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懺悔
アルバートは異質な子供だった。
生まれてすぐとは言わないが、かなり早い時期からの記憶があり、立つ事も話す事も早かったし、文字を読むことも計算をすることも早い時期からできた。
優秀な王子。誰もがそう言った。人生何周目なんだ、と言う人もいた。
だが、同時にどれだけ優秀だったとしても、彼は周囲の人にとっていらない人間だった。むしろ優秀だったからこそ、危険視された存在だった。
父である国王の二番目の息子。だが、年の離れた兄はその時すでに皇太子であり、妻を娶っていた。彼らの間に子供ができれば、自分の存在価値は完全になくなる。
父ですら「必要ない」と言い、いてもいなくても問題ないと捨て置かれ、使用人たちも当初見捨てるような状態だった。
母は出産時に亡くなっていたので戻る家もなく、そのまま消える運命だったかもしれない。
そうならなかったのは、当時皇太子だった兄が、彼を自分の兄弟だと主張し、彼の妻も同じく彼を大切にし、彼らの監視下で使用人たちが動いたからだ。
彼らのおかげで、アルバートは衣食住揃った中で生活ができた。が、成長するにつれ、彼の歪さが明らかになってくる。
優秀は優秀なのだろう。けれど、それは最適解がわかるが故の非情さでもあった。
彼には情というものがない。
それを知った時、兄は言った。王家にはそういう子供が稀にできる、と。近くでいえば、従兄弟がそうだと。
人と違う。人の器は持っているが、中身は人ではない。そう断定されても、何とも思わなかった。悩みもしなかった。ただ自分はそういう者なのだ、と認識しただけ。
彼も彼の日常も変わらない。
だからだろうか。兄は少ししてから、シャーロットを連れてきた。
王家の暗部を統括する従兄弟の娘。
とんでもない家に育った彼女だが、父親が家では裏の顔を見せなかったせいか、普通の子供と何ら変わらない。愛情を受けて育った子なのだろうと思わせる子。
柔らかい栗色の髪。明るい緑の目。
美貌で名高い父親にはあまり似ず、顔だち自体は普通に可愛いレベルだと思うが、動くと目が離せなくなるくらい、とんでもなく可愛くみえてしまう不思議な子供。
彼女はいつだって、動かないアルバートの心に、外の光と風を届けてくれた。
『アルバート、来たわよ!』
なんて偉そうに言いながら。
そうして彼の情のなさを知っても、『個性ね』と言い放ったのだ。
それは、彼が初めて他者に認められた瞬間だった。いや、正確に言えば、兄も従兄弟も認めてはくれていた。しかし、保護者ではなく、対等な立場で認められた事は初めてだった。
以来ずっと彼女は彼の隣にいる。
彼の隣で笑い、泣き。その度に彼の中の何かが揺さぶられた。
彼女が泣けば、焦り、彼女が笑えば安心する。そんな所から始まり、やがて気づくのだ。
彼女の前でだけ『情』らしきものが動く自分に。
戸惑いは勿論あった。けれど、自分自身の心臓の鼓動、抱きつかれる度に感じる彼女の熱と柔らかさ。それらを感じる度に、手放せないと思うのだ。
他の人間には感じない。彼女にだけ心が動く。不思議で、温かい何かが体に流れ込み、その時だけアルバートに人の形を作る。そんな感覚。
その事に気づいて以来、アルバートはシャーロットの言葉をよく聞いた。
彼女の理想となる為に。彼女の関心を自分だけに寄せる為に。
子供らしく我儘な彼女の願いだって、できる限り叶えた。
そんな二人の様子を見て、周囲の人は言う。「伯爵家の娘は酷く我儘だ」と。
実際、身分も高く、一人っ子の彼女の周りには常に大勢の大人がいた。そのせいか彼女は我がままで、癇癪持ちで、周囲を振り回す事もしばしばあった。
