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5[リア]
伏線回収
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「どうする。謝罪を受け入れるか?」と、陛下から聞かれたので首をかしげた。
「謝罪はしていないと思います。親御さんからはお嬢さんのお顔が見えないのでしょうけれども、先ほどからわたしをにらみつけていらっしゃいますので」
「なっ? イレーネ! きちんとおわびをしなさい!」
ナントカ伯は青ざめた顔で娘を一喝した。
事を荒立てたくないのだろう。陛下の心証を害さぬよう、謝り倒して許してもらおうとしているようだ。いつもの尊大な態度はお家に封印してきたのか、気味が悪いほどペコペコしている。
しかし、肝心の令嬢は顔面の武装解除ができていない。うそでもいいからツノとキバは引っ込めたほうがよいだろう。
「だって、お父様が言ったのですよ!」
顔面兵器が金切り声を発射した。
陛下の御前だというのに、またもや彼女はギロチン・ロードを走る気だ。
「ランドルフ様は神薙がお嫌いだから、ヒト族の令嬢を選ぶはずだと。淫乱神薙に王国一美しいわたくしが負けるわけがない、縁談はすぐにまとまると。話が違うではありませんか! なぜわたくしが謝らなければならないのですか! わたくしは夫候補を奪われた被害者ではありませんか!」
がふっ……。
お昼ごはん、もうちょっと軽めにしておけば良かった。食後にコレは脂っこい。
この騒ぎの元凶はお父様のようだ。
しかも、謝罪する意味もわかっていない娘を連れてきて、ムリヤリ頭を下げさせている。悪いことをした子どもを𠮟るのが先だろうに。
「そっ! そっ、んなことは、私は、言った覚えは、なっ、なっ、ごごっございませんっ!」
ナントカ伯は顔を真っ赤にして言った。
目は泳ぎ、陛下の顔色をうかがいながら何か言っているものの、しどろもどろでサッパリわからなかった。
記録官の一人が顔を上げた。
ブラインドタッチならぬブラインド速記で手を動かしたまま、彼の様子を見て首をかしげている。言葉になっていない音を拾いながらペンを動かしていた。
初見の陛下にとって、令嬢の振る舞いは衝撃的だったようだ。
御前で父親に向かって金切り声で私語。
罪には問われていないものの、いくつかの証拠と証人がそろっている悪事の加害者なのに「わたくしが被害者」
神薙を「淫乱」と呼び、王甥を「夫候補」呼ばわり。
そこかしこに判定アウトを散りばめた彼女の発言は、陛下の穏やかな表情にヒビを入れた。
「一つ聞くが、貴様は娘が欲しがるものをなんでも与えてきたのか?」と、陛下は静かに尋ねた。
この問いに対してナントカ伯は顔を紅潮させて答えた。
「もちろんにございます! 我が子には一番良いものを与えてまいりました!」
ズコーーーッ……!
わたしは椅子から転げ落ちそうになった。
このお父様は陛下の質問の意図を汲めていないようだ。
数日前に令嬢が見せた異次元の大暴投は親譲りなのかも知れない。きっと、お父様の前前前世は耳栓とアイマスクをつけたイノシシだろう。ただひたむきに真っ直ぐ走り、自滅するために生まれてきている。
「リア、どうしたい?」
陛下はわたしをチラリと見た。
自分が面倒くさいからって、こちらに振らないでほしい。
でも仕方がない。思ったままを意見してほしいと前置きをしていたのは、わたしにガツンと言わせたいからなのだろう。
きちんと謝らせないと、わたしはともかく周りが納得しない。
「形ばかりの謝……」
「しかし、神薙様! 娘に来ていた縁談がすべて取り下げられたのです!」
話し始めた途端にさえぎられた。
人がしゃべっているときは聞く。それはこちらの世界でも常識だ。殊勝な態度を見せても、人としての礼儀がなっていない。
「誰が直接意見をしていいと言った!」
アレンさんは瞬間最大風速三十メートルくらいの突風をお見舞いしながら怒鳴りつけた。
それ見たことか。うちの風神様は怒である。
わたしたちは彼の起こす突風に慣れっこだけれども、不慣れなヒト族の皆さんはバランスを崩してバタバタと床に倒れてしまった。
とりわけ横に広がったドレスを着た令嬢には厳しい風だ。
「ぎゃあっ」と悲鳴を上げて後方へぶっ飛んでいき、般若は派手に尻もちをついた。
「風が吹いたらコケるんじゃないの?」という自分の心の声が、完全に伏線を張ってしまったかのような展開だ。こんな爆速で伏線回収してはダメだろう。
笑うのも申し訳ないので必死にこらえた。鼻を押さえたり、口元を押さえたり忙しい。
わたしの風神様にケンカを売るなら、もっと体幹を鍛え、なるべく空気抵抗の少ない服を着たほうがいいだろう。次回はぜひウェットスーツか全身タイツでどうぞ。
「親父の若い頃によく似ておる」
陛下は風に煽られた髪を直しながらニヤリとした。
ヴィルさんも慣れた感じでサっと髪をかき上げて整えている。
アレンさんはわたしの髪をチェックしてチョチョイと前髪を直し、菩薩のような微笑みを浮かべた。
……わたし、何を言おうとしていたのでしたっけ?
