愛されすぎて、夜が足りない

ぴょす

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年下彼氏の部屋は、さすがにね

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必ず一緒に住もうという約束のあと。
交際は順調といえる日々が過ぎていった。
というより、順調すぎて拍子抜けするほど。

変わったことといえば、日常の中に、“恋人”であるという事実がじわじわと染み込んできたことくらい。
電車の中じゃ、無意識のうちに立ち位置が近づき、手の甲がふと触れたまま離れなくなったり。隣同士に座れば肩を寄せ合ってスマホを眺めたり。外を歩けば、マスクをした颯の手が何度も俺の腰に触れたりとか?

気づけば俺たちの距離は誰が見ても「付き合ってます」と言っているような甘さを醸していた。

「最近の颯なんか近くね?」

「ん?別によくないですか?付き合ってるんだし、隠してるわけでもないし」

「……まぁ…そうなんだけど」

颯の名前はこの数か月であちこちの媒体に載るようになった。人気化粧品ブランドとのタイアップが発表されたときは、SNSのトレンドにも名前が上がったほどで。

モデルとしての仕事が増え、颯は忙しい。

でもそれを理由に、俺との時間を削るようなことは一度もなかった。

「会えない方が耐えられないです」

って言うのが口癖で、そんな甘え方をしてくるのは決まって終電間際か、朝方のベッドの中。颯を前にしたら俺の大人としての理性は脆過ぎる。

でもこんなに頑張ってて、さらに俺との時間を大事にしてくれる彼氏を甘やかさないなんて、俺にはできない。




この日も、ほんの少しだけでも一緒にいたいから、と貴重な時間を颯が作ってくれた。

翌日の朝が早い颯を、大学帰りに俺が自宅まで送る。ただそれだけの短い時間。けれど、それがたまらなく嬉しかった。

そして、車の助手席のドアが開いた瞬間、俺の視界が一瞬で持っていかれた。




「……えっ…?」





目の前に立っていたのは、見慣れたはずの恋人、颯。だけど、その髪は艶のある黒に変わっていた。
湿気を含んだ風を受けて、少しだけ無造作に流れた前髪。ふわっと軽く巻かれたような動きのある毛先。
整った目元をさりげなく際立たせるそのスタイルは、どこか中性的でありながら、妙に色気があって、とにかくもう不意打ちだった。

「あー…………撮影で……黒にして、って、言われちゃいまして、やっぱり変ですかね」

なわけがない。
むしろまた恋をした。また好きになってしまった。もうとっくに好きが天井を突き破るほどなのに、俺はまた颯に恋に落ちてしまった。

きりっとした眉と、キレのある輪郭に、まるで水をはじくような透明感のある肌。どこを切り取ってもモデルの顔なのに、その笑顔だけは、いつもの颯だった。

「……え、いや、ちょ……かっこよすぎ……」

口をついて出た言葉は、本音以外のなにものでもなかった。それくらい、その姿は反則だった。颯は嬉しそうに小さく笑いながら、車に乗り込む。でも少し自信なさげなのが、ほんっとに可愛い……

「そっこー金髪に戻そうと思ってたんですけど」

「やだ。しばらくそのままがいい」

「えー」

って不服そうな顔も、可愛い……

「今までの僕が嫌だったってことですか?」

「違う!けど!黒髪……思ってた以上にやばいから…」

ラフな黒のセットアップに、涼しげなインナー、胸元には無造作にかかったネックレス…から見える鎖骨がどうしようもなく良い……

今日は健全にバイバイと思っていたのに。

助手席から漂うよく知る香水の匂い。黒髪になった颯を赤信号の度に盗み見る。

「ねえ侑成さん、さっきから見過ぎ」

信号待ちを期待して法定速度の俺の太ももに、ふと手が添えられてドキッとする。軽くウェットにした前髪が頬へ流れ、夕方の街灯が艶を浮かべる。黒髪効果で整った眉と切れ長の目がいっそう際立っていて、とにかく眼福が過ぎる。