だけど、皆は気づいていただろうか?彼女の我儘も癇癪もいつもアルバートの事に関してのみ。
アルバートの体調が悪い時は傍を離れず、あれを持ってこい、これを持ってこいと大騒ぎで周囲を動かし、誰かがアルバートに理不尽な事をすれば、彼に何故怒らないのだと怒り、可愛い報復に走る。
彼女が癇癪を起す時、泣きながら人を罵倒する時、我儘を押し通そうとする時。そのすべてにアルバートが関係している。
まるで小さな体を一杯に膨らめ、彼を守るかのように。
親や他の人に対しては、あまり反抗しない素直で明るい子供で、我儘もあまり言わない。
自分にだけ。自分の為に、そう思うとアルバートの目には、彼女の全てが可愛くて仕方ない。
そうなってしまえば、アルバートの目は彼女しか入らない。
たまに見せる子供らしい嫉妬だって、彼の優越感を満足させてくれるものだった。
彼女といる時だけアルバートの心は癒され、自分の中にないはずのものが満ちてくる気がする。時に自分は普通の人間なのではないか、と錯覚するくらい。
勿論、元々ないものだから、錯覚にすぎない。
だが、彼女の為ならそれを偽装できる。擬態できる。
彼女の為ならいくらでも優しい自分になれるし、彼女の関する事なら心を砕ける。
無くせない存在。そうなるまで時間は大してかからなかった。
彼女だけを見つめ、彼女だけを想って。
成長し、彼女の体に変化が現れてからは、より執着が強くなり、彼女の周囲から男という男を排除した。
これは自分のものである、と周囲にもわかるように示してきた。
同時に彼女に愛を囁き、自分との甘い未来の生活を刷り込みながら。
あの頃の彼女は気づきもしなかっただろう。夜ごと彼が自分を思い、自身を慰めているなんて。
なのに。
アルバートはあの日の事を思い出した。
その日は久々に国王である兄や宰相、それにシャーロットの父で従兄弟のエリオットと、四人での深夜の飲み会を開いていた。
飲み会といっても、国の重鎮が揃って街に繰り出すわけはない。国王の私室で集まって飲むだけのものだ。一年ほど前、最終学年になった頃から、アルバートもこの席に呼んでもらえる事になった。
表沙汰にはできないけれど、大きな人仕事を終え、皆リラックス気分だったと思う。
アルバートにしても、これで暫く距離をおいていたシャーロットを思いっきり構い倒せると、意気込みに燃えていた。
長らく放っていたから、きっと寂しがっているだろう。たっぷり甘えさせて、今回できなかった二人の婚約を、すぐに発表しよう。
彼女の卒業まで約一年。その間に、結婚式の支度や、自分の邸を彼女好みにリフォームしなければ。
アルバートは浮かれていた。そして、油断していた。クラルスを排除した事で、前と同じシャーロットとの時間が戻るのだと。
その席でたまたま昨日何をしていた?という何気ない話題が出たのは偶然だった。
話題としては、天気の話と同じくらい定番でありふれたもの。しかも、日を置かずに会っている四人だから、互いの行動は大抵想像がつく。
ところがその日に限って、従兄弟は想定外の答えを口にしたのだ。
「ああ、娘の結婚式に出席していた」
正直、その場にいた誰もが凍り付いた。
彼の娘は一人。シャーロットのみ。だったら嫁に行った彼の娘は、彼女しかいない。
そしてアルバートは、その結婚式に主役どころか、出席すらしていない。
咄嗟に彼は兄である国王と宰相を振り返った。が、二人も知らなかったのか、顔を引きつらせながら、同時に頭を横に振る。
そこで彼は立ち上がり従兄弟に詰め寄ったのだが、従兄弟はしれっとした顔で肩を竦めた。
「いや、娘がお前に振られたと長い間ふさぎこんでいてな。妻が『失恋には新しい恋が必要です!恋で空いた心の穴は、恋でなければ埋まりませんわ!』と言い張ったから」
