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恋の芽生えは誰しも平等に
しおりを挟む『彼氏いない歴=年齢』を掲げて早二十五年。
私、本日は報告したいことがございます。
「───昨日、失恋しました」
パンパンパンパンパンッ!!
小気味良くも鼓膜を直に揺さぶる破裂音が室内に響き渡る。遅れて苛立ちを助長させる硝煙の匂いが鼻につく。
まるで盛大に誕生日を祝われているかのような錯覚を引き起こすクラッカーの嵐を至近距離で浴びせられ、祝福と悪意をない交ぜにしたようなタチの悪いいじめを経験する。
地べたに体育座りで座り込み、悲しみに暮れていた私に向けて、大量のパーティーグッズの残骸が降りかかってくる。
……ねえ、なんでクラッカー?
今、とてつもなく悲しい話をしてるんだけど。
咄嗟に出かけた文句の一つや二つをぐっと我慢し、主に頭部にまとわりつく紙テープを取り除きながら音の発信源である正面に目を向ける。
この薄暗い室内ではクラッカーを鳴らした相手の顔をはっきり見ることはできない。
しかし、その顔に表情がないことだけは普段の接触から把握済みである。
「……」
「……」
「………」
「…………」
1秒、2秒、3秒。
おそらく目は合っているはずだ。
しかし私の一世一代の報告に対して相手が一言も発しないため、なんとも言えない沈黙が広がる。
しばらくは粘ってみたものの、沈黙状態が10秒を超えたあたりから耐えることができず、もう一度口を開く。
「あのさ、私………昨日、失恋したんだけど…」
「………」
先ほどよりもさらに感情を込めて、身の内で膨れ上がる処理しきれないほどの悲しみをこの言葉に乗せた。
そんな私の強い思いが伝わったのか。
同じく地べたに座る相手が複数のクラッカーを器用に持つ方とは反対の手で、ポンポンと肩を叩く。
「話、聞くぞ」
あ、やばい。なんか泣きそう。
さっきまでのまるで無意味なクラッカーや沈黙とは打って変わり、相手から発せられる慰めはひどく優しげに聞こえる。
人は弱っている時に優しくされると涙をこらえられなくなるもので。ポロリと一滴、両目から透明な雫が零れ落ちた。
こんな無様な姿を見られたくなくて、腕に顔を埋めてぐっと涙を我慢する。
ポツリ、ポツリと、身の内に溜まる感情を吐き出す。
「この前、好きな人ができたって言ったじゃん……」
「ああ」
「私、本当に彼のことが大好きで…、少しでも振り向いてもらえるように必死に努力したの……。彼のことを考えて眠れない日だっていっぱいあった。私のことを好きになってもらえるように自分磨きもしたし、綺麗になるためにお酒も我慢した」
「ああ」
「……それでね、この前、……勇気を出して告白したの……」
ここまで言って言葉に詰まる。
この先は言いたくない。
自分の中ではしっかり理解しているつもりでも、それを言葉にしてしまうと、この事実を心の底から認めたということになってしまう。
もしかしたらという希望を、まだ、捨てたくはない。
私が辛く悲しい葛藤をしている間も優しい手はずっと頭を撫でてくれている。
何を発するでもなく、ただただ優しく、私の次に紡ぐ言葉を待ってくれている。それがさらに涙を助長させているのだろう。
「…っ…、…うぅ…」
この男の優しさを当たり前だと思っている自分が嫌だ。
この優しさに甘えている情けない自分に心底嫌気がさす。
それでも、辛い時に一番の味方になってくれるのがこの男であるということも事実なのだ。
「今は余計なことを考えなくていい。好きなだけ泣け。好きなだけ吐き出せ。そしたらスッキリするし、ちゃんと前にも進めるから」
私の心の内を知ってか知らずか、話の続きを後押しするような励まし。
涙で化粧もぐちゃぐちゃになった顔を上げると、必然的に目の前の男と視線が絡む。
その顔は相変わらずの無表情ではあったが、どことない優しさを含んでいるようにも見えた。
自分のことでここまで親身になってくれる存在がいるというのを知るだけで、身も心もスッと楽になる。
恥も外聞もこの男の前では関係ない。震える唇を必死に動かし、事実と真剣に向き合う。
「……私ね……告白、したんだけど……っ…ダメだったの……私には…魅力がないんだって。恋愛対象外って、言われちゃった。……私っ、もうどうしたらいいかわからなくて……!」
思わず目の前の男に泣き縋る。
こんな面倒くさい女はお断りなはずなのに、「よく頑張ったな」と優しく抱き締めてくれる。
本当は、ここまで弱さを見せるつもりはなかった。「フラれちゃった、あはは」くらいの軽いノリで終わらせるつもりだったんだ。
でも、どうしても、彼のことを思い出すだけで胸が張り裂けそうになって。
自分の失恋を笑い話にできるほど、私は強い女じゃなかったみたいだ。
こいつが胸を貸してくれるというのなら有り難く使わせてもらおう。
これで最後にするから。もう情けない姿なんて見せないから。最後にもう一度だけ甘えさせてほしい。
「……あんたみたいな男が相手だったら、もうちょっと楽だったのかもね…」
「ばーか。今からでも遅くねえよ」