「今日、親、仕事で帰り遅いんですよね」

俺はチラと横目で様子を窺ったが、あえてその話には乗らなかった。ステアリングに視線を戻し、いつも通りの声で応じる。

「……じゃあ、ちゃんと戸締まりして寝ろよ」

いつも通り、のつもりだった。けれど、颯の口元がふっと綻ぶのが見えた。その笑いには「分かってるくせに」という確信犯的な色が滲んでいた。

「そういうことじゃなくて」

「……」

「寂しいから言ってるのに」

信号が青に変わる。俺は無言のままアクセルを踏み、再び道路に滑り出した。

まいったな、と思う。

いつも颯のこういう甘え方に弱い。分かっててやってるくせに、何もかもが自然体に見えてしまうのだ。

車が颯のマンションの前に着くと、颯は降りる気配もなく、シートベルトを外しながら俺をじっと見つめてきた。

「……どうした?」

「侑成さんは?このまま帰るの?」

「まぁ、うん。お前以外の用事なんて基本ないし」

「知ってます」

言葉と同時に、颯がシートの上で少しだけ身を寄せてくる。声のトーンも目線も、完全に“おねだりモード”に切り替わっていた。 

「あーあ、家に1人でいるの嫌だなぁー」

「なんだよ、留守番が怖いのかー?」

「はい怖いです」

「ホラー映画、無表情で見てたくせに何言ってんだお前」

顔をしかめてみるけれど、颯はまだ引き下がらない。気付いてるよ、何が言いたいかなんて。それにこういう時、颯は回りくどいのが嫌いなのも知ってる。

「少しでいいから一緒にいてって、言ったら迷惑ですか?」

「……迷惑ではないけど」

「じゃあ、行こ?」

そう言って颯は先に車を降りる。扉の閉まる音が乾いた夜気に響いた。

まったく、甘やかし過ぎなんだよ、俺。

それでも結局俺は、後を追うように車を停めてエントランスへ向かった。……“おねだり”は、いつだって断れないらしい。




颯の後についてマンションの自動ドアをくぐった俺は、エントランスの時点で軽くたじろいだ。

ガラス張りの高い天井、季節ごとに変わるらしい生け込み、無駄に広い空間に響く上品なBGM。まるでホテルのロビーのような雰囲気に、俺はさりげなくスーツの袖を引き直した。

「……颯、本当にここ住んでんの?」

「え?住んでますけど?」

颯は慣れた足取りでエレベーターへと向かいながら、明るく笑った。

部屋に着いて、玄関が開いて、罪悪感が迫る。靴を綺麗に揃えて、それから俺は周囲をそっと見渡す。整った家具に、整頓された生活感。静まり返った部屋の奥には間接照明が灯っていて、空気がやけに落ち着いている。

「……オジャマシマス」

「どうぞー」

どんどん先に行く颯の後を俺は慌てて着いていく。いろんなものが気になるけれど、どれもこれも今は見て見ぬふり。

「たぶんあと3時間は親、帰ってきませんよ」

「たぶん、って……」

付き合って半年。まだ親御さんに挨拶すらしていない恋人が、こんな堂々と“家にあげられる”空気に慣れるわけがなかった。それに、もし万が一、今帰ってきて鉢合わせたりしたら何もかも、順番がぐちゃぐちゃになる気がして怖い。

「……いや、こういうの、順序ってあるだろ。まず親御さんに挨拶して、それから……」

「別に今日そういうつもりじゃないでしょ」

「え…まぁ、そうか…」

「親がいない間にヤろって話でしょ」

「……うん…?」

口ごもる俺を、颯は背中から覗き込むように覗いてくる。目が、完全にそれのモードで俺は牽制した。

「待て待て待て……」

「3時間"も"あるけど、えっちするなら3時間"しか"ないんですよ。早く僕の部屋行きましょう」

「っ……やっぱ!だめ!…………だと思う…」

颯は自分の部屋を開けて、ベッドに腰を下ろし、いたずらが成功した子どもみたいに満足げに笑う。

「ここまで来てヤらない選択肢、僕らにあるんですか?」

「あるよ……今日は…」

「侑成さんってめちゃくちゃ変態なのに、こういうところクソ真面目なのなんでなんすか?てか仮に親が帰ってきても付き合ってる人って言うから良いですよ。僕の事理解してるし」

その無邪気さに、胸はますますざわついた。この関係が、いつかちゃんと認めてもらえるものになるのか。それともただの、都合のいい“彼氏ごっこ”で終わってしまうのか。

心配になるたびに、颯のこういう笑顔を見て、全部がどうでもよくなる。
颯を前にしたら意思なんてあってないも同然だ。手招きされて足を踏み入れた颯の部屋は、やはり整っていた。

無駄なものが一切ないすっきりとした空間に、色彩もセンスよくまとめられている。壁際のシェルフには香水やアクセサリーが、まるでセレクトショップのディスプレイのように並べられていて、どれも一点ずつ、大切に扱われているのが伝わってくる。