それは、『猫が亡くなると猫型の穴が心に空き、この穴は猫でなければ埋める事ができない』という、昔の賢人のパクリ。
その場の誰もが思ったが、指摘できない。
というか、それを口にできる雰囲気ではない。
突っ込む言葉を頭から振り落とし、宰相が話を進める。
「奥方が言ったから、娘を結婚させたんですか?貴方、アルバートの気持ちも事情も知っていましたよね?大体何故『恋』をすっ飛ばして『結婚』なんです?」
言葉もでない彼の代わりに、一緒に飲んでいた宰相が小さく手を上げて質問する。
その質問に、従兄弟はあっさりと頷いた。
「『恋』に落とすのは、時間がかかりそうだったし。ほら、皆も知っている通り、家の娘は アルバートにぞっこんだったからさ。だから、いっそ結婚させちゃえば、こいつの事もきっぱりすっかり忘れられるし。旦那ってことなら必然的にそっちに目をむけるから、その内に恋することもあるだろう?」
「「「は?」」」
「それで誰かいい相手はいないかと探したら、昔の子飼いが『息子の嫁を探している』っていうからさ」
丁度いいと思ったんだ。
「丁度いい、って貴方、猫の子を里子に出すわけじゃないんだから」
あっけらかんと笑い、いい仕事をしたと満足そうに頷く従兄弟に、宰相が呆れた声を出したその時。
「シャーロットが嫁に行くときは、儂が最高のウエディングドレスを仕立てると言ったのに!約束が違う!」
国王が叫んだ。
子供が男ばかりの国王は、従兄弟の娘を溺愛していたのだ。
彼女が嫁に行くときは、自分が一緒にウエディングロードを歩くのだ、とありえない事を夢想するくらい。因みにドレスを仕立てる約束などしていない。彼が勝手に計画していただけだ。
「いや、今はそういうことじゃないでしょう?」
興奮して叫び続ける国王に、友人である宰相が突っ込み、すかさず己がずいっと前に出る。
「さっきも言いましたが、アルバートの気持ちを分かっていたのでしょう?それなのに何で?シャーロットが他人の嫁になったら、この無駄に優秀な問題児のストッパーは、今後誰がするんです?下手をすると国が消滅しますよ?」
無駄に優秀な問題児。
これは褒められているのか、けなされているのかわからない。わからないが、宰相の言っている事は事実。
彼女が手に入らないなら、国どころか世界が滅べばいいとさえ思っている小僧だ。
「大体貴方だって、コレの性質を知って自分の跡取りにいいんじゃないか、って仕事させていましたよね?」
それを突きつけられ、従兄弟は鼻先で笑った。
「その仕事の内容が問題だったって言っているんだ。未来の義父に仕事振られて張り切っていたのはわかるけど、それとうちの娘を悲しませるのは違うだろう?」
「………」
従兄弟の嘲るような声に、アルバートは顔を伏せる。
彼の言う仕事とは、麻薬に似た薬の取引の話だ。
隣国を経由して東から入って来たその薬は、人を廃人にさせる強いもので、王都でも広がりを見せてきている。
その大元はわかったが、相手が周到な人間でなかなか尻尾を掴ませない。
業を煮やしたエリオットが、突破口として選んだのがターゲットの娘で、学園に在学していた女生徒だった。
アルバートは彼女に近づき、情報を引き出す役目を未来の義父に頼まれたわけだ。
そして時間はかかったものの、無事に情報をゲットでき、彼女の父もその仲間も捕らえられた。
裏の事情なので、事件は表沙汰になる事もなく、そのまま闇に消えていった。
残された家族は、言わずもがな。ただ表向きには、母方の実家のある領地に向かう途中事故に会い、全員死亡したことになっている。
