パラレヌ・ワールド

羽川明

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三章 「双子の月」

その一

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 昨日のどしょっぱつの歴史は悲惨だったけど、本日四時間目の道徳の授業は、テストがないということもあってか、それを上回る勢いだった。後ろの方に位置する僕の席からは、熟睡するクラスメイトの背中が一望できた。なにせ、最近の道徳は歴史の授業と内容が丸かぶりなのだ。
「――――今から二世紀ほど前。誰一人として〝星の力〟を使うことができなかった地球人は太陽系戦争でも常に劣勢でした。そして、ついに同盟関係にあった月星人が降伏し、太陽系戦争が終結するかに思われたその時、あの、世紀の大虐殺事件が起きました」
 この話を聞かされるのは、もう今日で何度目だろう。わざわざ習わなくたって、誰もが常識として知っている。太陽系戦争が終結した八月十五日になると、二時間スペシャルの特番で毎年のように流れるくらいだ。
「きっかけは、平和的な和解を求め地球に来訪した冥王星の王妃(おうひ)アヌイ十二世の暗殺でした。最悪なことに、首謀者は排他的な地球人組織『オウン・アース』だったのです。これを聞きつけると、怒りで我を忘れた冥王星の王子テルタニャは、自らの〝星の力〟を、地球人を殺すために行使しました。結果、王子テルタニャは〝星の力〟を失い、次期帝王の座を剥奪されて、冥王星を追放されてしまいました」
 そこまで言うと、道徳の先生は光沢を帯びた紫の長髪をなびかせ、深々と息を吸い込んだ。美人で有名な先生の胸が大きく膨らみ、クラス中の男子の目が泳ぐ。
 よくよく見ると、起きているのはほとんどが男子だ。みんな目的は同じらしい。
「――――この事件によって戦力を失った地球は太陽系戦争に敗北して植民地となり、戦争はついに終結しました。地球は今、もはや誰のものでもありません。宇宙に散らばる小惑星と同じ扱いになっています。そして、今では大勢の移民を受け入れ、太陽系の重要な交流拠点となっているわけです」

           *

「――――先生!」
 チャイムが鳴るとともにゆったりとした足取りで教室を出て行こうとする道徳の先生。僕は立ち上がって駆け出し、寸前でなんとか呼び止めた。
 足を止めて振り返った先生が、僕の顔を見て目を丸くした。
「あら? カズマくん。珍しいわね、どうしたの?」
「あの、見て欲しいものがあるんですけど……」
「どれ?」
 前かがみになり、濃い紫の頭をずいと突き出してくる。自然と胸が強調される形になり、たまらず息を呑んだ。
「このUFO、どこの星のものだか分かりますか?」
 はやる鼓動を押さえながら、僕は先生に例のUFOの写真を見せる。
「うーん。ごめんなさいね、さすがにどこの星のものかまではわからないんだけど、これは確か、UFOじゃなくて、ロケットって言う宇宙艇(うちゅうてい)だったはずよ?」
「宇宙艇(うちゅうてい)? 戦闘用ってことですか?」
「そう。ほら、ちょうど今日教えた太陽系戦争でも、こういう宇宙艇が使われていたそうよ。普通のUFOよりもすっごく速いんだけど、操縦が難しくてね。だからうまく無人機(ドローン)にできなくて、滅多に使われなかったそうなんだけど――――」
「は、はぁ……」
 何か、押してはいけないスイッチに触れてしまったらしい。道徳の先生は、子供のように目を輝かせてどんどん饒舌(じょうぜつ)になる。……これは、長くなりそうだ。
「そういえば、知ってる? 無人機(ドローン)の中には、敵機を探して今でも宇宙をさまよってるものがあるんだって。無人機(ドローン)が無人機(ドローン)と追いかけっこしてるのよ? それってなんだか、とってもロマンチックだと思わない? はぁ、素敵だわ」
 ちなみに道徳の先生は、感性がずれた変人としても有名だったりする。

「カズマ様、お母さんと何を話しこんでいたんですか?」
「あぁ、古都さん。このUFOのことを聞いてたんですよ。――――って、あの人古都さんのお母さんなんですか!?」
「あら、言ってませんでした? それにしても変わった形のUFOですね。……はぁ、素敵!」
 写真を見るや顔を赤らめうっとりとする古都さん。……親子だ。
「ちょいちょい、カズマカズマ!」
 教室の入口からひょっこり顔を出したトモカさんは、今日も藍色の髪をお団子にしてまとめていた。
「あぁ、トモカさん。どうしたんですか?」
「おなかすいた。食おうぜ!」
 意気揚々と突き出した右手には、ピンク色のきんちゃく袋が握られていた。
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