昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
141 / 392
3[リア]

岩に癒しを

しおりを挟む
 ミストさんはこの日を心待ちにしていた。
 神薙の護衛もできるほど武術に長けているという彼女は、アレンさんからの信頼も厚い。
 騎士団の人達と同様に、彼女も定期的に訓練に通っていた。

 しかし、そこで手合わせをしている凄腕の男性にだけは、どうしても歯が立たないそうだ。鳴り物入りで入ってきた人物で、とても強いらしい。
 「一発でいいからマトモなのを入れたい」と話していた。

 激しい動きを伴う戦闘訓練で、女子の悩みはただ一つ。胸をしっかりホールドしておかないと本領が発揮できないことだ。
 今まではさらしを巻いて奮闘していたらしいけれども、逆に動きが制限されてしまって思うようにいかないのだとか。
 彼女が得意とする武術はコンパクトで速い動きが多いらしい。
 さらしを脱することができれば訓練でのパフォーマンスが上がるのは間違いないと彼女は言った。

 わたしは脱ステテコ、彼女は脱さらし。
 目標が明確なミストさんは、会議でも積極的に機能面のアイディアを出してくれた。
 ヒト族の女性には、彼女のように激しい動きを伴う職に就いている人がそれなりにいるそうだ。
 開発チームに彼女がいることで、そういう人達に『どストライク』な商品を作れる可能性が高い。
 スポーツタイプは素材問題の影響も受けなかったため、当初想定通りの品質で出来上がっている。
 彼女は試供品をじっくりと見て、「ついに来た」と拳を握りしめた。

 メイドさん達は安価で可愛いものをたくさん欲しがった。
 侍女はレースが付いた豪華なデザインが好き。
 冷えと肌の乾燥が気になるメイド長は、保温と保湿に優れた柔らかな素材を気に入っている。
 皆、顔を合わせるたび嬉しそうに感想を教えてくれた。

 わたしも自分用の試作品を見てニヨニヨが止まらない。
 かわいいのも、セクシーなのも、試作と言えども一通り揃えた。
 これさえあればもう安心。
 さあヴィルさん、どこからでもいらして! と言いたいところだけど、こういう時に限って何も起こらないから残念無念。最近の彼は出かけると帰りが遅く、とても忙しそうだった。


 それから一週間も経たないうちに、思わぬ事件が起きた。
 アレンさんが頬骨あたりにひどい青あざを作って現れたのだ。
 訓練で負傷したものの治癒院の休業日に当たってしまい、治療が受けられなかったと言う。

「ど、どうしてそんなことにっ……?」
「訓練中には良くあることです」
「でも……でも……」
「大したことはありません。不慮の事故というやつですよ」

 彼がそう言うと、わたしの後ろでミストさんが「ほう、事故ですか」と呟いた。
 そろりと振り返ると、ミストさんがニマッと口角を上げている。

「ま、まさか……」

 ミストさんの手合わせの相手って。
 後から来たのに誰も敵わない男性って。
 ……アレンさんのことですか?

 どうやらミストさんは、念願のクリーンヒットをお見舞いできたようだ。
 良かったですねと言ってあげたいけれども複雑な心境だ。

「どうしましょう。とっても痛そうです」

 わたしが彼を見上げて言うと、ミストさんが再びニンマリと微笑んだ。

「リア様に治して頂いたほうが良いのでは? 岩が窪んで見えますよ」
「岩……???」

 一瞬ハテナが浮かんだ。
 しかし、当初、彼が石に見えていたことを思い出した。

 わたしの場合、初めて王宮で彼を見たときは長細い石に見えたのだ。
 しかし、次に見たときは無表情な仏像になっていた。
 現在の彼は、あの不思議なメガネをかけているのに、パッと見は普通の人だ。
 ただし、少し表情が固いのは否めないし、触れても体温を感じない。それに、日によって仏像と人の間を行ったり来たりしているので、おかしいことはおかしい。
 てっきり彼が段階的に人間化しているのだと思っていたけれど、見る人によって違う見え方をしているようだ。
 おそらくミストさんには岩に見えるのだろう。

 本当に、なんなのですか、そのメガネは……。

「こういう青あざも、わたしの変な力で治るのでしょうか?」
「自分の魔力を変な力と言う人を初めて見ましたよ」

 アレンさんは呆れたように言った。
 やってみないと分からないので、彼をソファーに座らせてメガネを外した。
 ぶわっと押し寄せるイケメン光線にぷるぷる耐える。
 気のせいか背景にバラが見える。少女漫画によくあるアレだ。
 相変わらず彼は兵器だった。目を見るとこっちが石になるので要注意。
 過去に何度か食らって学習している侍女は一斉に目をそむけ、ミストさんもわずかにのけぞって顔を引きつらせた。

「訓練中もメガネをしているのですか?」
「いいえ、危ないので外しています。誰かさんと手合わせをするとヤバい蹴りも飛んできますし、まだ全部を避けられなくて普通にぶん殴られますから」

 ちらりとミストさんを見ると、ニマニマと笑っていた。
 この顔を殴れた彼女の肝っ玉は豪傑級だ。しかも、蹴りまで繰り出しているとは恐るべし。
 この美男美女が訓練所でバキバキ戦っているのも果たして正解なのだろうか。普通は何かもう少し違う関係性になるような気がするのだけれども……。

 彼の青あざにそっと手を当てると、少しずつ消えていった。
 わたしの謎の手は健在だ。

「痛くないですか? ほかは?」

 彼は首を振ってわたしにお礼を言うと、「大丈夫です。二度と同じ手は食らいませんので」と、ミストさんを見ながら言った。
 「ほうー、そうですか」と、彼女が挑発する。

「昨晩、攻略法が見つかりましたのでね。いやー、久々に悩みました」
「それはそれは、次の訓練が楽しみですね」
「ふっふっふ」
「ふっふっふ」

 高身長の二人に挟まれてタジタジである。
 アレンさんと互角にやり合うなんて、ミストさんは相当強いのだろう。

 わたしも守って頂くばかりではなく、見習わないといけませんねぇ……。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

処理中です...