パラレヌ・ワールド

羽川明

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五章 「失われた色彩」

その二

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 やむことを知らないどしゃぶりが、飛ばされてきた空き缶やビニール袋の類を道路上から川のように洗い流していく。二車線の道路を隔(へだ)てるヤシの木は、風にあおられて根元から曲がり、今にもポッキリ折れてしまいそうだ。
「……遊園地は、無理そうですね」
 ガタガタ音を立てる自動ドアのガラス越しに外を眺めながら、僕は自販機の横のベンチでうなだれる魚々乃女さんを見た。
「てゆうか、門閉まってて入れないじゃん。来る前からわかってたケド」
 トモカさんの言葉は、魚々乃女さんの胸に深く突き刺さったようだった。……今はそっとしておこう。
「でもまぁ、無駄足にならなくて良かったじゃないですか。どのみち、ここへは来る予定だったんですし」
「ソウだけど……おなかすいた」
 トモカさんはまだ不満げだ。遊園地の屋台によほど期待していたらしい。
「奥に売店くらいはあったと思いますよ?」
「ホウ、ならば良し!」
 親指を立てるトモカさん。それだけで気分が良くなったらしく、子供のようにはしゃぎながら一人で駆けて行った。対して魚々乃女さんは、未だ背中を丸めてうつむいている。
「ほら、魚々乃女さん、せっかく来たんですから、見学していきましょうよ。どうせ宿題なんですし」
「……えぇ、そうですわね」
 弱々しく顔を上げた魚々乃女さんは、酸欠の魚のようにげっそりしている。それでもなんとか立ち上がり、ふらふらとした足取りで歩き出す。
 入場者をカウントしているらしい改札口に似たゲートを通ると、係員のお姉さんがパンフレットをくれた。
「太陽系戦争資料館…… 三つ子山のすぐ近くなんですね」
「そうですわね。……はぁ」

 四日間にわたるテストと金曜の通常授業を終えた三連休二日目の日曜日。予報通りの大荒れで、暴風警報と大雨洪水警報、さらには竜巻注意報まで発令される中、僕ら三人は遊園地に現地集合した。そして、案の定やっていなかったので、今はとなりの資料館に避難しているというわけだ。
 ちなみに、『木犀花』の二人は三つ子山の花畑の見張りでそれどころではないらしく、朝の段階で来ないことが決まっていた。古都さんもその手伝いに駆り出されている。なんでも、古都さんの〝星の力〟が必要なのだという。

「古都さんの〝星の力〟って、〝冥王の審判〟ですよね? あの、未来を予測する――――」
「えぇ。ですが、私(わたくし)の〝魚人化〟だって、ただ魚人になるだけではありませんわ。水を操れますし、怪力でそれを打ち出したり、水面の上を歩くこともできます。冥王(みお)さんの未来予知も、〝力〟の一部にすぎないのでしょう……」
 口は饒舌でも、顔つきはまだ憂鬱(ゆううつ)そうだ。貧血かなにかのように顔をしかめている。
「そんなもんなんですか」
「そうですわ、恐らく。はぁ……」
 それにしても、二十秒おきにため息をつくの、やめていただきたい。だんだん、聞いているこっちまで気が重くなってきた。
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