とにかく終わった。自分は初めての仕事を無事にやり遂げたのだ。アルバートはそう安堵していた。だが、未来の舅は気に入らなかったらしい。
生まれてすぐとは言わないが、かなり早い時期からの記憶があり、立つ事も話す事も早かったし、文字を読むことも計算をすることも早い時期からできた。
優秀な王子。誰もがそう言った。人生何周目なんだ、と言う人もいた。
だが、同時にどれだけ優秀だったとしても、彼は周囲の人にとっていらない人間だった。むしろ優秀だったからこそ、危険視された存在だった。
父である国王の二番目の息子。だが、年の離れた兄はその時すでに皇太子であり、妻を娶っていた。彼らの間に子供ができれば、自分の存在価値は完全になくなる。
父ですら「必要ない」と言い、いてもいなくても問題ないと捨て置かれ、使用人たちも当初見捨てるような状態だった。
母は出産時に亡くなっていたので戻る家もなく、そのまま消える運命だったかもしれない。
そうならなかったのは、当時皇太子だった兄が、彼を自分の兄弟だと主張し、彼の妻も同じく彼を大切にし、彼らの監視下で使用人たちが動いたからだ。
彼らのおかげで、アルバートは衣食住揃った中で生活ができた。が、成長するにつれ、彼の歪さが明らかになってくる。
優秀は優秀なのだろう。けれど、それは最適解がわかるが故の非情さでもあった。
彼には情というものがない。
それを知った時、兄は言った。王家にはそういう子供が稀にできる、と。近くでいえば、従兄弟がそうだと。
人と違う。人の器は持っているが、中身は人ではない。そう断定されても、何とも思わなかった。悩みもしなかった。ただ自分はそういう者なのだ、と認識しただけ。
彼も彼の日常も変わらない。
だからだろうか。兄は少ししてから、シャーロットを連れてきた。
王家の暗部を統括する従兄弟の娘。
とんでもない家に育った彼女だが、父親が家では裏の顔を見せなかったせいか、普通の子供と何ら変わらない。愛情を受けて育った子なのだろうと思わせる子。
柔らかい栗色の髪。明るい緑の目。
美貌で名高い父親にはあまり似ず、顔だち自体は普通に可愛いレベルだと思うが、動くと目が離せなくなるくらい、とんでもなく可愛くみえてしまう不思議な子供。
彼女はいつだって、動かないアルバートの心に、外の光と風を届けてくれた。
『アルバート、来たわよ!』
なんて偉そうに言いながら。
そうして彼の情のなさを知っても、『個性ね』と言い放ったのだ。
それは、彼が初めて他者に認められた瞬間だった。いや、正確に言えば、兄も従兄弟も認めてはくれていた。しかし、保護者ではなく、対等な立場で認められた事は初めてだった。
以来ずっと彼女は彼の隣にいる。
彼の隣で笑い、泣き。その度に彼の中の何かが揺さぶられた。
彼女が泣けば、焦り、彼女が笑えば安心する。そんな所から始まり、やがて気づくのだ。
彼女の前でだけ『情』らしきものが動く自分に。
戸惑いは勿論あった。けれど、自分自身の心臓の鼓動、抱きつかれる度に感じる彼女の熱と柔らかさ。それらを感じる度に、手放せないと思うのだ。
他の人間には感じない。彼女にだけ心が動く。不思議で、温かい何かが体に流れ込み、その時だけアルバートに人の形を作る。そんな感覚。
その事に気づいて以来、アルバートはシャーロットの言葉をよく聞いた。
彼女の理想となる為に。彼女の関心を自分だけに寄せる為に。
子供らしく我儘な彼女の願いだって、できる限り叶えた。
そんな二人の様子を見て、周囲の人は言う。「伯爵家の娘は酷く我儘だ」と。
実際、身分も高く、一人っ子の彼女の周りには常に大勢の大人がいた。そのせいか彼女は我がままで、癇癪持ちで、周囲を振り回す事もしばしばあった。
