昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
3 / 392
1[リア]

使命 §2

しおりを挟む
「リア様は天啓を受けておられないうえ、事件に巻き込まれたのです。ましてや先代のような方でもありません。こちらはおわびをしてお願いをする立場です。言葉を選ばねばなりません」
 くまんつ団長は、わたしの代わりにガツンと言ってくださった。
 うれしかった反面、少しハラハラしていた。国家元首にこんなことを言って、彼の立場が危うくなったりしないだろうか。しかし、それは杞憂だった。
 陛下は顔をしかめると「すまない、リア殿」と言った。「どうも前の神薙と話すときのクセが抜けない」
「は、はあ……」
 どうやら神薙さんとイケオジ陛下は仲が悪かったようだ。
 くまんつ団長は少しホッとしたような表情を浮かべた。

「茶でも飲んで、少し落ち着こう」
 部下が戻るのを待たずに、陛下のプライベート用のサロンへと移動することになった。
 移動の際、くまんつ団長にお礼を言うと、彼は穏やかに微笑んだ。

 ☟

 陛下のサロンは、王の権威と富を感じさせる部屋だった。
 ゴージャスなシャンデリアが煌めき、天井には精緻な金の装飾。床にはフカフカで大きな高級絨毯が敷かれ、豪華なソファや肘掛け椅子が置かれている。壁には巨大な絵画が金の額縁に入って飾られていた。
 そんな部屋で陛下と向かい合わせに座った。座り心地の良いソファだ。
 すぐに温かい紅茶とお菓子が出てきて、部屋に良い香りが漂う。
 くまんつ団長は陛下の斜め後ろに立っていた。

「リア殿、この国にはどうしても神薙が必要だ。神薙なしには国が成り立たない。国どころか大陸すら成り立たないのだ」
 陛下は深刻な顔をしている。
 彼らは召喚という名の拉致行為をやめるわけにはいかず、数十年に一度のサイクルで繰り返しているそうだ。
「今回の当たりクジを引いてしまったのがリア殿というわけだ」と陛下は言った。
 わたしとしては「大はずれクジ」なのだけど、あえて指摘はしなかった。
 今までここに召喚された人たちは「天啓」というものを受けていて、諸般の事情や条件を承知のうえで来ていたらしい。
「だから帰りたがる人がいなかった」と、陛下は言った。

 拉致するほうもヒドイけれど、連れてこられた人たちの思考も少し変わっている。
 すべて失くしてもケロッとして新しい生活をしていたようだから、世捨て人や、生きることに疲れているタイプの人だった可能性がある。
 なぜわたしには天啓がなかったのか、それは誰にもわからないそうだ。

 陛下いわく「神薙の召喚は国民の幸福のため」とのことだ。
 しかしこの先、国民の皆さんからどんなに感謝をされようとも、わたしの失ったものは大きすぎて割に合わない。
 おそらく今頃、父はひどく動揺しているし、母は泣き叫んでいる。兄が一番大変かもしれない。大騒ぎする両親を一人でケアしなくてはならないのだ。想像しただけで変な汗が出てくる。
 くまんつ団長が心配そうな顔でこちらを見ていた。

 せめて、今思っていることは伝えておこう。
 ささやかな幸せを感じていた日本での暮らしについて話した。
 今日この国に何もかも奪われた。「帰れない」とは、つまりそういうことだ。
 悲しくて腹立たしい。家族の気持ちを考えると、生きている心地がしない。
 願わくはすべて返して欲しい。それができないのなら、これ以上わたしから何も奪わないでほしい。
 途中で感極まって泣いてしまったし、感情が先走ってしまって、あまり上手く話せなかった。

 彼らがどのように受け止めたのかはわからない。しかし、二人は明らかに怯えた顔でわたしの話を聞いていた。陛下の顔は凍りついたように真っ青だったし、くまんつ団長はカチカチに凍ったホッキョクグマになっていた。