どうでもよくなってきて吐息をついた。
こちらを見ていたヴィルさんが、何か察したように軽くうなずいている。
「当代の神薙には後見人がいるのだが、貴公はそれが誰だか知っているか?」
彼はナントカ伯に話しかけた。
「いずれかの天人族様でございますか?」と、ナントカ伯は質問に対して質問を返している。
「ここにいる我が叔父、国王陛下だ」
「そんな……!」
「先代までは、この世界のどこにも戸籍というものを持っていなかった。しかし、当代は違う。王と並ぶ神薙でありながら、王女でもある。神薙はすでに王家の人間だ」
そうなのですよねぇ……。
ちょっと恐れ多いのだけれども、陛下が籍を用意してくれた。
ヴィルさんは「王女」と言ったけれども、正確に言うと王の養女だ。王位継承権はないし、政治的な活動もしない。
「皆から大事にしてもらえるように」とのことだったので、ありがたくお話を受けたのだった。
「謝罪はしていないと思います。親御さんからはお嬢さんのお顔が見えないのでしょうけれども、先ほどからわたしをにらみつけていらっしゃいますので」
「なっ? イレーネ! きちんとおわびをしなさい!」
ナントカ伯は青ざめた顔で娘を一喝した。
事を荒立てたくないのだろう。陛下の心証を害さぬよう、謝り倒して許してもらおうとしているようだ。いつもの尊大な態度はお家に封印してきたのか、気味が悪いほどペコペコしている。
しかし、肝心の令嬢は顔面の武装解除ができていない。うそでもいいからツノとキバは引っ込めたほうがよいだろう。
「だって、お父様が言ったのですよ!」
顔面兵器が金切り声を発射した。
陛下の御前だというのに、またもや彼女はギロチン・ロードを走る気だ。
「ランドルフ様は神薙がお嫌いだから、ヒト族の令嬢を選ぶはずだと。淫乱神薙に王国一美しいわたくしが負けるわけがない、縁談はすぐにまとまると。話が違うではありませんか! なぜわたくしが謝らなければならないのですか! わたくしは夫候補を奪われた被害者ではありませんか!」
がふっ……。
お昼ごはん、もうちょっと軽めにしておけば良かった。食後にコレは脂っこい。
この騒ぎの元凶はお父様のようだ。
しかも、謝罪する意味もわかっていない娘を連れてきて、ムリヤリ頭を下げさせている。悪いことをした子どもを𠮟るのが先だろうに。
「そっ! そっ、んなことは、私は、言った覚えは、なっ、なっ、ごごっございませんっ!」
ナントカ伯は顔を真っ赤にして言った。
目は泳ぎ、陛下の顔色をうかがいながら何か言っているものの、しどろもどろでサッパリわからなかった。
記録官の一人が顔を上げた。
ブラインドタッチならぬブラインド速記で手を動かしたまま、彼の様子を見て首をかしげている。言葉になっていない音を拾いながらペンを動かしていた。
初見の陛下にとって、令嬢の振る舞いは衝撃的だったようだ。
御前で父親に向かって金切り声で私語。
罪には問われていないものの、いくつかの証拠と証人がそろっている悪事の加害者なのに「わたくしが被害者」
神薙を「淫乱」と呼び、王甥を「夫候補」呼ばわり。
そこかしこに判定アウトを散りばめた彼女の発言は、陛下の穏やかな表情にヒビを入れた。
「一つ聞くが、貴様は娘が欲しがるものをなんでも与えてきたのか?」と、陛下は静かに尋ねた。
この問いに対してナントカ伯は顔を紅潮させて答えた。
「もちろんにございます! 我が子には一番良いものを与えてまいりました!」
ズコーーーッ……!
