昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
108 / 392
2[リア]

怪しい粉

しおりを挟む
 「なにやら怪しげな粉を、調理班の荷物に仕込んでいたようだが?」とヴィルさんが言った。

 うっ、バレている……。

「匂いの強いお肉しか手に入らないかも知れないと聞いたので」
「んむ」
「料理長と一緒にお肉の臭みに負けない香辛料を作って、それを持ってきました」

 事前に聞いた話では、この時期の川の釣果は期待できないとのことだった。
 狩った野生動物がメイン食材になると、食べつけていない強い歯ごたえや臭みとの戦いになる。
 わたしが食べられないせいで皆に気を使わせたくないし、なによりも命を頂くのに「クサイから嫌だ」とは口が裂けても言いたくない。出されたものは有り難く美味しく頂くのがわたしのモットーだ。

 手ごわい臭みを美味しい香りでやっつければいい。
 わたしは料理長のところへ駆け込み、BBQスパイスを作ることにした。
 自宅ではカレー用スパイスとチリパウダーを自分で混ぜて作っていたので、それらのレシピを覚えている範囲で料理長にお伝えし、それを二人でアレンジした。
 マトンを使って試したので、結構いい線いっていると思う。
 事前に調理班の班長さんとアレンさんに試食してもらい、大変美味だとお墨付きを頂戴していた。
 これさえあれば、どんなお肉が出てきても食べられるはず。
 本日のわたしの任務は『出されたものをきちんと食べること』だ。

 ヴィルさんはニッコリして「そうか」と言い、またわたしを抱っこして皆から離れた場所へ連れていった。
 そして、移動した先でもお膝に乗せられた。

「あの……わたし、お手伝いをしようと思ったのですが」
「またアレンに叱られるぞ?」
「皆さん忙しそうなので、見ているだけでは申し訳なく……」
「手伝いは後にしよう。話がしたい」
「はい」

 ヴィルさんは真面目な顔で「この間はすまなかった」と言った。
 どうやら、彼の寝室で気絶事件を起こしたのを気にしているようだ。
 わたしは首を横に振った。
 改めてあの日のことを話すのは少し恥ずかしかった。

「辛い思いをさせなかったか? 途中から朦朧としていて……」
「痕もすぐ消えましたし大丈夫です」
「痕? 何の痕だ?」
「ええ……と、その……」

 何の? と言われると、答えに困ってしまい、顔が熱くなった。
 ちょうど服がはだけていた辺りに、キスマークが盛りだくさんだったのだ。
 着替えるとき、乙女な侍女衆がキャーキャーして大変だった。

「ごっ、ごめん……。徹夜明けは近寄らないほうがいいな」
「ずっと気になっていたのですけれど、十三条のせいで陛下とケンカなどしていないですよね?」
「ああ、大丈夫。リアをコッソリ食事に呼びたいとうるさいのだが、どうする?」
「是非。わたしも陛下にお会いしたいです」
「分かった。……リア、口づけをしてもいいか?」

 返事を待たずにブチューっとされることが多かったけれど、今日はちゃんと待ってくれるようだ。
 こくんと頷くと、ややフライング気味に優しく唇を塞がれた。
 
「リア、可愛い……。何もかもが可愛い……」

 結局、そぼ降るフェロモンの下で過ごすことになった。
 野外なのでそこそこ寒いはずなのに、ヴィルさんに包まれているせいか暑いくらいだった。

 狩猟班が獲物を携えて戻ってくると、野性味溢れるバーベキューが始まった。
 予想どおり超ワイルドだ。
 さばいている様子はとてもとても怖くて見られず、ヴィルさんの胸に収まってぷるぷるしていた。

 BBQスパイスが活躍するのはお肉が焼き上がる寸前だ。
 調理班がそれを全体に振りかけると、辺りに食欲をそそる香りが漂う。
 皆が「なんかいつもと違うぞ」と、嬉しそうにザワザワしていた。

 しかし、ふと思ったのだけれども、敵から逃げているときにこんな良い匂いをさせていたら、自分たちの場所を知らせているようなものだ。
 隠れて逃げるようなときは、腹をくくって野生の臭いにやられよう。切羽詰まっていれば何でも食べられるに違いない。

 「んっ! これはいい」と、真っ先にお肉を食べたヴィルさんは言った。

「これはリア様が異世界から持ち込んだレシピを、今回の野営用に調整してくださった混合香辛料です。開発には『神の舌』と呼ばれる料理長ドニー・デレルも携わっており、厳選された何種類もの香辛料が絶妙な配合で混ぜ合わされ……」

 BBQスパイス作りの現場にいたアレンさんは、すっかり先生モードになって皆に解説している。

 「少しニンニクパウダーが多かったかも」と呟いていると、ヴィルさんが首を傾げた。

「そうか? 野郎どもにはちょうどいいぞ」
「でも、敵に追われているのに、こんなに匂ってしまったら」
「はははっ、そういうときは、皆でミントの葉を噛みながら逃げよう」

 ワイルドなお肉は聞いていたとおり歯ごたえが違う。もきゅもきゅと頑張って噛んだ。

 もぐもぐしながら、ふと自分の手を見た。
 怪我を治す、わたしの謎の手……。

 眉間にシワを寄せていると、アレンさんが「気にしないほうが良いですよ」と言った。スパイスの解説をし尽くして暇になったようだ。

「何の成分が出ているのかな、と思って」
「喜ばれることしかない。誰も傷つきません」
「そういうものですか?」
「私の風は、人を困らせることがあるでしょう?」
「ふふ。でも夏は良いのでは?」
「そう。重宝されるのは暑い日だけですね」
「これは怪我にだけ効くのでしょうか」
「いいえ、疲労にも効果テキメンですよ」

 彼があまりにもはっきりと答えたので、「知っていたのですか?」と尋ねた。
 すると彼は「はい」と頷いた。

「徐々に強くなってきていると思います」
「どうして分かるのですか?」
「あなたの手が触れていることが多いからですよ?」

 彼は自身の右肘をトントンと指で叩いた。

「あっ……」

 言われてみれば、どこへ行くにも彼につかまって歩いている。手から何か出ているのなら、彼が真っ先に気づくはずだった。

「おかげさまで、訓練で怪我をしても翌日には完治します」
「そうだったのですね。お役に立てていたのですねぇ」

 世界が違うと不思議なことが色々ある。
 しかし、幸いにも人に迷惑をかけるものではなかったし、一番お世話になっている人の役に立っていたので「まあいいか」と思うことにした。

「あとで川辺にミントを探しに行きませんか?」
「あっ、行きます」

 食後はアレンさんと自生のミントを摘みに行った。
 こちらではガムのようにそのまま葉っぱを噛む人が多い。特に男性はよくやっている気がする。ニンニクの臭い消しに皆でミントを噛み噛みし、余った分はミントティーにした。

 最後に撤収作業のタイムアタック訓練をやり、来た道を戻って帰宅すると、冬の避難訓練は無事に全行程が終了。

 しばふペーストと訓練のおかげで、気づけば気持ちもスッキリとしていた。
 デイキャンプのような一日は、期待していた以上に良い気分転換になったのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

処理中です...