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[リア]
菜の花畑 §3
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男性が遠くから手を振っていた。
「おおーい、ばっちゃんたちぃ!」
「あれ、おたくの息子じゃないかね?」と、細いお婆さんが言った。
「ああー、そうだねぇ。何してんだろ」と、丸顔のお婆さんが言った。
「車で迎えに来たんだろうよ」
「ああ、そうか」
「乗してもらおうよ」
「そうしよかね」
見ているだけでほっこりしてしまうお二人だ。
丸顔のお婆さんが手招きしながら言った。
「お嬢さん、あんたも来なさいな。暴力夫なんか捨てて、うちの息子と結婚すればいいよぉ」
DV夫からの逃亡説は続いている。毎回否定するのも面倒なので、もうこのままでいいや。
「あんたの息子はもう結婚してるだろ」
「あ、そうだったねぇ」
「そのまた息子も成人しちょるがぁ」
「そうだった。今流行りの不倫になるとこだぁね」
「流行ってないだろぉ」
「「ばーっはっはっはっは!」」
明るいおばあちゃまの笑い声がこだまするフォルサン村。
こうしてわたしの珍道中は始まった。
☟
「いやー、災難でしたねぇー」と、村長さんがニコニコしながらお茶を出してくれた。
村長は丸顔のお婆さんの息子だった。五十代半ばくらいで人の良さそうなお顔をしている。
「魔法の事故なんてあるんですね。やっぱり都会はすごいなぁー」
大きなマグカップにたっぷりと注がれたお茶は、シナモンやクローブなどで香りをつけたスパイス黒茶だ。ミルクなしのチャイに似ていて美味しい。
「ちょっと都会の人にはなじみのない味かも知れないですが、これはこの辺りのお茶なんですよ」と、奥様が言った。
カップのふちに唇をつけ、大きく息を吸い込んだ。
胸にほわっと安心のランプが灯る。
「はぁ~いい香り……」
寒い日にアレンさんとスパイス黒茶ラテを飲みに行った。知る人ぞ知る『南部茶房』という小さなカフェだ。
窓際にある低いカウンター席で、道ゆく人々を眺めつつおしゃべりをした。ピスタチオクッキーをつまんで、二人でぬくぬくと過ごす時間は、どこか懐かしい感じがして好きだった。
……うぐううっ。回想シーンは危険だ。思い出すと泣いてしまうっ。
「今日はウチでゆっくり休んでください。ここらへんはとにかく田舎なのでねぇ、寝る部屋だけは、たっ……くさんあるんですよ。わはははっ!」
突然現れた正体不明のわたしに、村長さん一家は親切だった。
ベッドを提供してくださり、奥様が美味しいミルクスープを作ってくださって、お食事まで頂いてしまった。ドレスのポケットを【亜空間収納】とつなげて、どうにかビスケットでも取り出せないかと考えていたわたしには思いがけない温かなお食事だ。本当に幸せだった。この御恩は一生忘れない。
村長さんは目の前に広がっていた菜の花畑の持ち主で、小屋はお昼休憩をするために建てたものらしい。居心地が良いため、近隣の人々の井戸端会議に大活躍しているのだとか。
一緒に飛んできたマネキンのジョジョも村長さんが預かってくれた。
☟
地図を見せてもらい、現在地の確認をした。
王都のはるか南、クランツ辺境伯領タヴァルコ市フォルサン村。お隣のラヴェルタ=ヴェルテ辺境伯領との領境にある小さな農村だった。
フォルサン村から王都までのルートは二つある。
一つ目、山脈を越え、ひたすら北上して王都へ向かう「山越えルート」
二つ目、山脈を大きく迂回して北上する「平地ルート」
山を越えるほうが断然早い。上手くいけば一週間、ゆっくり時間をかけたとしても十日ほどで王都に戻れる。
迂回すればその分の時間がかかり、二週間から二十日ほどかけて戻ることになるようだ。
いずれのルートを取るにせよ、フォルサン村からは直接王都へ向かうことができない。
「ここには旅行会社も乗合馬車もないんですよぉ」と、村長さんは申し訳なさそうに言った。