でもその反対側のデスクには、開きかけの教科書や蛍光ペンでマーカーされたノート、レポートの束。

ちゃんと…大学生、なんだな。

俺はなぜかそのことに妙にほっとしながら、ジャケットのボタンをそっと緩めた。

モデルで、表舞台に立っていて、SNSでは何万人ものフォロワーを抱えていて。なのに、ここでは等身大の“颯”がちゃんと生活している。

「……侑成さんが僕の部屋にいるの、やばいです、なんか」

気づけば背中がベッドに沈み込んでいた。

「待っ…早い…」

言いかけた言葉が、ふっと途切れる。ベッドのシーツに染みついた、それは間違いなく颯の匂い。いつもどこかで感じてるある、あの甘くてすっきりとした香水の匂いが、すぐ鼻先をかすめた。

「~~~~っ…なんか…緊張すんだけど…」

「でしょ、だってここで僕ひとりでえっちする事もあるんですよ、侑成さんとのハメ撮り見ながら」

「っ……」

香りに、空気に、温もりに。そして何より、この目を見てしまえば、何もかもがどうでもよくなる。しかも黒髪になった颯はどうにも俺の心を惑わせてくる。

「今日は、あんまり激しくしないように気を付けます、意識飛んじゃったら大変ですもんね」

その笑顔が目に焼き付いた次の瞬間、世界はふわりと揺れる。




ベッドに沈んだ体温の境界が曖昧になっていく。
肌の上を這う指先は、どこか迷うようでいて、寸分のためらいもなく、まるで触れるたび、今この瞬間に恋をしているような動きをする。

「……っ、颯……」

声を漏らしてしまえば、途端にその指はそこに集中するように丁寧になって、俺は奥歯を噛むしかなかった。

ぐいぐいと引っ張られたり、貪るように口づけられることに慣れていたからこそ、今夜の颯はなんだか艶やかだ。

やけに静かで、やけにねっとりしていて、愛おしい。

黒髪にしたせいで、視線の力がまるで違って見えた。柔らかい前髪の隙間からのぞく黒い瞳が、ぐっと見下ろしてくるたび、俺はどうしようもなく、自分が丸裸になっていくような気がしてくる。

視線が絡み合う。触れられているわけじゃないのに、そこだけが熱を持つ。

そのままキスが落とされて、とろけるような、音を立てるキスが、首すじに、胸元に、脇腹に。

まるで肌の地図をなぞるように、ゆっくり、ゆっくり。

「……恥ずいって…なんか丁寧すぎて…」

言葉にはできない。でも、これがたまらないほど気持ちいいってことくらい、もうきっと颯には全部伝わってる。

「今日の颯……本当にやばい…」

絞り出すような声に、颯が小さく笑った。

「……黒髪だから?」

「それもある…」

返したつもりの言葉はほとんど囁きに近くて、聞こえたかどうかも分からない。颯は、終始おだやかで、優しくて、けれど、俺のすべてを奪ってしまいそうなくらい、ずるい男だった。






今夜の颯は、なんだかおかしい。

自分から押し倒してきたくせに、肌がふれあうたび、息が漏れるたびに、なんとなく照れているような素振りを見せる。視線を合わせると、どこか気まずそうに目を逸らして、それでいてすぐに求めてくる。その繰り返しが、俺の理性をじりじりと焼いていく。

