昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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1[ヴィル]

クリスのうっかり

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 そもそもアレンの質問には正解が用意されていない。
 何もしていない、と答えれば「ウソだ」と怒り、本当のことを答えれば、やはり怒るのだ。

「書記、リア様はどうしている?」と、クリスが聞いた。

 素晴らしい助け船だ。
 アレンは彼に懐いているので、クリス先輩の言うことはちゃんと聞く。その辺りはクリスもよく承知していた。

「顔を真っ赤にして戻り、夕食前に発熱しました。微熱ですけどね。何を聞いても上の空でポーっとしています。心配しましたよ。なにしろ、あの可憐かれんな花には治癒魔法が一ミリも効かないのでね」

 リアを心配するあまり、アレンの口調はイラついていたが、彼の言ったことがうれしくて俺の口元は緩んだ。
 どうやら嫌われてはいないようだ。
 しかし、俺の幼なじみが目を輝かせて言った。

「ヴィル、聞いたか! やはり可憐かれんだ。口づけだけで……!」

 最悪だ。

「ばか、クリス! 言うな!」
「あっ、悪い……」

 クリスが口を滑らせた。
 いや、彼の気持ちもわかる。
 どうも三人がそろうとなんでも話してしまうのだ。
 しかし、冷静さを欠いているアレンに与えるべき情報ではなかった。
 火に油を、いや『紙に風を』注いでしまう。
 また部屋がめちゃくちゃになることを覚悟して、俺は突風に身構えた。

 ……おや?

 意外にも風が吹かなかった。

「……」
「おい、書記……?」

 アレンはスゥゥーッと無表情になり、そのままクルリと向きを変えると無言で去っていった。

「ヤバいぞ。書記が本気で怒ったのは久々に見た」
「お、お前が口を滑らせたせいだろうが……っ」

 俺たちはしばし呆然としていた。

「書記の奴、リア様のことになると少しおかしくないか?」
「クリスもだろ」
「理性を飛ばしかけた奴に言われたくないぞ」
「ちょっと落ち着こう」
「そうだな。これは心が落ち着く茶だ」
「そうだった」

 俺たちは『芝生草汁茶』をすすった。
 ゴビッと喉が鳴る。

「まっず!」

 俺の心は芝生では落ち着かない。

「披露目の会の当日に伝えるのか?」
「そうなるな……」
「動揺するリア様と、荒れ狂う書記が目に浮かぶ」
「アレンはいいとして、彼女の反応が怖い。そこで嫌われたらお終いだ」
ひざまずけ。床に顔をこすり付けてわびろ」
「それも辞さない……許してもらえるならなんでもする」

 クリスは草汁茶をもう一口飲んで「マズッ」と言うと話を変えた。
「ところで、お父上が渡すと言った御守りとは何だったのだ?」

 俺は一拍置いてから答えた。

 父は俺から一通り話を聞くと、国宝『オルランディアの涙』を御守りとして贈ることを即断した。
「ここで悪さができるのは神薙ただ一人」と聞いて、リアが何の考えもなしに庭園へ入って行ったなら、ただの護符になる予定だったらしい。
 父はリアを「百点満点中、百二十点だ」と言った。彼女は父の想定よりも良い結果を出したということだった。

 しかし、俺の行動は父の期待を下回っていた。
 父は彼女が俺から十分な説明を受けた上で花を楽しんでいることを期待していたが、俺は子どもの使いのように父から言われたままを彼女に伝え、彼女が想定外の行動をしたためにお手上げ状態となった。花を見せてあげる余裕もなく、また父を失望させる結果になった。

 クリスは『オルランディアの涙』と聞いて目を丸くしていた。

「実在していたのか」
「転々としているが、ずっと王に近い者が持っているらしい」
「つまり、王兄がリア様に政治的な御守りを渡したということか」
「父は手放したくて仕方なかったようだ」
「『最後の聖女』の一節に、聖女が王妃にオルランディアの涙を譲る場面があったな」

 クリスは演劇界で不動の人気を誇る『最後の聖女』という演目の後半に出てくる一節を口にした。

「慈愛の心をもって王とともに国を護る者……統べる者だっけ? そんなようなセリフだったな」
「そう、その慈愛という言葉が父は引っかかるらしい」
「なぜだろう?」
「自分には無いからだろう?」
「サラッと言うなよ」
「父はいつも俺に失敗させたがる」
「子どもの頃のことを言っているのか?」
「今だって変わらない」
「お前が逃げ回って話もしないから仕事を与えて教えようとしているのではないのか?」
「どうだか。まあ宝の背景を知らないリアには重荷にはならないだろう」
「今は、な」
「そう、今はただの豪華な首飾りだ」

「お父上が神薙の味方についたという認識で良いのか?」と、クリスが言ったので、俺はうなずいた。
 父は事あるごとに神薙嫌いを公言してきて、もう有名すぎるほどの反神薙派だ。

「想像もつかないな。ボロカス言っている印象しかない」
「神薙のことになると急に言葉が荒くなる人だからな」
「今は?」
「さあな。あの人の頭は基本的に戦のことで一杯だ。今、それどころではない」
「ふむ。しかし、ヴィルも晴れて夫候補というわけだな。おめでとう」
「どうもありがとう。こんな日が来るとは思わなかったよ」

 俺たちはまずい茶の入ったカップを合わせた。
 もう少しマシなもので乾杯したいが、今はこれでいいだろう。

「披露目の会、一番遠くからこっそり見るわけにはいかなくなったな?」
「そうだな。一番近くでしっかりと目に焼き付けることにするよ」 
「ぶふふ……もう会いたいという顔をしている。書記が羨ましいか」

 俺は「うるさいな」と言ったが、図星で笑ってしまった。
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