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第一章
第二十三夜 . 要求
しおりを挟むふと、思った。
なぜ俺はこんなところにいるのだろうか、と。
なぜ逃げ場のないこんな場所で、忌み嫌う男と一対一で顔を突き合わせているのだろうか、と。
この経験は何も一度や二度じゃない。
『黒吉原』という楼主の鳥籠に入れられてからというもの、それこそ幾度となくこうして向かい合ってきた。
その大半は楼主からの呼び出しによるもので、拒否権のないこちらが嫌々応じるというのが常なのだが。
ごくたまに、こうして自分から出向くこともある。
その場合はほぼ確実に我が身が危ぶまれることとなるのだが、まるで馬鹿のひとつ覚えのように楼主の領域に自ら足を踏み入れる。
こちらとて何も行きたくて行っているわけではない。
できることなら借金を完済するまで会いたくもない。
けれども仕方がないのだ。
俺が自らの意思で会いに行かなくてはならない誘因を、楼主が好んで用意するのだから。
いつから企んでいるのかも知れないクソ楼主の画策を事前に潰すことなど俺にはできない。
それを容易にやらせるほど楼主も甘くない。
一枚も二枚も三枚も上手の楼主は忌々しいほどに頭が回る。
賢いというのはもちろんだが、それ以上に相手の思考や弱みを掴む観察眼と人を意のままに操る話術、それらを持て余すことなく活用できる力量と容姿。
混ぜるな危険要素をなんの躊躇もなくぶち込んでひとつに纏めたものが楼主という危険極まりない劇物だ。
完全に俺の主観ではあるが、本質は決して間違っていないはずだ。
つまり何が言いたいのかというと。
人間の皮を被った狡猾な悪魔を相手に、俺のようなただの人間ごときが太刀打ちできるはずがないのだ。
「……いい加減にしてほしいんだけど」
「クク、何がだよ」
心底うんざりだという俺の非難も、美しき悪魔は冷笑ひとつで受け流す。
こちらの言い分を聞くそぶりを見せながらもまっすぐ俺を見据える紅い双眸は、きっとすべてを見透かしている。
巧妙に張り巡らせた罠にかかった憐れな獲物をさてどうしてやろうかと舌なめずりをしながら追い詰めていく。
真性サディストにはさぞ有意義で楽しい時間だろう。
獲物側としては捕食者の享楽になる気も付き合う余裕もありはしないというのに。
「あんたはアソビのつもりなんだろうけど。冗談じゃない」
「なんだ。お気に召さなかったのか?」
「毎回毎回ああいうタイプを連れて来やがって。なんの嫌がらせだよ」
「相変わらず口の利き方がなってねえなァ」
「あんたに払う敬意もなければ使う敬語もねえよ」
「いいねェその反骨精神」
今日の楼主は戯れのようにしらを切る気はないらしい。
気分によってはとことん知らないふりを貫くこともあるのだが、今日のこの調子だと話自体はすんなり進みそうだ。
ただ、獲物をいたぶるのは楼主の趣味のようなもの。
言葉アソビに興を割かないぶん、今日は別方向に楼主の気分が振り切っているようだ。
経験上、どちらがマシかと訊かれれば、俺は全力で前者を選ぶ。できる限り言葉アソビのほうに興を乗せてほしい。それ以外の方向にはなるべく重きが置かれないように。
底知れぬ悪寒はじわりじわりと体を蝕んでいく。
「で? お前の望みはなんだ」
「椿を外して欲しい」
「俺が納得するだけの理由は?」
「あいつに側に居られると、いずれ俺の仕事にも影響が出る。あんたにとってもそれは不都合だろ」
「クク、そりゃァ困る」
「だから、とっととこんな世界から足を洗わせてやって欲しい。俺に染まりきる前に」
これ以上ここに椿を置いておくと、きっと近い将来、取り返しのつかないところまで俺に堕ちていく。
これは推測ではなく確定事項だ。これまでも俺につかされた若いのが、何人もそうなっていくのを見てきた。
客として俺にオちるのならば大歓迎だ。そういう人間ほど多くの金を落とし、身を粉にして貢いでくれるから。
だが、そういう人間に内側にいられるのが一番困るのだ。
椿はまだ若い。男同士の世界に足を踏み入れたのも最近のことだという。
今はまだ大丈夫かも知れないが、一度タガが外れてしまえば、きっと彼は自分の感情をコントロールすることができなくなる。
そんな人間に近くにいられては、俺が迷惑なのだ。
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