復讐という料理は、冷えた時の方がおいしいのよ!

しゃもん

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66.シルビア様の秘密

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「ここか?」

「ええ、そうみたいね。でも、本当にいいの?」

「君がいれば、ほかは、なんでもいいさ。それに、君と子育て出来るなんて、最高だよ。」

「そんなこと言われたら、また惚れ直しちゃうんだけど。」
 銀色の髪をした女性が、傍らの男性に手を伸ばした。

「ゴホッ、ウッホン。」

「なんだ、セバス。風邪か?」

「日が暮れないうちに、行きたいのですが?」

「全く、こういう時は、主人を思って、もう少し遠慮しろ。」

「ごめんなさい。すぐに、行きましょ。」
 シルビアは少し赤くなって、慌てて、先に歩き出した。

 三人は、この辺り一帯を治める領主の屋敷に向かっていた。

 ここは、あの戦火を免れた、数少ない旧マイルド国の領地だ。

 三人は、一花たちから知らされた、シルビアの息子であるクルックと、この地に嫁いだ伯爵夫人が生んだ子供を、迎えに来たのだ。

「でも、いいんですか。あなた方、二人の子供にすると、王位継承問題とかに、巻き込まれたりとかしませんか?」

「あら、それは大丈夫よ。だって、私はもう貴族じゃないんだから。」
 シルビアは、あっけらかんと言った。

「俺だって、もう、王じゃないし、俺の息子には、ちゃんとした跡継ぎがいるんだから、何も問題など起こらんさ。」

 二人は、見つめ合って笑っているが、セバスは胃が痛くなってきた。

 この二人は本当に、現実を知らなさすぎる。

 今回の戦争で”中の国”と戦った二人は、いまや吟遊詩人が歌にするほどの”英雄であり、時の人”なのに、本人たちには、その自覚が、まったくなかった。

 はぁー、胃が痛い。

 でも、まっ、いいか。

 確かに、アレン様の血は引いていないが、シルビア様の孫なのは、変わらないんだし。

 セバスは、自分を無理やり納得させると、暗くなる前に着くべく、足を速めた。

 しばらく、歩くと、堅牢な屋敷が見えてきた。

 三人は、そのまま、その屋敷に向かった。

 一応、あまり目立たないようにと、馬はすぐ近くの森につないできた。

 屋敷の前で、セバスが呼び鈴を鳴らすと、若い下令が現れ、彼らを屋敷の主がいる執務室に案内した。

「御主人様、シルビア様が到着されました。」

「こっちに通してくれ。それとこちらから呼ぶまでは、誰も、ここには、通すな。」
 部屋の主は、書類を机に置くと、執務室に通された彼らを、自ら部屋にある応接セットの上座に案内すると、その場に膝を着いて、頭を下げた。

「ようこそ、お出で下さいました、シルビア様。」

「ありがとう。もう、顔を上げて、あなたも座りなさい。」
 シルビアは、進められた椅子に座ると、彼女の背後には、そのままアレンが、その横には、セバスが控えた。
 そんな状態で、彼女は頭を下げている男に、目の前にある椅子を指した。

「ありがとうございます。」
 頭をあげた男は、そのまま座らずに、立ち上がって、後ろにある執務机から、書類を手に取ると、それをシルビアに差し出した。

 彼女が渡された書類を一読する。

 そこには、これから、彼女が引き取る子供との正式な養子縁組の件が書かれていた。

 男は、書類を差し出しながらも、じっと彼女を見つめた。

 そして、徐に声をかけた。
「本当によろしいのですか?彼は・・・。」

 彼は、私の息子を凌辱した彼の母親が生んだ子だと、そう言いたいのだろう。

 確かに、そうだ。

 でも、彼女にとっては、血のつながった孫なのだ。

 それに生まれた子供が、悪いわけではない。

「あなたに質問するわ。あなたの両親を斬り殺した私に、復讐したいとは、思わないの?」

 ミシャルは、目を瞠ると、首を横に振った。
「いえ、微塵も思っていません。おかげで、あの混乱の中、私が治める領地にいる領民は、無事に生き延びられましたから。それに・・。」

「それに?」

「いえ、なんでもありません。」
 彼は、言いかけて止めた。

 ふと、あの時の両親の姿が蘇った。

 あのまま、あの両親が生きていても、いいことは、なかっただろう。

 あの時、自分で凌辱したルビアーヌ様が死んだ時、あの男の心も、死んだのだろう。

 彼の母親も、父と同じように、恋焦がれたクルック侯爵を無理やり薬で犯して、身籠り、その人の子供を生んだ。

 それなのに、彼の子供を、自分が犯した女が生んだと言って、父はその名を呼び、母は狂ったように、その夫を罵倒した。

 もうすでに、彼の両親は、狂っていた。

 この伯爵家に関係するものは、ある意味、恋に焦がれて、狂い死ぬ呪いに、犯されているのかもしれない。


 シルビアは、物思いにふけっている男を見ながら、少し溜息を吐いた。

 あの時、あの王子ではなく、この男を婚約者にした方が、よかったのかしら。

 あら、でも、それは、やっぱり、ダメだったわね。

 彼は、義娘を凌辱した伯爵の一人息子だったんだから。

 きっと、息子が許さなかったわ。

 でも、あの混乱の中で見せた、彼の領主としての采配は、見事だった。

 お陰で彼の領地の領民は、あの時も、今も、この地で生き延びている。

 願わくば、今度、引き取る彼女の孫が、この領地を統治する一族の資質を受けついでいるように、少し願った。

 三人はそれから、その書類について、詳細を詰めた後、シルビアは、銀色の髪をした男の子を引き取って、帰った。


「ミシェル様、良かったのですか?」
 シヨウは、お茶を執務室で書類作業をしている主人の前に置いて、ポツリと尋ねた。

「ここにいれば、いずれ出自が暴かれ、下手を打てば、この伯爵家が潰される。そうなる前に、シルビア様に預けたほうが、彼の為にもなるし、この領地の為にもなる。」

「そうですね。」
 シヨウは、また書類に目を戻した主人に、また何かを言おうとして、口を噤んだ。

 あの子どもの面影が、主人が恋をしていた女性に似ていたせいか、かなり可愛がっていたことを、密かに知っていたが、今、それをいったからと言って、何か変わるわけではない。

 二人は、何も言わずに、机に積み上がっている書類に目を戻した。

 この領地は、その領主が死ぬまで治め、その間も、この地で暮らす領民は、そこそこの暮らしをしていった。

 彼はなぜか生涯、独身を貫き、結婚はしなかった。

 そのため、伯爵家は、跡継ぎがいなくなって断絶し、シルビアの養子になった銀色の髪をした人物が、ストロング国から、領主代行として任命され、領主が不在になったその地も、彼が統治することになった。
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