最も近い出発地点は、東へ二日ほどの場所にある領都グレコルだと言う。
まずはグレコルへ向かい、旅行代理店で王都行きの駅馬車チケットと経由地の宿がセットになったパッケージツアーに申し込まなくてはならない。
「一番厄介なのは経由地の宿を手配することなんです」と村長は言う。
確かに、電話もEメールもない環境で、毎日替わる一週間から二週間分の宿を予約する手間は想像もつかない。
旅の手配を専門にしている旅行会社に任せればトラブルが少ないうえ、馬車も大きくて添乗員もいる。
山越えルートは早く王都へ帰れるものの、内容は過酷だ。運と旅行者のスペックによって旅の質が左右される。
山小屋やテントが宿泊地になるので、セキュリティーの問題がある。
野生動物などの危険もあるため、傭兵を頼まなくてはならない。その人件費でガッツリ予算を取られる。
「山は人目が少ないので女性の一人旅は危険ですよ」と、村長さんは言った。
「ある程度の護身術であれば、できるのですけれども」
「リアさんの場合、傭兵の男が敵に回ることも考えておかないと。やはり危ないですよ」
「なるほど……それも警戒しなくてはいけないのですねぇ」
早くて安いのは魅力だけれども、やはり山脈ルートは断念せざるを得ない。
そもそもわたしはルート云々以前に、出発できるかどうかも怪しいレベルの課題を抱えている。
お金を持っていないことだ……
銀行口座にお金は入っているけれども、領をまたぐお金の引き下ろしは手続きに何日もかかる。ましてや通帳も何も持っていない状態でお金が出せるほど甘くもない。
しかし、そんなわたしには奥の手がある!
領主のくまんつパパと知り合いであることだ。お食事もご一緒したことがある。
南部の諸侯は信号所を持っていて、魔法で信号を送り合う連絡手段を持っていると聞いた。パパ様に事情を話してお願いすれば、王都へ連絡もしていただけるはず。
お金をお借りして、平地ルートで二週間かけて王都へ帰る。これが最も安全に帰る方法だろう。
まずは、くまんつパパに会いに行こう。
「おおーい、ばっちゃんたちぃ!」
「あれ、おたくの息子じゃないかね?」と、細いお婆さんが言った。
「ああー、そうだねぇ。何してんだろ」と、丸顔のお婆さんが言った。
「車で迎えに来たんだろうよ」
「ああ、そうか」
「乗してもらおうよ」
「そうしよかね」
見ているだけでほっこりしてしまうお二人だ。
丸顔のお婆さんが手招きしながら言った。
「お嬢さん、あんたも来なさいな。暴力夫なんか捨てて、うちの息子と結婚すればいいよぉ」
DV夫からの逃亡説は続いている。毎回否定するのも面倒なので、もうこのままでいいや。
「あんたの息子はもう結婚してるだろ」
「あ、そうだったねぇ」
「そのまた息子も成人しちょるがぁ」
「そうだった。今流行りの不倫になるとこだぁね」
「流行ってないだろぉ」
「「ばーっはっはっはっは!」」
明るいおばあちゃまの笑い声がこだまするフォルサン村。
こうしてわたしの珍道中は始まった。
☟
「いやー、災難でしたねぇー」と、村長さんがニコニコしながらお茶を出してくれた。
村長は丸顔のお婆さんの息子だった。五十代半ばくらいで人の良さそうなお顔をしている。
「魔法の事故なんてあるんですね。やっぱり都会はすごいなぁー」
大きなマグカップにたっぷりと注がれたお茶は、シナモンやクローブなどで香りをつけたスパイス黒茶だ。ミルクなしのチャイに似ていて美味しい。
「ちょっと都会の人にはなじみのない味かも知れないですが、これはこの辺りのお茶なんですよ」と、奥様が言った。
カップのふちに唇をつけ、大きく息を吸い込んだ。
胸にほわっと安心のランプが灯る。
「はぁ~いい香り……」
寒い日にアレンさんとスパイス黒茶ラテを飲みに行った。知る人ぞ知る『南部茶房』という小さなカフェだ。
窓際にある低いカウンター席で、道ゆく人々を眺めつつおしゃべりをした。ピスタチオクッキーをつまんで、二人でぬくぬくと過ごす時間は、どこか懐かしい感じがして好きだった。
