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後日談 ずっと見ていた
二話 あなたと食べたい
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穂高が蒼天堂の事務所で帳簿のチェックをしていると、
「穂高、いる?」
扉を開けて、ひょっこりと芙蓉が顔を出した。
「芙蓉様。どうされたのですか?」
芙蓉が事務所に来るなど何ごとだろうと思いながら、振り返る。芙蓉はもじもじとした様子で、
「美桜がまかろんを作ってくれたの。とってもおいしかったから、穂高にも食べてもらいたいなと思って……。入っていい?」
と、尋ねた。事務所では、穂高の他に、事務員の女性あやかしが三人ほど働いている。彼女たちの前で菓子を食べるのもどうかと思ったが、せっかく芙蓉が持って来てくれたものを断ることもできず、穂高は椅子から腰を上げると、
「それでは、失礼ながら、外で……」
と言って、廊下へと出た。
「ごめんなさい。お仕事の邪魔だったかしら」
芙蓉が申し訳なさそうな顔をしたので、慌てて、
「そのようなことはありません」
と、両手を横に振った。ほっとした表情を浮かべた芙蓉の手には皿があり、上に、丸く小さな菓子が載せられている。
(これが、美桜が浅葱様を納得させたという菓子か……)
物珍しい気持ちで眺めていると、芙蓉が、
「穂高も食べてみて」
と、皿を差し出した。敬愛する芙蓉に勧められて、断ることなどできない。穂高は皿からマカロンを取り上げると、一口で食べた。
「これは……」
食べたことのない味に、感嘆の声を漏らすと、芙蓉は嬉しそうに、
「ね、おいしいでしょう?」
と笑った。
「はい、おいしいです。――美桜は相変わらず、すごい菓子職人だな」
思わず美桜を賞賛する言葉を漏らしたら、芙蓉の顔が、さっとこわばった。
「美桜は確かにすごいわ。ねえ、穂高……前から気になっていたの。穂高は、その……」
何かを言いかけ、途中で口をつぐむ。
「私が、何か?」
芙蓉の気分を損ねるようなことを言っただろうかと、穂高が首を傾げると、芙蓉はキッと顔を上げ、
「穂高は、美桜のことが好きなの?」
と、問いかけた。
「……は?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった穂高に、
「だって、穂高は美桜の名前を呼ぶし、親しく接するし、それに何より、同族だもの」
芙蓉はたたみかける。
「ちょ、ちょっと待ってください、芙蓉様。私は別に、美桜に親しく接しているわけではありません」
穂高は、確かに、美桜のことを認めるようになった。けれど、親しいと言うほど、二人の距離は縮まってはいない。
「嘘!」
「嘘ではありませんよ」
なぜか拗ねている様子の芙蓉に、戸惑ってしまう。
「急に何なのですか? 芙蓉様」
唇を尖らせている芙蓉に、心配な面持ちで声をかけると、
「美桜が言っていたわ。おいしいものって、好きな人にも食べてもらいたくなるって」
芙蓉は、俯きがちに言った。
「……はぁ」
芙蓉の言葉の意味が分からず、穂高が間抜けな相槌を打つ。
「だから!」
芙蓉はしびれを切らしたように声を荒げ、顔を上げると、穂高の瞳を見つめた。
「私は、穂高と一緒においしいものを食べたいのよ!」
「…………」
一瞬、穂高は芙蓉の言わんとしていることが理解できなかった。芙蓉の顔が真っ赤に染まっている。
「ああもう、分からないの? ――穂高の朴念仁! 私はねぇ……」
穂高は、ようやく「もしかして」と思った。けれど「いや、待て。そんなことは……」と、すぐさま否定をする。
「わ、私は、穂高のことが、す、す……っ」
言いよどんだ後、芙蓉は、
「……好きなのよ」
と、囁いた。
穂高が息をのむ。
「芙蓉様」
穂高は恥ずかしさが頂点に達したのか、両手で顔を覆ってしまった芙蓉を見つめると、口元に優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。そのお心、嬉しいです。僭越ながら、私もあなたのことが――」
