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四章 「五光年先の遊園地」
その七
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中から水音がするのを確かめてから、ドアノブにそっと手を添え、魚々乃女は、必要最小限の力でドアを開けた。
「――――入りますわよ?」
応じるように、背後の二人がごくりと唾を呑む。
扉を開ききると、案の定、脱衣所にカズマの姿はなかった。代わりに、左奥のすりガラスの扉の向こうに明かりが灯っている。ほっと息を漏らし、魚々乃女は少し疲れたような顔で振り返った。
「それでは、一度外に出て、回り込んで窓から――――あら?」
が、すでにそこに、二人の姿はなかった。
「おぉー」
「これは、これはっ!」
嫌な予感がして、正面に向き直ると、トモカと古都が、すりガラスの扉の前で何やら騒いでいる。足元には綺麗に折りたたまれたカズマの衣服があった。
魚々乃女が口元を引きつらせつつ覗き込むと、トモカの手には、チェックのトランクスが握られていた。
「……アイツ、トランクス派か」
「てっきりボクサーブリーフだと思ってました」
「ソレな」
これ以上ないくらい真剣な面持ちで話し合う二人。あろうことかそこには、謎の緊張感さえ流れ出している。
「…………何をしているんですの?」
びくりと肩を振るわせた二人だったが、すぐに声の主が魚々乃女であることに気づき、向き直った。
「見てください。これ、カズマ様の下着です」
息を荒げる古都の瞳には、危ない光が宿っていた。
しばらく言葉を失っていた魚々乃女だったが、このままではマズイとすぐに我に返った。
「気づかれるに戻しておいてくださいましっ!」
「えー」
不満げなトモカからトランクスを奪い取ると、魚々乃女は丁寧に折りたたんでから足元の衣服の隙間に挟み込んだ。
「あら? これは……」
その時、一番上に置かれた金のペンダントが目にとまる。手に取ると、ぶらさがるハート型のアクセサリはずっしりと重く、わずかに黒ずんでいた。裏返すと、丸みを帯びた表面からそちらが表らしいことがわかった。中心についた大きな鍵穴を覗き込むと、くすんだ宝石が見えた気がした。
「ン、どったの?」
「いえ、少し気になりまして……」
「あら? カズマ様、アクセサリーなんてつけてましたっけ?」
「さぁ……そういや初めてみたかも」
「――――何してんですか」
「「「――――きゃあぁあぁぁーーーーーーーーーーっっ!!」」」
突然顔を出したカズマの裸を目撃し、脱衣所は黄色い声に包まれた。
「かっ、かかかかカズマっ、カズマ、いや、その、ごっ、ご無沙汰(ぶさた)してます!」
腰にバスタオルを巻いているとはいえ、ほとんど全裸に近いカズマに目を回すトモカ。軽いパニック状態だ。
「カズマ様、そんなっ、大胆(だいたん)……」
隣の古都は、カズマの体を無遠慮に見つめ、赤らめた頬に手を当ててうっとりとしている。
「……」
真正面の魚々乃女は、冷凍されたマグロの如(ごと)く、凍りついたまま身じろぎもしない。
「……」
三者三様の反応を受け、返す言葉が見つからないカズマ。しかし、魚々乃女の手に握られた金のペンダントに気がつくと、慌てた様子で奪い取った。
「もう、勝手に触らないで下さいよ」
口調とは裏腹に、その手つきはかなり乱暴なものだった。
「……ご、ごめんなさい」
カズマの逆鱗に触れたらしいと察した魚々乃女は、素直に謝ってから、恐る恐る、と言った風に尋ねた。
「……それは、そんなに大切なものなんですの?」
「――――これは、形見というか、なんというか。まぁ、お守りみたいなものです」
『――――こんな〝力〟なんか、いらないっ!!』
手に取ると、あの日の記憶が脳裏を過ぎり、カズマは、振り切るようにすりガラスの扉を閉めた。
「――――入りますわよ?」
応じるように、背後の二人がごくりと唾を呑む。
扉を開ききると、案の定、脱衣所にカズマの姿はなかった。代わりに、左奥のすりガラスの扉の向こうに明かりが灯っている。ほっと息を漏らし、魚々乃女は少し疲れたような顔で振り返った。
「それでは、一度外に出て、回り込んで窓から――――あら?」
が、すでにそこに、二人の姿はなかった。
「おぉー」
「これは、これはっ!」
嫌な予感がして、正面に向き直ると、トモカと古都が、すりガラスの扉の前で何やら騒いでいる。足元には綺麗に折りたたまれたカズマの衣服があった。
魚々乃女が口元を引きつらせつつ覗き込むと、トモカの手には、チェックのトランクスが握られていた。
「……アイツ、トランクス派か」
「てっきりボクサーブリーフだと思ってました」
「ソレな」
これ以上ないくらい真剣な面持ちで話し合う二人。あろうことかそこには、謎の緊張感さえ流れ出している。
「…………何をしているんですの?」
びくりと肩を振るわせた二人だったが、すぐに声の主が魚々乃女であることに気づき、向き直った。
「見てください。これ、カズマ様の下着です」
息を荒げる古都の瞳には、危ない光が宿っていた。
しばらく言葉を失っていた魚々乃女だったが、このままではマズイとすぐに我に返った。
「気づかれるに戻しておいてくださいましっ!」
「えー」
不満げなトモカからトランクスを奪い取ると、魚々乃女は丁寧に折りたたんでから足元の衣服の隙間に挟み込んだ。
「あら? これは……」
その時、一番上に置かれた金のペンダントが目にとまる。手に取ると、ぶらさがるハート型のアクセサリはずっしりと重く、わずかに黒ずんでいた。裏返すと、丸みを帯びた表面からそちらが表らしいことがわかった。中心についた大きな鍵穴を覗き込むと、くすんだ宝石が見えた気がした。
「ン、どったの?」
「いえ、少し気になりまして……」
「あら? カズマ様、アクセサリーなんてつけてましたっけ?」
「さぁ……そういや初めてみたかも」
「――――何してんですか」
「「「――――きゃあぁあぁぁーーーーーーーーーーっっ!!」」」
突然顔を出したカズマの裸を目撃し、脱衣所は黄色い声に包まれた。
「かっ、かかかかカズマっ、カズマ、いや、その、ごっ、ご無沙汰(ぶさた)してます!」
腰にバスタオルを巻いているとはいえ、ほとんど全裸に近いカズマに目を回すトモカ。軽いパニック状態だ。
「カズマ様、そんなっ、大胆(だいたん)……」
隣の古都は、カズマの体を無遠慮に見つめ、赤らめた頬に手を当ててうっとりとしている。
「……」
真正面の魚々乃女は、冷凍されたマグロの如(ごと)く、凍りついたまま身じろぎもしない。
「……」
三者三様の反応を受け、返す言葉が見つからないカズマ。しかし、魚々乃女の手に握られた金のペンダントに気がつくと、慌てた様子で奪い取った。
「もう、勝手に触らないで下さいよ」
口調とは裏腹に、その手つきはかなり乱暴なものだった。
「……ご、ごめんなさい」
カズマの逆鱗に触れたらしいと察した魚々乃女は、素直に謝ってから、恐る恐る、と言った風に尋ねた。
「……それは、そんなに大切なものなんですの?」
「――――これは、形見というか、なんというか。まぁ、お守りみたいなものです」
『――――こんな〝力〟なんか、いらないっ!!』
手に取ると、あの日の記憶が脳裏を過ぎり、カズマは、振り切るようにすりガラスの扉を閉めた。
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