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三章 婚約者
五話 白龍・芙蓉
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嵐のように騒々しく、南の紅龍が蒼天城に現れた翌日。
「おー、これが美桜の菓子か」
蒼天堂のデパ地下で、美桜が作ったケーキを見た神楽が、目を輝かせていた。
神楽が蒼天堂に来た目的は、『パティスリーチェリーブロッサム』の菓子を買うことだったらしい。
「このしふぉんけぇきと、しゅうくりぃむ、ぷりんをもらおう。こっちの陳列棚のじゃむも全て一個ずつくれ」
冷蔵ショーケースの中と陳列棚を指差し、神楽が豪快に注文をする。美桜は「かしこまりました」と言って、ケーキ箱に指定された菓子を詰めていく。
創業祭の日は紬と木綿が手伝ってくれたが、慣れてきたこともあり、今は美桜一人で店を切り盛りしている。
「こんなにたくさん食べられるんですか?」
そろばんをはじき、合計金額を伝えた後、美桜が首を傾げて問いかけたら、
「楽勝。好敵手の店の人気商品だ。しっかりと味を知っておかないとな」
神楽はいけしゃあしゃあと答え、代金を払った。美桜の目が半眼になる。
「今回のお買い物って、調査のためだったんですね」
堂々としすぎていると憤慨すると、神楽は、あははと笑った。
「調査もあるが、美桜の菓子を食べたかったのは本当。創業祭の日は味見しかできなかったからなー」
「あの味、忘れられなかったんだぜ」と言われると、美桜も悪い気がせず、怒っていた気持ちが萎んでしまう。
「美桜、紅香堂に来いよ。今の倍……いいや、三倍の給金を出す」
神楽に誘われたが、美桜は、
「遠慮しておきます」
と答えた。神楽が「なんだよー、つれないなぁ」と唇を尖らせる。
神楽に紙袋を渡した時、
「翡翠の婚約者の店ってどこよ!」
突然、大きな声が聞こえてきた。びっくりして、そちらを向くと、白銀の髪を背中に垂らした美しい女性が、周囲をきょろきょろ見回しながら歩いている。綺麗な輪郭を描く顔は小さく、鼻梁は高く、銀色の瞳を彩るまつげは長い。
(絶世の美人だ……!)
思わず息をのんでいると、神楽が、
「おー、芙蓉じゃん」
と声を上げた。
(えっ、芙蓉さん? あの人が?)
「神楽! あなた、なぜ、こんなところにいるの?」
芙蓉が神楽の姿に気がつき、小走りに近づいて来た。
「蒼天堂に菓子を買いに来たんだ」
「菓子? 紅香堂の支配人がわざわざ?」
芙蓉が首を傾げる。すると、神楽は親指で美桜を指差し、
「美桜の作る菓子は特別だ。洋菓子というらしい。今まで、幽世にはなかった味だぜ」
と、まるで自分のことのように誇らしい様子で説明をした。
「美桜……?」
芙蓉がハッとしたように美桜の方を向き、柳眉を寄せる。美桜はおずおずと、
「初めまして。蒼天城でお世話になっている美桜です」
と頭を下げた。芙蓉はじろじろと美桜の姿を見ると、
「あなたが、翡翠の婚約者だって名乗っているという娘なのね」
と言って、腕を組んだ。
「あっ、その……な、名乗っているわけでは……」
芙蓉の鋭いまなざしに気圧されて、美桜はしどろもどろに否定したが、
「芙蓉、よく知ってるじゃん」
と、神楽が感心したような声を上げた。
「こないだの蒼天堂の創業祭、西のあやかしたちも、たくさんの者が買い物に来ていたの。それで、蒼天堂の支配人の婚約者を名乗る娘が、美味な菓子店を開いたっていう噂が流れてね。この私、芙蓉という婚約者がいるのに、翡翠が浮気をしただとか、菓子屋の娘が翡翠をたぶらかしただとか、西の領地では面白おかしく話が広がっているわけ。私は真相を突き止めるために来たのよ」
芙蓉が、ふんと鼻を鳴らす。美人が怒っていると迫力があり、美桜は首をすくめた。
「で、どういうこと? あなた、本当に翡翠をたぶらかしたの?」
芙蓉が冷蔵ショーケースの上に身を乗り出し、美桜は一歩後退した。
「た、たぶらかしたとか……そういうわけではなくて」
「じゃあ、どういうわけなのよ。はっきり言いなさいよ」
「翡翠は、私の恩人で……」
芙蓉の追求にたじろいでいると、
「あのぅ、すみません。お菓子が欲しいんですけど……」
横から、女性客が声をかけてきた。神楽が、
「とりあえず、芙蓉。話は後にしようぜ。美桜の商売の邪魔だ」
と、芙蓉の襟首を引っ張る。
「神楽! 引っ張らないでよ!」
芙蓉はすぐさま神楽の手を振り払い、
「確かに、仕事中のあなたを邪魔するのは、いけないことね。私は蒼天城にいるから、仕事が終わったら来なさい。逃げるんじゃないわよ」
と、びしっと美桜を指差すと、「行くわよ」と神楽を引き連れて去って行った。
(後で、何を言われるんだろう……)
翡翠が美桜を婚約者扱いしているという話は、美桜の知らないところで広がっていたらしい。きっと芙蓉は気を悪くしたに違いない。
