武器屋のエレン

月島ウェッジウッド

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勇者はみんなお得意様(カモ)

第二話:武器屋と鍛冶屋と勇者(2)

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夕方の店内、漂う埃が西日に照らされて、一区画がスノードームのようになっている。武器を手入れするための油や塗料の臭いが漂う中で、カウンター越しにふたりの男の視線が重なる。先に口を開いたのは、カウンターに置かれた武器に手を掛けている屈強な男の方だ。

「あぁ…、お前の言う通りだ。俺が払ったのは、実際には6万ゼニーだがな…」

そう言った後、どうやらこの屈強な男の中で、再び怒りの導火線に火が付いたようだ。

「だから、たった2万ゼニーじゃ足りねぇんだ!6万ゼニーを払って、2万ゼニーで売っちまったんじゃ、俺は4万ゼニーも損することになるんだっ!こんな簡単な勘定、そこらのガキにだってできるぜっ?!ましてやテメェは商売人の端くれ、なおさらそのくらいのことわかるよなっ?!」

屈強な男は、瞳孔を全開にしながら、カウンターの向こうに立つ優男に向かって怒鳴り散らす。

しかし、優男は動じない。

数秒、ふたりの視線が交差したまま、沈黙が流れた。

そして、屈強な男の方が再び怒鳴り声を上げようとした時、優男の方がそれを制するように、表情を変えることもなく話し始めた。

「商売人の端くれとして、あんたに教えておいてやるよ。俺たち商売人は、自分の稼ぎをデカくすることに心血を注いでいる。それは、あんたと仲良しの鍛冶屋も同じだ。あいつら鍛冶屋は、客からできる限り多くの金をもらって、できる限り手間を掛けずに武器を鍛えることで稼ぎをデカくできる」

「テメェ…、何が言いてぇんだ?」

「まだわからないのか?頭に血がのぼっているあんたにも、わかりやすく説明してあげたつもりだったんだけどな」

武器を握り締めたまま怒りに打ち震えているこの男、すべての物事について理性よりも感情を優先させそうな彼ではあるが、カウンターの向こうに立っている優男が何を言いたいのか、核心がどこにあるのかを理解できる程度の知性は持ち合わせていた。しかし、この世界で”勇者”と呼ばれている者のひとりである彼は、自らそれを口にする勇気を持ち合わせてはいなかった。

「わからないなら、もっと直接的に教えてやるよ。

”カモられた”んだよ、あんたは、その仲良しの鍛冶屋に」

再び沈黙が流れる。勇者は、なおも右手で武器を強く握り締めている。筋骨隆々とした体躯を怒りに震わせ、首筋の血管は今にも破裂しそうなほどに膨張している。顔を、いや身体中を真っ赤に紅潮させながら、勇者は無言のまま優男を睨みつける。

「あんたが鍛冶屋からもらったこの鍛錬証明書だが、ここに書かれていることはほとんどデタラメだ。確かに鍛錬された形跡はあるが、あんたが言うほど攻撃力が向上しているとは思えない。あんた、こいつを鍛冶屋から受け取った後に、幾度かモンスターと戦ったと言っていたよな?どうだ、思ったより難儀だったんじゃないか?」

「あぁ、確かにな…。

だが、初めて戦うモンスターだったし、HPもそれなりに高かったわりにはラクショーだったぜ!あいつがちゃんと俺の武器を鍛えてくれたからだ!それを”カモられた”だと?!デタラメなんて抜かしやがって、テメェ許さっ…!」

「それがあいつらのやり方なんだよ」

再び、無表情のまま優男が勇者の言葉を遮る。だいぶ陽が翳ってきた。薄暗い店の中で、なおもふたりの男の視線は重なったままだ。
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