パラレヌ・ワールド

羽川明

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五章 「失われた色彩」

「Ⅴ」

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 吹きすさぶ嵐の中、全身に打ちつける恵みの雨を受けながら、男は、三つ子山へと向かっていた。しかし、目もくれずに通り過ぎた遊園地の先の建物で、男は足を止めた。
 入口の門に刻まれた文字に、異星の言語に混じって、紛れもない母星の言語を見たからだ。

『太陽系戦争資料館』

 そこには、そう刻まれていた。男は導かれるように建物の中へ足を踏み入れると、促されるままゲートを通り、リノリウムの通路に躍(おど)り出た。床に伸びる赤い矢印には目もくれず、引き寄せられるように右へ曲がると、その先に、待ち受けるように一人の女性がいた。
 こちらに気づき振り向いたその瞳は、暗い銀色の光沢を帯びている。しかし、短く切りそろえられた黒髪だけは、疑いようもない。目鼻立ちを、髪を、容姿を見て、男は、ほんのわずかな期待を胸に、重い唇を開いた。
『――――お前は、地球人、なのか……?』
 その言葉に、女性は震える瞳を皿のように見開き、絶句した。
 いや、正確には、その言葉に、ではない。男の用いた、一切の淀(よど)みの無い言語に、だ。
 女性は、音が立つのも構わず立ち上がると、男の背中越しに無人の案内所を一瞥(いちべつ)し、血相を変えて駆け出した。
 カウンターの端の固定電話に飛びつくと、何度も間違えながらダイヤルを打ちこみ、やっととの思いでどこかへつなぐ。
「――――地球(ちたま)です!! 今すぐっ、今すぐ来てくださいっ!!」
 異星の金切り声を聞き、気を落とすとともに警戒が広がる。
 すぐにでもここを離れるべきだろう。
 しかし、元来た方へ向き直ろうとする最中(さなか)、男は、信じがたいものを目にした。

           *

「え?」
 地球(ちたま)綾乃(あやの)が受話器を置き、再び振り返った時、既(すで)に男の姿はなかった。
 人気が失せた館内は、外が嵐だとは思えないほど不気味な静寂に包まれている。
 しかし、地球の脳裏には、今もあの男の異様な風貌と、その口から発せられた言葉が焼きついている。
「……地球人、なのか?」
 うわ言のように呟き、地球(ちたま)は自分のパイプ椅子の前まで戻った。床は、一時間ほど前に来た四人の来館者たちの足跡で湿っている。その中に、五人目の足跡を見とめることは不可能に等しかった。
 あきらめかけた時、地球は、すぐそばのガラスケースが、水滴で濡れていることに気づいた。よほどずぶ濡れだったのか、垂れた水滴が集まり、そこかしこに小さな水たまりができていた。ケースの中には、特別不戦条約の巻物がある。
「っ!?」
 拭き取ろうとしたその時、地球は、持っていた布を取り落とした。

 ――――そこには、無数の水たまりを跨(また)ぐようにして、一つの、大きな手形があった。
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