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終章 けじめと別れ
二話 突然の代打
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ひとっ飛びで龍穴神社の近くまで戻って来ると、美桜は真莉愛が撮影をしているというスタジオへ向かった。
「撮影中にお邪魔したら迷惑をかけるかな……」
終わるまで待った方がいいだろうかと考えながら、スタジオの入るビルに到着すると、ビルの前で撮影スタッフらしき女性が、困り顔でうろうろしていた。以前、会ったことのある女性だったので、近づいて行って、
「こんにちは」
と挨拶をする。
すると、女性は「誰だろう」というように不思議そうな顔をした後、
「あっ……あーっ、もしかして、真莉愛ちゃんのいとこさん?」
と、美桜を指差した。
「はい、そうです」
「どうしたの? 今日も真莉愛ちゃんの忘れ物を届けに来たの?」
美桜の隣に立つ翡翠の顔をちらちら見上げながら、女性が問いかける。美桜が、
「忘れ物ではないのですけど、真莉愛さんに少しお話があって……」
と言った時、女性のスマホが鳴った。女性が「ちょっとごめんね」と謝って、スマホを耳に当てる。
「もしもし? Linaちゃんとユージ君、どうなったの? ……ええっ? 交通事故?」
女性が弱った様子で額を押さえた。
「うん、うん……軽い怪我で命に別状はないのね。撮影には来られそう? そう、今、病院にいるの。ああ、それだと無理そうね……」
一通り話を終えたのか、女性は通話を切ると、深く溜め息をついた。
穏やかでない話が聞こえていたので、美桜が、
「どうかしたんですか?」
心配な気持ちで尋ねると、
「今日、撮影に来る予定だったモデルの二人が事故に遭ったみたい。なかなか来ないから、待っていたんだけどね……。ああ、もう、どうしよう。今日、撮影しないと間に合わないのに!」
女性は爪を噛んだ。
なんだか、大変なタイミングで来てしまったようだ。
(真莉愛さんに挨拶をするの、後日にした方がいいかもしれない……)
美桜が迷っていると、女性の視線が美桜に向いた。翡翠の顔と見比べた後、
「真莉愛ちゃんのいとこさん!」
突然、美桜の腕をがしっと掴んだ。
「あなた、モデルをしない?」
「え……ええっ?」
思わず、声が裏返った美桜に、女性は、
「困っているの! あなたならいける。可愛いもの。そっちのお兄さんも素敵だし。ていうか、お兄さんも、もしかしてモデルやってる?」
と、早口で誘った。
美桜は戸惑っていたが、翡翠の目がきらりと光り、
「そうだ、俺の美桜は可愛い」
と、のろけた。そして女性に向かい、
「お前は見る目がある。もでるというのは何だ? 困っているのなら、助けてやってもよいが」
と、言うと、女性は「本当?」と目を輝かせた。
「簡単な写真撮影よ。行きましょう。さあ、早く早く! カメラマンの時間もあるし」
女性に背中を押されて、美桜は流されるままにビルに入った。スタジオへ案内され、中へ入った途端、スタッフの視線が一斉に美桜を向いた。その中に、真莉愛がいる。
真莉愛は「誰が入ってきたのだろう」とでも言うように、きょとんとしていたが、美桜が、
「真莉愛さん、お久しぶりです」
と、会釈をすると、みるみるうちに表情が変わり、
「もしかして……美桜?」
と、美桜の顔を指差した。次に、隣に立つ翡翠に目を向け、その美貌に呆けたような顔をする。
「皆さん、代理のモデルが来ました!」
女性が、スタジオ内のスタッフに向かって叫んだ。スタッフたちが、
「代理?」
「どういうこと?」
と、ざわめき出す。手早く事情を説明する女性のまわりにスタッフたちが集まり、
「なかなか来ないと思ったら、そういうこと」
「交通事故? Linaちゃんとユージ君、大丈夫なのかな?」
「軽い怪我だけですんだって話だし、大丈夫じゃない?」
「とりあえず今は、撮影のことを考えましょう」
と、輪になって相談している。そして先程の女性とはまた違う女性スタッフが美桜と翡翠の元へやってくると、
「あなた、真莉愛ちゃんのいとこなんだってね。モデルの代理、引き受けてくれてありがとう! 困っていたから、助かったわ」
と、両手を合わせた。
「で、でも、私、モデルなんてやったことなくて……。それに容姿も……」
「容姿? 何、言ってるの。あなた、めちゃくちゃ可愛いわよ。ねえ、お名前は?」
「み、美桜です」
自信のない美桜に、スタッフが笑いかける。
「美桜ちゃん、こっちで指示を出すから、その通りに動いてくれたらいいから。そっちの彼、恋人なんでしょ? 今日はデートコーデの特集用の撮影だから、いつも通りの雰囲気を出してくれればいいわよ」
ぽんと肩を叩かれて、美桜は「どうしよう」という顔で翡翠を見上げた。翡翠は美桜が褒められてご満悦の様子だ。
「やってみたらいい。俺は構わない」
「彼氏さんもこう言っているし、さあ、そうと決まれば、メイクと着替え! こっちに来て」
スタッフに腕を取られ、美桜はスタジオの中にあるカーテンで仕切られたメイクスペースへと連れて行かれた。その背中を、真莉愛が睨むように見つめている。連れてきた黒猫は、美桜と翡翠以外の人間には姿が見えないので、スタジオ内を探検するように悠々と歩いている。