汗ばんだ颯の身体は、見慣れているはずなのに、何度見ても目を奪われる。

ほどよく鍛えられた腹筋のラインも、肩から背中にかけての引き締まったシルエットも、どこをとっても、完成されている。

しかも、今夜はその美しい身体が、わずかに震えながら自分に触れてきて、耳元でかすかな吐息を漏らすのだ。

「……好きって……言ってください……」

聞き返す間も与えないタイミングで、耳元に囁かれたその声。甘えるようで、でもどこか切実で、俺の心臓は一瞬で跳ね上がった。

「最近、会う時間…少ないから不安なんです……」

そう言って見上げてきた顔は、いつもよりもわずかに頬が紅く、眉尻は困ったように下がっている。いつもは余裕綽々で、どこか小悪魔的な色気をまとっているくせに。

「……っ、好きだよ……颯」

俺は、汗ばんだ額にそっと指をあて、見上げるその瞳を見つめ返す。視界に揺れる黒髪が、柔らかくて綺麗だ。その香りが鼻をかすめるたびに、身体の奥が熱を帯びてくる。

「好きだよ……会う時間、足りないなら俺もっと会いに行くよ…今日みたいに迎えに行くだけでも、いい…俺も会いたいから…」

思わず必死になる俺に、颯は小さく笑った。でもその笑みも、どこか蕩けていて、きっとこっちと同じくらい、いろんなものが限界なんだと思った。

「迎えに来てもらうの嬉しかった、です……でも、"だけ"じゃないよね、きっといつも」

口に出して言ったあとで、自分でも照れたのか、颯は鼻先をすり寄せて誤魔化すような仕草をした。その姿に、俺の心が一気に溶けていく。

「……可愛すぎて死ぬ」

これはもう、勝てっこない。いつもは翻弄されないように自分なりにコントロールしてきたつもりだったのに、今夜ばかりは完敗だ。

繋がっているのに、触れているのに、もっと奥まで欲しくてたまらない。気持ちも、身体も、全部ぜんぶ颯に溶かされていく。

「……っ、侑成さん、もう……、」

潤んだ声が、喉の奥から漏れた。それだけで、俺の中に走る熱が一気に高まって、心臓の鼓動が跳ねる。

珍しく…颯のほうが先に限界か?

見れば、目の前の颯は汗を滲ませた額を寄せて、息も絶え絶えだった。眉を下げて、必死に何かを耐えているような表情。けれどその唇は、止まらずに言葉を紡ぎ続けている。

「……侑成さんのナカが、気持ちよすぎて……、好き、ほんとに……すき……っ」

囁くような甘い言葉が、耳元にじわりと染み込んでくる。そのたびに身体が痺れるように反応して、もうどこが自分で、どこからが颯なのか、分からなくなりそうだった。

「ん…颯のカタチ…これよく分かるっ…気持ち良いっ……」

呼びかけると、颯の腰が奥でゆっくりと揺れる。まるでその一言すらも快感に変えてしまうかのように、微かな喘ぎが洩れる。

こんな声、出すんだ……

颯が自分の前で、息を呑んだり、潤んだ目で見つめ返してきたり、甘えた声を出したりするたびに、俺の心はどんどん奪われていった。

「……僕、もう……ダメかも……」

膝が震えるほどの熱が身体の奥を這って、もう踏ん張る力さえなくなっているのが分かる。

「……じゃあ、一緒に、」

そう言った途端、颯が小さく震えた。目が合って、そのまま頷きあって、次の瞬間互いに触れ合った熱が、波のように重なって溢れた。

「っ、侑成さん……っ、すき……」

聞こえたのは、微かな吐息と、震えるような声。どこまでも柔らかくて、どこまでも甘くて、今夜の颯は、本当に、優しかった。

いつもは余裕のある顔をしていたはずなのに。今だけは、どうしようもないほど溺れてる顔で、自分を見てくれている。それはそれでたまらなく幸せだ。





「……はぁ……」

小さく漏れたため息とともに、颯がベッドの中で項垂れる。乱れた髪が額に張りついていて、さっきまでの色っぽさはどこへやら。

今はただ、全身から“しょんぼり”が滲み出ていた。俺は隣でその姿を見つめ、そっと肩に顎を乗せる。

「……なんか…今日の颯、可愛かった」

「やめてください、慰めいらないです……」

モゾモゾとシーツに顔を埋める颯。その耳までほんのり赤い。

「だって、いつもよりなんか丁寧で……優しくて……ああいうのも、好きだよ俺は」

「いや、違うんですよ。ほんとは……ほんとはもっと、こう……がっつり……!ってやるつもりだったんです……」

言い訳のようにブツブツ呟く颯。だけどそれを聞いて、俺はくすっと笑った。

「……もしかして、今日ちょっと早かったの気にしてんの?」

「う……気にしてないです……いや、気にしてるけど……それ言わないでください……」

俯いたままの颯の背中を、俺は優しく撫でた。そしてそっとその肩に額を寄せる。

「俺は、今日の颯の感じも好きだよ」

「……侑成さん、優しすぎて余計にへこみます……」

「別にこれ優しさで言ってるわけじゃないから。でも、次はたっぷり挽回してもらう」

からかうように囁くと、颯がシーツの下から顔だけ覗かせて「ほんとに、しますからね?」と睨んできた。

だけどその目は全然怖くなくて、むしろ情けないような、照れくさいような、やっぱりどこか満ち足りたような光を湛えていて。

そんな颯が、今夜はとびきり愛おしかった。
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