穂高が高嶺に咲いていると思っていた花は、意外にも、手の届くところに咲いていた。
【了】
「穂高、いる?」
扉を開けて、ひょっこりと芙蓉が顔を出した。
「芙蓉様。どうされたのですか?」
芙蓉が事務所に来るなど何ごとだろうと思いながら、振り返る。芙蓉はもじもじとした様子で、
「美桜がまかろんを作ってくれたの。とってもおいしかったから、穂高にも食べてもらいたいなと思って……。入っていい?」
と、尋ねた。事務所では、穂高の他に、事務員の女性あやかしが三人ほど働いている。彼女たちの前で菓子を食べるのもどうかと思ったが、せっかく芙蓉が持って来てくれたものを断ることもできず、穂高は椅子から腰を上げると、
「それでは、失礼ながら、外で……」
と言って、廊下へと出た。
「ごめんなさい。お仕事の邪魔だったかしら」
芙蓉が申し訳なさそうな顔をしたので、慌てて、
「そのようなことはありません」
と、両手を横に振った。ほっとした表情を浮かべた芙蓉の手には皿があり、上に、丸く小さな菓子が載せられている。
(これが、美桜が浅葱様を納得させたという菓子か……)
物珍しい気持ちで眺めていると、芙蓉が、
「穂高も食べてみて」
と、皿を差し出した。敬愛する芙蓉に勧められて、断ることなどできない。穂高は皿からマカロンを取り上げると、一口で食べた。
「これは……」
食べたことのない味に、感嘆の声を漏らすと、芙蓉は嬉しそうに、
「ね、おいしいでしょう?」
と笑った。
「はい、おいしいです。――美桜は相変わらず、すごい菓子職人だな」
思わず美桜を賞賛する言葉を漏らしたら、芙蓉の顔が、さっとこわばった。
「美桜は確かにすごいわ。ねえ、穂高……前から気になっていたの。穂高は、その……」
何かを言いかけ、途中で口をつぐむ。
「私が、何か?」
芙蓉の気分を損ねるようなことを言っただろうかと、穂高が首を傾げると、芙蓉はキッと顔を上げ、
「穂高は、美桜のことが好きなの?」
と、問いかけた。
「……は?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった穂高に、
「だって、穂高は美桜の名前を呼ぶし、親しく接するし、それに何より、同族だもの」
芙蓉はたたみかける。
「ちょ、ちょっと待ってください、芙蓉様。私は別に、美桜に親しく接しているわけではありません」
穂高は、確かに、美桜のことを認めるようになった。けれど、親しいと言うほど、二人の距離は縮まってはいない。
「嘘!」
「嘘ではありませんよ」
なぜか拗ねている様子の芙蓉に、戸惑ってしまう。
「急に何なのですか? 芙蓉様」
唇を尖らせている芙蓉に、心配な面持ちで声をかけると、
「美桜が言っていたわ。おいしいものって、好きな人にも食べてもらいたくなるって」
芙蓉は、俯きがちに言った。
「……はぁ」
芙蓉の言葉の意味が分からず、穂高が間抜けな相槌を打つ。
「だから!」
芙蓉はしびれを切らしたように声を荒げ、顔を上げると、穂高の瞳を見つめた。
「私は、穂高と一緒においしいものを食べたいのよ!」
「…………」
一瞬、穂高は芙蓉の言わんとしていることが理解できなかった。芙蓉の顔が真っ赤に染まっている。
「ああもう、分からないの? ――穂高の朴念仁! 私はねぇ……」
穂高は、ようやく「もしかして」と思った。けれど「いや、待て。そんなことは……」と、すぐさま否定をする。
「わ、私は、穂高のことが、す、す……っ」
言いよどんだ後、芙蓉は、
「……好きなのよ」
と、囁いた。
穂高が息をのむ。
「芙蓉様」
穂高は恥ずかしさが頂点に達したのか、両手で顔を覆ってしまった芙蓉を見つめると、口元に優しい微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。そのお心、嬉しいです。僭越ながら、私もあなたのことが――」
穂高が高嶺に咲いていると思っていた花は、意外にも、手の届くところに咲いていた。
【了】
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