は美桜のお気に入りで、広い湯船で手足を伸ばすと、一日の疲れが、すっと消えるのだ。
使用人たちも利用している大浴場だが、気をつかってくれているのか、美桜が入る時間帯には誰もいない。
鼻歌を歌いながら着物を脱ぎ、手ぬぐいを持って浴場へと入る。丁寧に体を洗った後、湯船に浸かり、ほっこりとする。
「今日も星が綺麗」
幽世の夜空に星座はあるのだろうか、などと考えていると、不意にがらりと音がして、浴場の扉が開いた。
(あれっ? 誰か来たのかな? 早雪さんか湖月さんかな?)
美桜はなにげなく振り返り、
「……!」
息が止まりそうになった。
「ん? 誰かいるな……って、美桜じゃん!」
明るい声で美桜の名前を呼んだのは神楽だ。腰に手ぬぐいを巻いてはいるが、素っ裸だ。美桜は思わず、
「きゃぁああっ!」
と悲鳴を上げ、目をそらせると、湯船の中に首まで浸かった。
「ななな、なんで女湯にいるんですか!」
「えっ? ここ女湯だったのか? 気づかなかった。でも、まあいいじゃん。一緒に入ろうぜ、美桜」
にぱっと笑った神楽を見て、美桜はめまいがした。
「い、嫌ですっ! 出て行って下さい!」
抵抗したが、神楽は「まあまあ」と言いながら近づいてくる。そのまま、じゃぶんと湯船に浸かってしまったので、美桜はできるだけ遠くに逃げた。混浴なんてごめんだ。浴場を出て行きたいが、今ここで立ち上がると裸を見られてしまうので動けない。
美桜は手ぬぐいで体を隠しながら、岩場に両手を乗せてくつろいでいる神楽を、ジトッと睨み付けた。
「そんなに睨むなよ。せっかく一緒に入ったんだから、話でもしようぜ」
神楽は美桜の視線をものともせず、のんきに話しかけてくる。
「は、話って……特にしたいことなんてない……」
(早く出て行って、出て行って……)
美桜が心の中で念じていると、神楽がにやりと笑った。
「美桜が気になっている話をしてやろうか。芙蓉のこと」
「……!」
翡翠の婚約者の名前が出てきて、美桜は表情を硬くした。その様子を見て、神楽が面白そうに目を細める。
「芙蓉は西の統治者・白蓮様の娘で、翡翠や俺より少し年下の龍さ。翡翠の父親・浅葱殿と白蓮様の間で、翡翠との婚約を決めたんだ」
聞きもしていないのに、神楽は勝手に喋っている。
(芙蓉さんって、どんな人なんだろう。翡翠も神楽さんも素敵だから、龍神様ってきっと皆さん綺麗なんだろうな……)
幽世へ来てから、一日三食の食事は栄養のあるおいしいもので、自作の菓子の味見もするようになり、ガリガリだった美桜の体は、年相応にふっくらしてきている。栄養が行き届いているのと化粧品のおかげで肌つやも良くなり、メイクの腕も上がった美桜は、元々持っていた素材の良さが引き出され、翡翠の隣に立っても遜色ないほど美しくなっていた。けれど、
(私なんて十人並みだし、きっと芙蓉さんとは比べるべくもない……)
美桜の自分に対する評価は低かった。
落ち込んでいる美桜を見て、神楽が、
「安心しろ、美桜。俺は派手な芙蓉より、清楚な美桜の方が好みだ」
と言ったが、何の慰めにもならない。
(翡翠にはお父様と白龍様が決めた婚約者がいる。それなのに、私のことを婚約者扱いしてくれる。翡翠は本当はどういうつもりなんだろう……)
考えているうちに、美桜の頭がぼんやりとしてきた。胸もムカムカとしてきて、気分が悪い。
(なんだか、吐きそう……)
美桜は湯船を取り囲む石に腕をのせると、額を付けた。息が乱れて、苦しい。
(しんどい……)
「おい、美桜。どうした?」
「…………」
「美桜っ!」
神楽が近づいてくる気配がしたが、美桜は目をつぶったまま、動けなかった。
使用人たちも利用している大浴場だが、気をつかってくれているのか、美桜が入る時間帯には誰もいない。
鼻歌を歌いながら着物を脱ぎ、手ぬぐいを持って浴場へと入る。丁寧に体を洗った後、湯船に浸かり、ほっこりとする。
「今日も星が綺麗」
幽世の夜空に星座はあるのだろうか、などと考えていると、不意にがらりと音がして、浴場の扉が開いた。
(あれっ? 誰か来たのかな? 早雪さんか湖月さんかな?)