だけど、皆は気づいていただろうか?彼女の我儘も癇癪もいつもアルバートの事に関してのみ。
アルバートの体調が悪い時は傍を離れず、あれを持ってこい、これを持ってこいと大騒ぎで周囲を動かし、誰かがアルバートに理不尽な事をすれば、彼に何故怒らないのだと怒り、可愛い報復に走る。
彼女が癇癪を起す時、泣きながら人を罵倒する時、我儘を押し通そうとする時。そのすべてにアルバートが関係している。
まるで小さな体を一杯に膨らめ、彼を守るかのように。
親や他の人に対しては、あまり反抗しない素直で明るい子供で、我儘もあまり言わない。
自分にだけ。自分の為に、そう思うとアルバートの目には、彼女の全てが可愛くて仕方ない。
そうなってしまえば、アルバートの目は彼女しか入らない。
たまに見せる子供らしい嫉妬だって、彼の優越感を満足させてくれるものだった。
彼女といる時だけアルバートの心は癒され、自分の中にないはずのものが満ちてくる気がする。時に自分は普通の人間なのではないか、と錯覚するくらい。
勿論、元々ないものだから、錯覚にすぎない。
だが、彼女の為ならそれを偽装できる。擬態できる。
彼女の為ならいくらでも優しい自分になれるし、彼女の関する事なら心を砕ける。
無くせない存在。そうなるまで時間は大してかからなかった。
彼女だけを見つめ、彼女だけを想って。
成長し、彼女の体に変化が現れてからは、より執着が強くなり、彼女の周囲から男という男を排除した。
これは自分のものである、と周囲にもわかるように示してきた。
同時に彼女に愛を囁き、自分との甘い未来の生活を刷り込みながら。
あの頃の彼女は気づきもしなかっただろう。夜ごと彼が自分を思い、自身を慰めているなんて。
なのに。
アルバートはあの日の事を思い出した。
その日は久々に国王である兄や宰相、それにシャーロットの父で従兄弟のエリオットと、四人での深夜の飲み会を開いていた。
飲み会といっても、国の重鎮が揃って街に繰り出すわけはない。国王の私室で集まって飲むだけのものだ。一年ほど前、最終学年になった頃から、アルバートもこの席に呼んでもらえる事になった。
表沙汰にはできないけれど、大きな人仕事を終え、皆リラックス気分だったと思う。
アルバートにしても、これで暫く距離をおいていたシャーロットを思いっきり構い倒せると、意気込みに燃えていた。
長らく放っていたから、きっと寂しがっているだろう。たっぷり甘えさせて、今回できなかった二人の婚約を、すぐに発表しよう。
彼女の卒業まで約一年。その間に、結婚式の支度や、自分の邸を彼女好みにリフォームしなければ。
アルバートは浮かれていた。そして、油断していた。クラルスを排除した事で、前と同じシャーロットとの時間が戻るのだと。
その席でたまたま昨日何をしていた?という何気ない話題が出たのは偶然だった。
話題としては、天気の話と同じくらい定番でありふれたもの。しかも、日を置かずに会っている四人だから、互いの行動は大抵想像がつく。
ところがその日に限って、従兄弟は想定外の答えを口にしたのだ。
「ああ、娘の結婚式に出席していた」
正直、その場にいた誰もが凍り付いた。
彼の娘は一人。シャーロットのみ。だったら嫁に行った彼の娘は、彼女しかいない。
そしてアルバートは、その結婚式に主役どころか、出席すらしていない。
咄嗟に彼は兄である国王と宰相を振り返った。が、二人も知らなかったのか、顔を引きつらせながら、同時に頭を横に振る。
そこで彼は立ち上がり従兄弟に詰め寄ったのだが、従兄弟はしれっとした顔で肩を竦めた。
「いや、娘がお前に振られたと長い間ふさぎこんでいてな。妻が『失恋には新しい恋が必要です!恋で空いた心の穴は、恋でなければ埋まりませんわ!』と言い張ったから」