「撮影中にお邪魔したら迷惑をかけるかな……」
終わるまで待った方がいいだろうかと考えながら、スタジオの入るビルに到着すると、ビルの前で撮影スタッフらしき女性が、困り顔でうろうろしていた。以前、会ったことのある女性だったので、近づいて行って、
「こんにちは」
と挨拶をする。
すると、女性は「誰だろう」というように不思議そうな顔をした後、
「あっ……あーっ、もしかして、真莉愛ちゃんのいとこさん?」
と、美桜を指差した。
「はい、そうです」
「どうしたの? 今日も真莉愛ちゃんの忘れ物を届けに来たの?」
美桜の隣に立つ翡翠の顔をちらちら見上げながら、女性が問いかける。美桜が、
「忘れ物ではないのですけど、真莉愛さんに少しお話があって……」
と言った時、女性のスマホが鳴った。女性が「ちょっとごめんね」と謝って、スマホを耳に当てる。
「もしもし? Linaちゃんとユージ君、どうなったの? ……ええっ? 交通事故?」
女性が弱った様子で額を押さえた。
「うん、うん……軽い怪我で命に別状はないのね。撮影には来られそう? そう、今、病院にいるの。ああ、それだと無理そうね……」
一通り話を終えたのか、女性は通話を切ると、深く溜め息をついた。
穏やかでない話が聞こえていたので、美桜が、
「どうかしたんですか?」
心配な気持ちで尋ねると、
「今日、撮影に来る予定だったモデルの二人が事故に遭ったみたい。なかなか来ないから、待っていたんだけどね……。ああ、もう、どうしよう。今日、撮影しないと間に合わないのに!」
女性は爪を噛んだ。
なんだか、大変なタイミングで来てしまったようだ。
(真莉愛さんに挨拶をするの、後日にした方がいいかもしれない……)
美桜が迷っていると、女性の視線が美桜に向いた。翡翠の顔と見比べた後、
「真莉愛ちゃんのいとこさん!」
突然、美桜の腕をがしっと掴んだ。
「あなた、モデルをしない?」
「え……ええっ?」
思わず、声が裏返った美桜に、女性は、
「困っているの! あなたならいける。可愛いもの。そっちのお兄さんも素敵だし。ていうか、お兄さんも、もしかしてモデルやってる?」
と、早口で誘った。
美桜は戸惑っていたが、翡翠の目がきらりと光り、
「そうだ、俺の美桜は可愛い」
と、のろけた。そして女性に向かい、
「お前は見る目がある。もでるというのは何だ? 困っているのなら、助けてやってもよいが」
と、言うと、女性は「本当?」と目を輝かせた。
「簡単な写真撮影よ。行きましょう。さあ、早く早く! カメラマンの時間もあるし」
女性に背中を押されて、美桜は流されるままにビルに入った。スタジオへ案内され、中へ入った途端、スタッフの視線が一斉に美桜を向いた。その中に、真莉愛がいる。
真莉愛は「誰が入ってきたのだろう」とでも言うように、きょとんとしていたが、美桜が、
「真莉愛さん、お久しぶりです」
と、会釈をすると、みるみるうちに表情が変わり、
「もしかして……美桜?」
と、美桜の顔を指差した。次に、隣に立つ翡翠に目を向け、その美貌に呆けたような顔をする。
「皆さん、代理のモデルが来ました!」
女性が、スタジオ内のスタッフに向かって叫んだ。スタッフたちが、
「代理?」
「どういうこと?」
と、ざわめき出す。手早く事情を説明する女性のまわりにスタッフたちが集まり、
「なかなか来ないと思ったら、そういうこと」
「交通事故? Linaちゃんとユージ君、大丈夫なのかな?」
「軽い怪我だけですんだって話だし、大丈夫じゃない?」
「とりあえず今は、撮影のことを考えましょう」
と、輪になって相談している。そして先程の女性とはまた違う女性スタッフが美桜と翡翠の元へやってくると、
「あなた、真莉愛ちゃんのいとこなんだってね。モデルの代理、引き受けてくれてありがとう! 困っていたから、助かったわ」
と、両手を合わせた。
「で、でも、私、モデルなんてやったことなくて……。それに容姿も……」
「容姿? 何、言ってるの。あなた、めちゃくちゃ可愛いわよ。ねえ、お名前は?」
「み、美桜です」
自信のない美桜に、スタッフが笑いかける。
「美桜ちゃん、こっちで指示を出すから、その通りに動いてくれたらいいから。そっちの彼、恋人なんでしょ? 今日はデートコーデの特集用の撮影だから、いつも通りの雰囲気を出してくれればいいわよ」
ぽんと肩を叩かれて、美桜は「どうしよう」という顔で翡翠を見上げた。翡翠は美桜が褒められてご満悦の様子だ。
「やってみたらいい。俺は構わない」
「彼氏さんもこう言っているし、さあ、そうと決まれば、メイクと着替え! こっちに来て」
スタッフに腕を取られ、美桜はスタジオの中にあるカーテンで仕切られたメイクスペースへと連れて行かれた。その背中を、真莉愛が睨むように見つめている。連れてきた黒猫は、美桜と翡翠以外の人間には姿が見えないので、スタジオ内を探検するように悠々と歩いている。
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