美桜はなにげなく振り返り、
「……!」
息が止まりそうになった。
「ん? 誰かいるな……って、美桜じゃん!」
明るい声で美桜の名前を呼んだのは神楽だ。腰に手ぬぐいを巻いてはいるが、素っ裸だ。美桜は思わず、
「きゃぁああっ!」
と悲鳴を上げ、目をそらせると、湯船の中に首まで浸かった。
「ななな、なんで女湯にいるんですか!」
「えっ? ここ女湯だったのか? 気づかなかった。でも、まあいいじゃん。一緒に入ろうぜ、美桜」
にぱっと笑った神楽を見て、美桜はめまいがした。
「い、嫌ですっ! 出て行って下さい!」
抵抗したが、神楽は「まあまあ」と言いながら近づいてくる。そのまま、じゃぶんと湯船に浸かってしまったので、美桜はできるだけ遠くに逃げた。混浴なんてごめんだ。浴場を出て行きたいが、今ここで立ち上がると裸を見られてしまうので動けない。
美桜は手ぬぐいで体を隠しながら、岩場に両手を乗せてくつろいでいる神楽を、ジトッと睨み付けた。
「そんなに睨むなよ。せっかく一緒に入ったんだから、話でもしようぜ」
神楽は美桜の視線をものともせず、のんきに話しかけてくる。
「は、話って……特にしたいことなんてない……」
(早く出て行って、出て行って……)
美桜が心の中で念じていると、神楽がにやりと笑った。
「美桜が気になっている話をしてやろうか。芙蓉のこと」
「……!」
翡翠の婚約者の名前が出てきて、美桜は表情を硬くした。その様子を見て、神楽が面白そうに目を細める。
「芙蓉は西の統治者・白蓮様の娘で、翡翠や俺より少し年下の龍さ。翡翠の父親・浅葱殿と白蓮様の間で、翡翠との婚約を決めたんだ」
聞きもしていないのに、神楽は勝手に喋っている。
(芙蓉さんって、どんな人なんだろう。翡翠も神楽さんも素敵だから、龍神様ってきっと皆さん綺麗なんだろうな……)
幽世へ来てから、一日三食の食事は栄養のあるおいしいもので、自作の菓子の味見もするようになり、ガリガリだった美桜の体は、年相応にふっくらしてきている。栄養が行き届いているのと化粧品のおかげで肌つやも良くなり、メイクの腕も上がった美桜は、元々持っていた素材の良さが引き出され、翡翠の隣に立っても遜色ないほど美しくなっていた。けれど、
(私なんて十人並みだし、きっと芙蓉さんとは比べるべくもない……)
美桜の自分に対する評価は低かった。
落ち込んでいる美桜を見て、神楽が、
「安心しろ、美桜。俺は派手な芙蓉より、清楚な美桜の方が好みだ」
と言ったが、何の慰めにもならない。
(翡翠にはお父様と白龍様が決めた婚約者がいる。それなのに、私のことを婚約者扱いしてくれる。翡翠は本当はどういうつもりなんだろう……)
考えているうちに、美桜の頭がぼんやりとしてきた。胸もムカムカとしてきて、気分が悪い。
(なんだか、吐きそう……)
美桜は湯船を取り囲む石に腕をのせると、額を付けた。息が乱れて、苦しい。
(しんどい……)
「おい、美桜。どうした?」
「…………」
「美桜っ!」
神楽が近づいてくる気配がしたが、美桜は目をつぶったまま、動けなかった。
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