 それを境に陛下の態度が劇的に変わった。たぶん、わたしの思いが伝わったのだろう。
 陛下はきちんと謝罪をしてくれた。
 それによって状況が良くなるわけではないけれど、ゴメンネの一言があるのとないのでは、こちらの気持ちが全然違う。
 くまんつ団長はわたしのそばにひざまずいて、ハンカチで涙を拭いてくれた。本当に優しい人だ。

 静寂を破ったのは、陛下が置いてけぼりにしてきた部下が走ってくる足音だった。
 バタバタバタバタ……
 ドカンッ! どこかにぶつけた音だ。
「おあっ!」 痛そう。
 バァン! ドアが開いた。

 騒々しくサロンにけ込んできたオジサマを見て、くまんつ団長は「あ、宰相」と言った。
 宰相は痛そうに顔をしかめ、肩で息をしながらこちらへ向かってくる。
 陛下に比べると小柄で細身。クレバーな雰囲気を醸し出している方だった。

「神薙様ッ!!」
「ひ……っ」
 宰相はわたしの前に滑り込むようにして膝をついた。
 その外見からは想像がつかないほど声が大きい。思わずくまんつ団長の太い腕につかまってしまった。
「この度の魔導師団の不祥事! 誠に、誠に! 申し訳ございませんっっ!!」
 初対面でまさかのスライディング土下座だ。オデコがふかふかカーペットに埋もれている。
 くまんつ団長はハンカチでわたしの涙を押さえながら、サッと宰相から目をそらした。
「見てはいけないものを見てしまった」と顔に書いてある。

「やれやれ。うるさくて申し訳ない。宰相のビル・フォルセティーだ。これでも普段は冷静で、私の良き右腕なのだが、今日は大変な一日だった。彼もいっぱいいっぱいだ」
 イケオジ陛下は少しあきれ気味に宰相を紹介してくれた。
 わたしが引きつりながらハジメマシテの挨拶をしている間も、宰相のオデコはカーペットに刺さったまま。さすがに「もういいですよ」と言ってあげたくなる。

 ガバァッと頭を上げた宰相は、陛下に向き直ってバーッと早口で報告を済ませると、再びわたしのほうを向き「本当に申し訳ございません!」と頭を下げた。
 わたしを監禁しようとした人たちは、くまんつ団長の判断で口裏を合わせられないよう全員が独房に入れられた。すでに取り調べが始まっていて、宰相はその陣頭指揮を執っていた。
 新聞社に対する情報統制についての話もしていたので、わたしはそこそこセンセーショナルな事件に巻き込まれたのかもしれない。
 宰相の見事なスライディング土下座は、取り調べの過程で判明した諸々を踏まえてのおわびだった。

「大臣がこぞって魔導師団を潰せと言ってきております」と、宰相は言った。
「構わん。すべて吐かせてから潰せ。私も神薙も、あやつらを必要としていない」と、陛下は答えた。
 くまんつ団長は二人の会話を聞いて目をまん丸にしている。
「奴らは二度とそなたに危害は加えられない。安心しなさい」と、陛下は言った。

「――ところで、わたしをここに連れてきた目的はなんですか? 神薙というのは何をする人なのですか?」
 神薙がいないと国が成り立たないと言うくらいだ。何かやらせたくてんだはず。しかし、この状況で使役されるのは歓迎できない。
 わたしは穏やかに普通の暮らしがしたい。
 家族のことを思い出すと心が不安定になるのが自分でもわかる。気をつけないとメンタルヘルスをやられる。
 なにしろ馬車が走っている国だ。日本と比べて不便な生活になることはほぼ確実。今までとまったく同じ仕事があるとも思えない。それならどこか静かな場所で穏やかに暮らしたい。
 東京では実現できなかったスローライフ、子どもの頃の夢だったクレープ屋さんやカフェ経営など。何か新しい挑戦をしながら、多少は「来て良かったかも」と思えることを見つけなくては。

 チラリと上目遣いでイケオジ陛下の様子をうかがった。
 伝われ……。頼むからこれ以上、変なことは言わないで。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

処理中です...