……うぐううっ。回想シーンは危険だ。思い出すと泣いてしまうっ。
「今日はウチでゆっくり休んでください。ここらへんはとにかく田舎なのでねぇ、寝る部屋だけは、たっ……くさんあるんですよ。わはははっ!」
突然現れた正体不明のわたしに、村長さん一家は親切だった。
ベッドを提供してくださり、奥様が美味しいミルクスープを作ってくださって、お食事まで頂いてしまった。ドレスのポケットを【亜空間収納】とつなげて、どうにかビスケットでも取り出せないかと考えていたわたしには思いがけない温かなお食事だ。本当に幸せだった。この御恩は一生忘れない。
村長さんは目の前に広がっていた菜の花畑の持ち主で、小屋はお昼休憩をするために建てたものらしい。居心地が良いため、近隣の人々の井戸端会議に大活躍しているのだとか。
一緒に飛んできたマネキンのジョジョも村長さんが預かってくれた。
☟
地図を見せてもらい、現在地の確認をした。
王都のはるか南、クランツ辺境伯領タヴァルコ市フォルサン村。お隣のラヴェルタ=ヴェルテ辺境伯領との領境にある小さな農村だった。
フォルサン村から王都までのルートは二つある。
一つ目、山脈を越え、ひたすら北上して王都へ向かう「山越えルート」
二つ目、山脈を大きく迂回して北上する「平地ルート」
山を越えるほうが断然早い。上手くいけば一週間、ゆっくり時間をかけたとしても十日ほどで王都に戻れる。
迂回すればその分の時間がかかり、二週間から二十日ほどかけて戻ることになるようだ。
いずれのルートを取るにせよ、フォルサン村からは直接王都へ向かうことができない。
「ここには旅行会社も乗合馬車もないんですよぉ」と、村長さんは申し訳なさそうに言った。
最も近い出発地点は、東へ二日ほどの場所にある領都グレコルだと言う。
まずはグレコルへ向かい、旅行代理店で王都行きの駅馬車チケットと経由地の宿がセットになったパッケージツアーに申し込まなくてはならない。
「一番厄介なのは経由地の宿を手配することなんです」と村長は言う。
確かに、電話もEメールもない環境で、毎日替わる一週間から二週間分の宿を予約する手間は想像もつかない。
旅の手配を専門にしている旅行会社に任せればトラブルが少ないうえ、馬車も大きくて添乗員もいる。
山越えルートは早く王都へ帰れるものの、内容は過酷だ。運と旅行者のスペックによって旅の質が左右される。
山小屋やテントが宿泊地になるので、セキュリティーの問題がある。
野生動物などの危険もあるため、傭兵を頼まなくてはならない。その人件費でガッツリ予算を取られる。
「山は人目が少ないので女性の一人旅は危険ですよ」と、村長さんは言った。
「ある程度の護身術であれば、できるのですけれども」
「リアさんの場合、傭兵の男が敵に回ることも考えておかないと。やはり危ないですよ」
「なるほど……それも警戒しなくてはいけないのですねぇ」
早くて安いのは魅力だけれども、やはり山脈ルートは断念せざるを得ない。
そもそもわたしはルート云々以前に、出発できるかどうかも怪しいレベルの課題を抱えている。
お金を持っていないことだ……
銀行口座にお金は入っているけれども、領をまたぐお金の引き下ろしは手続きに何日もかかる。ましてや通帳も何も持っていない状態でお金が出せるほど甘くもない。
しかし、そんなわたしには奥の手がある!
領主のくまんつパパと知り合いであることだ。お食事もご一緒したことがある。
南部の諸侯は信号所を持っていて、魔法で信号を送り合う連絡手段を持っていると聞いた。パパ様に事情を話してお願いすれば、王都へ連絡もしていただけるはず。
お金をお借りして、平地ルートで二週間かけて王都へ帰る。これが最も安全に帰る方法だろう。
まずは、くまんつパパに会いに行こう。
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