昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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2[ヴィル]

素行調査

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 早朝から特務師が数人動き始めた。
 まずは日中の居場所を特定するため、家を出るところからイドレを尾行したようだ。
 通常は調査を頼んでから最初の報告までに三日から一週間程度の時間を要する。しかし、驚いたことに初日の夕方遅くに第一報が来た。

「若、こいつはよほど運がないか、よほど頭が悪いかどちらかです」

 ジオと呼ばれている若い特務師が言った。本名ではなく、仕事用の名らしい。
 細身の三つ揃えに身を包み、まるで測って分けたかのようにキッチリと七対三の割合で髪を分け、それを整髪料で微動だにしないよう固めている。

「我々の間ではアホウドリと呼ばれている」
「まさにそれです。簡単に捕まるからアホウなトリと名付けられました。こいつも同じです。実に簡単アホウでした」

 俺は一通り報告を聞くと、彼に調査の継続を頼んだ。
 そして、その後クリスを部屋に呼んで情報を共有した。


 「はああ? 賭博場ぉぉ? 真っ昼間から?」と、クリスが大きな声を上げた。

「真っ昼間どころか、朝からだそうだ。俺はもう泣きたい」
「マジか」

 その日、俺は念のために朝と昼過ぎの二度、イドレの執務室へ出向いていた。そして、彼の同僚達から「神薙関連の仕事で出かけている」という証言を取っていた。

「少なくとも、奴が神薙がらみの仕事で忙しくしているという話は大嘘だ」

 特務師からの報告によると、イドレが自宅を出て向かった場所は王宮ではなく賭博場だった。
 そして、滞在していた時間は八時間強。
 一日の労働時間とほぼ同じだ。

「なんという、けしからん奴!」

 クリスの言う通りだった。
 神薙の夫を選ぶための大事な仕事を担当している身でありながら、極めて非常識な行動だ。

 イドレが入ったのは王宮から最も近い『コンラート』という賭博場だった。
 賭博場と言っても、そこは名の知れた大きな宿の一階と二階だ。宿の経営者が賭博場も経営しているので、宿の名前がそのまま賭博場の名前にもなっている。
 客の大半は富裕層と観光客で、他の賭博場に比べると掛け金が高い。
 特に掛け金の高い二階の賓客向け区画は、昔から男性貴族が社交場として好んで使っている場所だ。
 俺もたまに学生時代の友人達とそこで落ち合うことがある。近況を報告しながら童心に戻ってゲームに興じるには良い場所だ。
 腹が減ればレストランがあるし、喉が渇けばバーがある。
 楽団が音楽を奏でているから雰囲気は明るく、内装は豪華だ。賭け事をしない人でも楽しめるようになっている。
 昼間は場内にある舞台に人気歌手や芸人が出演するらしく、それを目的に訪れる女性客が多い。イケメン歌手が出る日は整理券を求めて大変な行列ができているらしいから、夜とはだいぶ客層が違うだろう。

 イドレはたった一人でそういう場所へ行き、一人で遊び、一人で出てきたと言う。
 「変な奴だな」と、クリスが言った。
 まったく同感だ。

「あんな場所で賭博にハマれるものだろうか。がつがつと賭け事をするような雰囲気ではないよな?」
「俺的には知り合いとステーキを食う場所だなぁ。ヴィルも好きだろ? あの一階の奥にある……」
「あのステーキ屋は美味いよな。ソースが美味い」
「賭け事をやる暇がない日もあるよな?」
「そうだろう? 一人で行く感覚が良く分からないのだが、一人でやって面白い類のゲームがあっただろうか??」
「ないだろ……。明日はまた別の場所でサボっているのではないか? 公園とか」

 つくづく、イドレは変な奴だった。
 しかし、たまたま一日だけだったとしても、出勤せずに賭博場で過ごしているような輩にリアの見合いを任せることはできない。

 騎士法十三条に書かれた『任務遂行に関わる騎士団の特別権』を行使するのに必要なものを調べた。
 今の状況と照らし合わせ、作らねばならない書類を書き出す。そして、一つずつ準備を始めた。クリスも手分けして資料作りを手伝ってくれた。

 少なくとも神薙法とアホな文官の問題が解消されるまで、リアの身柄を第一騎士団で預かりたい。
 そうすればリアが信用していないイドレから引き離してやることができるし、奴が主張する「決まり」が如何なるものであっても一切の影響を受けずに済む。
 さらに、古臭いままで一向に改正されない神薙法からも切り離せる。


 十三条の準備でバタバタしていたある日、俺の執務室に来ていたクリスがぽつりと言った。

「リア様の見合いは、だいぶ先になるのかと思っていた」
「うん?」
「てっきりお前が夫に選ばれて、しばらくしてから『二人目の夫を選ぶための見合い』が始まるのかと思っていた」

 俺は肩を落として俯いた。
 もちろん俺自身もそれを期待していた。
 一緒に過ごす時間が長くなれば、すぐに夫に選ばれてリアと婚姻を結ぶことになるだろうと高を括っていた。
 甘い蜜月を経て、ゆっくりと二人目の夫選びを始めればいいと思っていた。

 花の香りに誘われる蝶の気持ちが良く分かる。
 俺はフラフラと吸い寄せられるようにリアを抱き締め、そこかしこに口付けをした。
 彼女は恥ずかしがりはするものの強く拒まなかったし、むしろ俺の気持ちを受け入れてくれているように思えた。
 ほかの誰よりも親密な関係になっているはずだ。
 しかし、俺は夫に選ばれていない。

 一方通行ではないと確信めいたものを感じていたが、俺の思い上がりなのだろうか。
 いくらリアとの距離が縮まっても俺が夫に選ばれることはなく、彼女は見合いを続けていた。

 何がダメなのだろうか。
 どこがいけないのだろうか。
 それは俺が努力して直せるところなのだろうか。
 「王族はムリ」とかだったら、もう絶望するしかない。いいや、それだけが問題ならば王籍を抜けよう。王太子がいれば問題ないだろう。
 性格や人柄を拒否されるよりずっとマシだ。

 首を振った。
 考えると辛い。
 話し始めると愚痴と泣き言になってしまいそうだったので、話題を変えることにした。
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