えっ、と聞き返す前に身体にまわった力強い腕にぎゅっと力が込められた。
この行動の意味を問うのは、野暮ってものかな。
「───おい馬鹿ども、茶番劇は終わったかよ」
かなりいい感じの雰囲気だった空気を一刀両断するかの如く、心底呆れたとでも言いたげな声が耳に届く。
それと同時に外の光を遮断していた暗幕を勢いよく開けられた。
「あああああああ! 目がァ、目があああアァァァ!!!」
ちょうど太陽と向き合う位置にいた私は直射日光をモロに受け、某大佐ばりの勢いで目を抑えた。
私と抱き合う形で座っていた男もまた、太陽の被害からは逃れたものの急に明るくなったことで少なからず目をやられたようだ。
そんな私達のダメージになど目もくれず、今しがたやって来たやけにダンディなオジサマは、まるで未確認思考物体でも見るかのような冷めた目で見下ろしてくる。
「お前たちに言いたいことは山程ある。が、まずお前」
徐々に回復してきた目でオジサマを見たところ、お前というのは私を指していたらしい。
「お前は何なんだ。女優でも目指してんのか? ただの恋愛シミュレーションゲームの試験プレイで号泣してんじゃねえよ。まだ制作途中だろうが」
「ちょっとボス、ただのって何ですかただのって。恋愛ゲームは偉大で高貴なお方なんですよ」
「今すぐ救急車呼んでやるから精神科行ってこい」
「ひどっ!」
精神異常者の判を押した私をそのまま放置し、今度は未だに明るさに対応できないでいる男へと小言を投げる。
「テメエも少しは自重しろ。世の中の全てに絶望してますみてえな目ェしてるくせにノリが良すぎるんだよ巫山戯んな」
「……ボス、目が死んでるのはいつものことっす」
ガミガミと説教を垂れるダンディなオジサマ。
この人は私達の上司(というか社長)にあたる人間であり、親しみを込めてボスと呼ばせてもらっている。
以上の会話から分かる通り、私たちが今いる場所、ひいては勤めているのは一介のゲーム制作会社である。
ボスには茶番だなんだと一蹴されたが、先ほどまでのやり取りは私の身に起きた悲劇の一場面、なんてことではまったくなく、自分たちが手がけた恋愛シミュレーションゲームの試験プレイをしていただけ。
ただちょっと、熱が入り過ぎてしまったというだけで。
「ったく、お前ら二人とも目の下に隈はこさえるわ顔はやつれまくるわでひでー顔してる自覚はあんのかよ」
「「………」」
「一応訊くが、今日で何徹目だ?」
「「三徹」」
「ほんっとアホだな馬鹿どもが。ぶっ倒れる前にさっさと家に帰れ。一刻も早く寝ろ。いいな」
口ではこう言っているが、言外に心配だという旨が伝わってくる。
ボスは口は悪いけど本当は部下思いの優しいオジサマであることを私は知っている。なんだか胸がじんわりしてきた。
だからこそこれ以上この人に心配をかけるわけにはいかない。
この思いはもう一人の男も同じだったようで。
テキパキと散らかった部屋を片付け、秒速で帰り支度を済ませる。
「それじゃあお疲れ様でしたー」
「お先に失礼します」
「ああ」
三日ぶりの屋外。
ふらっふらの体を引きづりつつも帰路に着いたとある昼下がりのこと。
────
────────
「いやー、それにしてもヒロイン設定はやっぱミスったね」
「どんな選択肢選ぼうが行き着く先はアル中のカマ野郎。これじゃ男は振り向かねえな」
「でも攻略対象の男たちは傑作だったんじゃない? イケメン揃いで久々にテンションハイになりましたよええ」
「攻略に失敗した時の慰め要員を足すのも悪くないな。いろいろ試してみたけどどうだった?」
「クラッカーはないね。場を明るくするって案はいいけどクラッカーはマジでない。あんたを殴り飛ばそうかと本気で考えたくらいだし」
「実行に移さなかったことに感謝する。ま、あれは面白半分でやっただけだからそこまで期待はしてねえよ」
「それに比べてあれは良かったな。優しさを行動で表すやつ。頭ポンポンとか抱き締めるのとか。あのシチュエーションだからこその良さがあるよね。不覚にも正直ドキッとしたよ」
「よし採用。いっそのことこの脇道ルートを本命にするってのは?」
「はい採用。『哀れなヒロインに救いの神を』ってね」
「アル中だろうがカマ野郎だろうが幸せになれるゲームがあってもいいはずだ」
「いっそのことベーコンレタスにして生産性のない行為に走らせるってのもアリじゃない」
「アリだな。あとは…───」
永遠と仕事話に花を咲かせるこの二人。
両者とも『年齢=恋人いない歴』を掲げてはいるものの、自覚か無自覚か、実はかなりの美男美女だったりする。
ただ、脳内が完全に二次元へダイブしてしまっているがために、今までわんさか転がっていた出会いをことごとく回避してしまっていたというだけで。
そんな事実など本人たちはつゆ知らず。
とあるオジサマが「あの馬鹿ども、似た者同士互いにお似合いじゃねえか」なんて考えていたこともつゆ知らず。
たとえ甘い雰囲気になろうともそのすべてをゲームへ昇華させてしまうちょっぴり残念な二人の序章の序章の物語───。
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