それは、『猫が亡くなると猫型の穴が心に空き、この穴は猫でなければ埋める事ができない』という、昔の賢人のパクリ。
その場の誰もが思ったが、指摘できない。
というか、それを口にできる雰囲気ではない。
突っ込む言葉を頭から振り落とし、宰相が話を進める。
「奥方が言ったから、娘を結婚させたんですか?貴方、アルバートの気持ちも事情も知っていましたよね?大体何故『恋』をすっ飛ばして『結婚』なんです?」
言葉もでない彼の代わりに、一緒に飲んでいた宰相が小さく手を上げて質問する。
その質問に、従兄弟はあっさりと頷いた。
「『恋』に落とすのは、時間がかかりそうだったし。ほら、皆も知っている通り、家の娘は アルバートにぞっこんだったからさ。だから、いっそ結婚させちゃえば、こいつの事もきっぱりすっかり忘れられるし。旦那ってことなら必然的にそっちに目をむけるから、その内に恋することもあるだろう?」
「「「は?」」」
「それで誰かいい相手はいないかと探したら、昔の子飼いが『息子の嫁を探している』っていうからさ」
丁度いいと思ったんだ。
「丁度いい、って貴方、猫の子を里子に出すわけじゃないんだから」
あっけらかんと笑い、いい仕事をしたと満足そうに頷く従兄弟に、宰相が呆れた声を出したその時。
「シャーロットが嫁に行くときは、儂が最高のウエディングドレスを仕立てると言ったのに!約束が違う!」
国王が叫んだ。
子供が男ばかりの国王は、従兄弟の娘を溺愛していたのだ。
彼女が嫁に行くときは、自分が一緒にウエディングロードを歩くのだ、とありえない事を夢想するくらい。因みにドレスを仕立てる約束などしていない。彼が勝手に計画していただけだ。
「いや、今はそういうことじゃないでしょう?」
興奮して叫び続ける国王に、友人である宰相が突っ込み、すかさず己がずいっと前に出る。
「さっきも言いましたが、アルバートの気持ちを分かっていたのでしょう?それなのに何で?シャーロットが他人の嫁になったら、この無駄に優秀な問題児のストッパーは、今後誰がするんです?下手をすると国が消滅しますよ?」
無駄に優秀な問題児。
これは褒められているのか、けなされているのかわからない。わからないが、宰相の言っている事は事実。
彼女が手に入らないなら、国どころか世界が滅べばいいとさえ思っている小僧だ。
「大体貴方だって、コレの性質を知って自分の跡取りにいいんじゃないか、って仕事させていましたよね?」
それを突きつけられ、従兄弟は鼻先で笑った。
「その仕事の内容が問題だったって言っているんだ。未来の義父に仕事振られて張り切っていたのはわかるけど、それとうちの娘を悲しませるのは違うだろう?」
「………」
従兄弟の嘲るような声に、アルバートは顔を伏せる。
彼の言う仕事とは、麻薬に似た薬の取引の話だ。
隣国を経由して東から入って来たその薬は、人を廃人にさせる強いもので、王都でも広がりを見せてきている。
その大元はわかったが、相手が周到な人間でなかなか尻尾を掴ませない。
業を煮やしたエリオットが、突破口として選んだのがターゲットの娘で、学園に在学していた女生徒だった。
アルバートは彼女に近づき、情報を引き出す役目を未来の義父に頼まれたわけだ。
そして時間はかかったものの、無事に情報をゲットでき、彼女の父もその仲間も捕らえられた。
裏の事情なので、事件は表沙汰になる事もなく、そのまま闇に消えていった。
残された家族は、言わずもがな。ただ表向きには、母方の実家のある領地に向かう途中事故に会い、全員死亡したことになっている。
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