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2[ヴィル]
噛めば噛むほどに多足
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「そういえば昔、クリスがよく釣っていた、足がたくさん生えているアレ……」
こちらの気持ちを察したのかクリスは小さくため息をつき、「イカ釣りのことを言っているのか?」と言った。
「もう何年も行っていないぞ」
「この間、ターロン市場であの多足をリアと一緒に食べた」
「相変わらずお前の話は情報が多い」
「あれって確か、何かが変異した化け物だったよな?」
「いや、俺くらいデカい奴は海の魔物だが、小さいものは普通の生き物、食べ物だぞ」
「あ……それはマズイな。リアに『化け物』と連呼してしまった」
「相変わらずお前は、食べ物の話になるとメチャクチャだ」と、クリスは呆れ顔で笑った。
恥ずかしながら、俺は口に入れる物に少々疎いところがある。
というか、あることをきっかけに食に消極的かつ保守的になっており、それに伴って情報も遮断気味だ。ごく一部の例外を除き、なるべく新しいものは知りたくないし、知らないものは口に入れたくない。
「あのな、そもそもイカは絶滅状態だ。もう何年も見ていないし食べてもいない。ほかの生き物と間違えていないか? 頭がこういう三角をしていたか?」
彼は両手の指先を頭の上でチョンと合わせ、三角形を作って見せた。
「三角のところは耳だとリアは言っていたぞ?」
「おお、さすがリア様だ」
「ターロンの屋台で行列が出来ていた。見た目はともかくとして、なかなか美味だった」
「それが本当なら行列にもなるだろうな」
「リアの国では夏に大量発生するそうだ」
「夏に食べ頃になる、という意味だ。夏に急に湧いてくるわけではない」
「ペッタンコに干からびた物もあった。暑い時に扇ぐには良さそうだった」
「それは干物と言うのだ。れっきとした食品だぞ」
「火であぶって、アツアツのうちに細く割いて、白ソースを添えて出してくれるのだ」
「ほう?」
「それがエールに合う。すっかり休みの日の楽しみになってしまった。あの組み合わせを横に置いてチェスをやったら最高だと思う。今度やろう」
「ヴィル……お前変わったなぁ。俺にはお前がイカを食べる姿が想像つかないぞ」
「噛めば噛むほどに多足だ」
「意味が分からん」
「……こういうところが、夫に選ばれない理由なのだろうか」
「俺に聞くな」
「しかし、それもこれもリア様効果か」と、クリスは言った。
「絶滅していたのが本当なら、そうなのだろう」と、俺は頷いた。
「地方でも色々と影響が出ているらしいが、リア様本人は諸々の奇跡をどう思っているのだ?」
「あー、それは……まるで自覚なし」
「は? 書記は説明していないのか?」
「いや、説明はしているのだが、そもそもリアの世界には神薙のような存在がいないらしく、とことん話が合わない。しかも、彼女は以前の状態を知らないから……」
リアは、豊作だと聞けば農家を賞賛する。
そして大漁だと聞けば漁師の手柄だと喜ぶ。
アレンが神薙の功績だと説明したものの、彼が真顔で面白い冗談を言っているのだと思ったようで、コロコロと笑っていた。
絶滅した生物が復活したと聞いても、おそらく「どこかで頑張って生きていたのですねぇ」と、広い海に感謝して話が終わってしまうだろう。
しかし、各地が豊作と豊漁に沸いているのは間違いなく神薙の祈りのおかげだ。
リアは食事の前に必ず手を合わせて小さな祈りを捧げる。
母国語らしいが、わずか二秒程度の物凄く短い祈りだ。彼女いわく、食への感謝を捧げる祈りらしい。
その対象は一日三回の食事に留まらず、茶や茶請けのケーキにまで至る。とにかく彼女の口に入るものはすべて、その生産者や取り巻くもの一切が祝福されるのだ。
「大陸の自然と繋がる神薙から一日に何度も祈りを捧げられたら、あの多足もおちおち絶滅などしていられないだろう。こぞって出てきて、焼かれて売られるさ。南大陸のナンタラカンタラソースを塗られてさ」
「セレなんたらカなんとかーショ・プラほにゃららソースだろ」
「やめろ、頭が爆発する。リアは『ショーユ』と呼んでいるぞ」
「今日からそれでいい。美味だが名前が長すぎて一度も言えた試しがない」
「お前も食べず嫌いが一つ減ってなによりだな」と、クリスは言った。
「……好き嫌いが多いから、夫に選ばれないのだろうか」
「聞く相手が違うぞ」
リアの夫になれない人生を想像するとなかなか辛いものがある。
そんな気持ちを引きずりながら、クリスと連れ立って喫茶室へ行った。
「食に保守的な男はダメなのだろうか」
「彼女がその手の話を好むかどうかだな」
「アレンや侍女と盛り上がっているよ」
「書記に対抗するのは無理だとしても、多少は幅を広げたほうが良いかも知れないぞ? オトナの嗜みとして」
俺は意を決して期間限定の「栗の茶」を頼んだ。
自ら普段と違うものを頼んだのは初めてではないかというくらい、勇気を振り絞った。
ドキドキしながら出てくるのを待っていると、隣でクリスが普通の茶を注文していた。そして小声で「それ、美味くないぞ」と耳打ちをした。