(ごめんなさい、芙蓉さん……)
美桜は心の中で芙蓉に謝罪した。
「おー、これが美桜の菓子か」
蒼天堂のデパ地下で、美桜が作ったケーキを見た神楽が、目を輝かせていた。
神楽が蒼天堂に来た目的は、『パティスリーチェリーブロッサム』の菓子を買うことだったらしい。
「このしふぉんけぇきと、しゅうくりぃむ、ぷりんをもらおう。こっちの陳列棚のじゃむも全て一個ずつくれ」
冷蔵ショーケースの中と陳列棚を指差し、神楽が豪快に注文をする。美桜は「かしこまりました」と言って、ケーキ箱に指定された菓子を詰めていく。
創業祭の日は紬と木綿が手伝ってくれたが、慣れてきたこともあり、今は美桜一人で店を切り盛りしている。
「こんなにたくさん食べられるんですか?」
そろばんをはじき、合計金額を伝えた後、美桜が首を傾げて問いかけたら、
「楽勝。好敵手の店の人気商品だ。しっかりと味を知っておかないとな」
神楽はいけしゃあしゃあと答え、代金を払った。美桜の目が半眼になる。
「今回のお買い物って、調査のためだったんですね」
堂々としすぎていると憤慨すると、神楽は、あははと笑った。
「調査もあるが、美桜の菓子を食べたかったのは本当。創業祭の日は味見しかできなかったからなー」
「あの味、忘れられなかったんだぜ」と言われると、美桜も悪い気がせず、怒っていた気持ちが萎んでしまう。
「美桜、紅香堂に来いよ。今の倍……いいや、三倍の給金を出す」
神楽に誘われたが、美桜は、
「遠慮しておきます」
と答えた。神楽が「なんだよー、つれないなぁ」と唇を尖らせる。
神楽に紙袋を渡した時、
「翡翠の婚約者の店ってどこよ!」
突然、大きな声が聞こえてきた。びっくりして、そちらを向くと、白銀の髪を背中に垂らした美しい女性が、周囲をきょろきょろ見回しながら歩いている。綺麗な輪郭を描く顔は小さく、鼻梁は高く、銀色の瞳を彩るまつげは長い。
(絶世の美人だ……!)
思わず息をのんでいると、神楽が、
「おー、芙蓉じゃん」
と声を上げた。
(えっ、芙蓉さん? あの人が?)
「神楽! あなた、なぜ、こんなところにいるの?」
芙蓉が神楽の姿に気がつき、小走りに近づいて来た。
「蒼天堂に菓子を買いに来たんだ」
「菓子? 紅香堂の支配人がわざわざ?」
芙蓉が首を傾げる。すると、神楽は親指で美桜を指差し、
「美桜の作る菓子は特別だ。洋菓子というらしい。今まで、幽世にはなかった味だぜ」
と、まるで自分のことのように誇らしい様子で説明をした。
「美桜……?」
芙蓉がハッとしたように美桜の方を向き、柳眉を寄せる。美桜はおずおずと、
「初めまして。蒼天城でお世話になっている美桜です」
と頭を下げた。芙蓉はじろじろと美桜の姿を見ると、
「あなたが、翡翠の婚約者だって名乗っているという娘なのね」
と言って、腕を組んだ。
「あっ、その……な、名乗っているわけでは……」
芙蓉の鋭いまなざしに気圧されて、美桜はしどろもどろに否定したが、
「芙蓉、よく知ってるじゃん」
と、神楽が感心したような声を上げた。
「こないだの蒼天堂の創業祭、西のあやかしたちも、たくさんの者が買い物に来ていたの。それで、蒼天堂の支配人の婚約者を名乗る娘が、美味な菓子店を開いたっていう噂が流れてね。この私、芙蓉という婚約者がいるのに、翡翠が浮気をしただとか、菓子屋の娘が翡翠をたぶらかしただとか、西の領地では面白おかしく話が広がっているわけ。私は真相を突き止めるために来たのよ」
芙蓉が、ふんと鼻を鳴らす。美人が怒っていると迫力があり、美桜は首をすくめた。
「で、どういうこと? あなた、本当に翡翠をたぶらかしたの?」
芙蓉が冷蔵ショーケースの上に身を乗り出し、美桜は一歩後退した。
「た、たぶらかしたとか……そういうわけではなくて」
「じゃあ、どういうわけなのよ。はっきり言いなさいよ」
「翡翠は、私の恩人で……」
芙蓉の追求にたじろいでいると、
「あのぅ、すみません。お菓子が欲しいんですけど……」
横から、女性客が声をかけてきた。神楽が、
「とりあえず、芙蓉。話は後にしようぜ。美桜の商売の邪魔だ」
と、芙蓉の襟首を引っ張る。
「神楽! 引っ張らないでよ!」
芙蓉はすぐさま神楽の手を振り払い、
「確かに、仕事中のあなたを邪魔するのは、いけないことね。私は蒼天城にいるから、仕事が終わったら来なさい。逃げるんじゃないわよ」
と、びしっと美桜を指差すと、「行くわよ」と神楽を引き連れて去って行った。
(後で、何を言われるんだろう……)
翡翠が美桜を婚約者扱いしているという話は、美桜の知らないところで広がっていたらしい。きっと芙蓉は気を悪くしたに違いない。
(ごめんなさい、芙蓉さん……)
美桜は心の中で芙蓉に謝罪した。
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