わたしは椅子から転げ落ちそうになった。
このお父様は陛下の質問の意図を汲めていないようだ。
数日前に令嬢が見せた異次元の大暴投は親譲りなのかも知れない。きっと、お父様の前前前世は耳栓とアイマスクをつけたイノシシだろう。ただひたむきに真っ直ぐ走り、自滅するために生まれてきている。
「リア、どうしたい?」
陛下はわたしをチラリと見た。
自分が面倒くさいからって、こちらに振らないでほしい。
でも仕方がない。思ったままを意見してほしいと前置きをしていたのは、わたしにガツンと言わせたいからなのだろう。
きちんと謝らせないと、わたしはともかく周りが納得しない。
「形ばかりの謝……」
「しかし、神薙様! 娘に来ていた縁談がすべて取り下げられたのです!」
話し始めた途端にさえぎられた。
人がしゃべっているときは聞く。それはこちらの世界でも常識だ。殊勝な態度を見せても、人としての礼儀がなっていない。
「誰が直接意見をしていいと言った!」
アレンさんは瞬間最大風速三十メートルくらいの突風をお見舞いしながら怒鳴りつけた。
それ見たことか。うちの風神様は怒である。
わたしたちは彼の起こす突風に慣れっこだけれども、不慣れなヒト族の皆さんはバランスを崩してバタバタと床に倒れてしまった。
とりわけ横に広がったドレスを着た令嬢には厳しい風だ。
「ぎゃあっ」と悲鳴を上げて後方へぶっ飛んでいき、般若は派手に尻もちをついた。
「風が吹いたらコケるんじゃないの?」という自分の心の声が、完全に伏線を張ってしまったかのような展開だ。こんな爆速で伏線回収してはダメだろう。
笑うのも申し訳ないので必死にこらえた。鼻を押さえたり、口元を押さえたり忙しい。
わたしの風神様にケンカを売るなら、もっと体幹を鍛え、なるべく空気抵抗の少ない服を着たほうがいいだろう。次回はぜひウェットスーツか全身タイツでどうぞ。
「親父の若い頃によく似ておる」
陛下は風に煽られた髪を直しながらニヤリとした。
ヴィルさんも慣れた感じでサっと髪をかき上げて整えている。
アレンさんはわたしの髪をチェックしてチョチョイと前髪を直し、菩薩のような微笑みを浮かべた。
……わたし、何を言おうとしていたのでしたっけ?
どうでもよくなってきて吐息をついた。
こちらを見ていたヴィルさんが、何か察したように軽くうなずいている。
「当代の神薙には後見人がいるのだが、貴公はそれが誰だか知っているか?」
彼はナントカ伯に話しかけた。
「いずれかの天人族様でございますか?」と、ナントカ伯は質問に対して質問を返している。
「ここにいる我が叔父、国王陛下だ」
「そんな……!」
「先代までは、この世界のどこにも戸籍というものを持っていなかった。しかし、当代は違う。王と並ぶ神薙でありながら、王女でもある。神薙はすでに王家の人間だ」
そうなのですよねぇ……。
ちょっと恐れ多いのだけれども、陛下が籍を用意してくれた。
ヴィルさんは「王女」と言ったけれども、正確に言うと王の養女だ。王位継承権はないし、政治的な活動もしない。
「皆から大事にしてもらえるように」とのことだったので、ありがたくお話を受けたのだった。
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