首を締め合って騒いでいる我々に、顔なじみの店員が「いつも仲良しですねぇ」と笑いながら言った。
こちらの気持ちを察したのかクリスは小さくため息をつき、「イカ釣りのことを言っているのか?」と言った。
「もう何年も行っていないぞ」
「この間、ターロン市場であの多足をリアと一緒に食べた」
「相変わらずお前の話は情報が多い」
「あれって確か、何かが変異した化け物だったよな?」
「いや、俺くらいデカい奴は海の魔物だが、小さいものは普通の生き物、食べ物だぞ」
「あ……それはマズイな。リアに『化け物』と連呼してしまった」
「相変わらずお前は、食べ物の話になるとメチャクチャだ」と、クリスは呆れ顔で笑った。
恥ずかしながら、俺は口に入れる物に少々疎いところがある。
というか、あることをきっかけに食に消極的かつ保守的になっており、それに伴って情報も遮断気味だ。ごく一部の例外を除き、なるべく新しいものは知りたくないし、知らないものは口に入れたくない。
「あのな、そもそもイカは絶滅状態だ。もう何年も見ていないし食べてもいない。ほかの生き物と間違えていないか? 頭がこういう三角をしていたか?」
彼は両手の指先を頭の上でチョンと合わせ、三角形を作って見せた。
「三角のところは耳だとリアは言っていたぞ?」
「おお、さすがリア様だ」
「ターロンの屋台で行列が出来ていた。見た目はともかくとして、なかなか美味だった」
「それが本当なら行列にもなるだろうな」
「リアの国では夏に大量発生するそうだ」
「夏に食べ頃になる、という意味だ。夏に急に湧いてくるわけではない」
「ペッタンコに干からびた物もあった。暑い時に扇ぐには良さそうだった」
「それは干物と言うのだ。れっきとした食品だぞ」
「火であぶって、アツアツのうちに細く割いて、白ソースを添えて出してくれるのだ」
「ほう?」
「それがエールに合う。すっかり休みの日の楽しみになってしまった。あの組み合わせを横に置いてチェスをやったら最高だと思う。今度やろう」
「ヴィル……お前変わったなぁ。俺にはお前がイカを食べる姿が想像つかないぞ」
「噛めば噛むほどに多足だ」
「意味が分からん」
「……こういうところが、夫に選ばれない理由なのだろうか」
「俺に聞くな」
「しかし、それもこれもリア様効果か」と、クリスは言った。
「絶滅していたのが本当なら、そうなのだろう」と、俺は頷いた。
「地方でも色々と影響が出ているらしいが、リア様本人は諸々の奇跡をどう思っているのだ?」
「あー、それは……まるで自覚なし」
「は? 書記は説明していないのか?」
「いや、説明はしているのだが、そもそもリアの世界には神薙のような存在がいないらしく、とことん話が合わない。しかも、彼女は以前の状態を知らないから……」
リアは、豊作だと聞けば農家を賞賛する。
そして大漁だと聞けば漁師の手柄だと喜ぶ。
アレンが神薙の功績だと説明したものの、彼が真顔で面白い冗談を言っているのだと思ったようで、コロコロと笑っていた。
絶滅した生物が復活したと聞いても、おそらく「どこかで頑張って生きていたのですねぇ」と、広い海に感謝して話が終わってしまうだろう。
しかし、各地が豊作と豊漁に沸いているのは間違いなく神薙の祈りのおかげだ。
リアは食事の前に必ず手を合わせて小さな祈りを捧げる。
母国語らしいが、わずか二秒程度の物凄く短い祈りだ。彼女いわく、食への感謝を捧げる祈りらしい。
その対象は一日三回の食事に留まらず、茶や茶請けのケーキにまで至る。とにかく彼女の口に入るものはすべて、その生産者や取り巻くもの一切が祝福されるのだ。
「大陸の自然と繋がる神薙から一日に何度も祈りを捧げられたら、あの多足もおちおち絶滅などしていられないだろう。こぞって出てきて、焼かれて売られるさ。南大陸のナンタラカンタラソースを塗られてさ」
「セレなんたらカなんとかーショ・プラほにゃららソースだろ」
「やめろ、頭が爆発する。リアは『ショーユ』と呼んでいるぞ」
「今日からそれでいい。美味だが名前が長すぎて一度も言えた試しがない」
「お前も食べず嫌いが一つ減ってなによりだな」と、クリスは言った。
「……好き嫌いが多いから、夫に選ばれないのだろうか」
「聞く相手が違うぞ」
リアの夫になれない人生を想像するとなかなか辛いものがある。
そんな気持ちを引きずりながら、クリスと連れ立って喫茶室へ行った。
「食に保守的な男はダメなのだろうか」
「彼女がその手の話を好むかどうかだな」
「アレンや侍女と盛り上がっているよ」
「書記に対抗するのは無理だとしても、多少は幅を広げたほうが良いかも知れないぞ? オトナの嗜みとして」
俺は意を決して期間限定の「栗の茶」を頼んだ。
自ら普段と違うものを頼んだのは初めてではないかというくらい、勇気を振り絞った。
ドキドキしながら出てくるのを待っていると、隣でクリスが普通の茶を注文していた。そして小声で「それ、美味くないぞ」と耳打ちをした。
首を締め合って騒いでいる我々に、顔なじみの店員が「いつも仲良しですねぇ」と笑いながら言った。
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