昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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4[ミスト]

新たな任務 §1

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 隊長と特務師団長に連れられ、行き着いた場所は王宮だ。会議室に入ると、少し遅れて金髪に濃い緑の目をした王甥が入ってきた。
 昔の黒いカールにそっくりで一瞬ときめいた。黒いカールは私の初恋だ。

 王甥は部屋に入ってくるなり「お前に長期の任務だ」と偉そうに言った。
 私は挨拶もしていなければ名乗ってもおらず、王甥も自分が何者であるかを言わなかった。師団長から「王甥が来る」と聞いていなかったら、私は彼が誰なのかも知らないまま話を聞くことになっただろう。
 ときめいて損した。黒いカールに似ているのは顔と声だけだった。

 質問はあるかと聞かれたので、契約期間はどのくらいなのかと尋ねた。
「現時点で終わりは決まっていない。辞めたい事情ができたら相談しろ」
「では契約更新の期間が知——」
「少し調べたら、知り合いが結構いるようだ。職場環境としては悪くないはず。何か気になることがあれば、気軽に相談してもらいたい」

 呼びつけておいて挨拶もさせず、人の話を遮ったうえにこちらの質問はシカト……誰がそんな奴に「気軽に相談」をするだろうか。
「私の知り合いというのは、同僚ですか?」と尋ねた。
「明日、皆に紹介しよう。業務内容は護衛を含む要人補佐だ。当面は秘書の役割を担ってもらう」
「わかりました」
 私たちに任務を拒む権限はない。契約期間は師団長が確認してくれることになった。

 ☟

 翌朝、馬車に乗せられ、現場へ連れていかれた。
 検問を通過してからずいぶんと距離があり、その先に大きな屋敷がある。入り口の前で馬車から降ろされ、大きな扉を呆然と見上げた。
「これ……本当に貴族の屋敷?」
 今までの任務で見てきた貴族の屋敷とは、比べ物にならない規模の屋敷だった。

「ヨォ」と、後ろから男の声がした。
 振り返ると、メガネ岩が立っていた。久々の出オチである。
「知り合いってオーディンス様のことですか? というか、そのメガネをかけて私の背後に立つの、やめてもらえません?」
「普通に話せ。お前の敬語は怖い」と、彼は言った。
「優しくしているのに怖いはひどいな」
「はははっ」
 彼がメガネを外すと、いつもの王子様が出てきた。

「任務でここに?」と尋ねた。
「まあな。今日は非番だから、団長が来るまでの間、案内してやる」
「それはご親切にどうも」
「先に知り合いのところへ行こう」
「えっ、まだいるの? 誰?」
「行けばわかる」

 案内されたのは畑だった。
 な、なぜ畑に知り合いが? ……と思ったら本当にいた。長靴を履き、手袋をして、土だらけでノシノシ歩く男。
「おお、来たのか」と、私に手を振っている。
「ヘルマン!?」
「よぉよぉよぉ。ミストぉ、元気だったか?」
「元気だったかじゃないよ。どこの任務に行ったのかもわからないままで!」
 ヘルマンはずっと一緒に活動していたオッサン特務師だ。急に音信不通になってうわさすら聞かなくなり、心配していたところだ。

「何してるの? その格好は何?」
「現在の職業は、ここの庭師長だ」
「……あんたが土いじり? 意味がわからないんだけど」
 あり得ない。「死神」と呼ばれたオッサンが庭師をやっているなんて。
 頭がおかしくなったのかと思ったら、彼は「褒賞としてここに来た」と言った。
 褒賞で特務師以外の仕事をもらうなんて聞いたことがないけれど、おそらくほかにもそういう例はあるのだろう。皆、誰にも言わずに音信不通になって、そのままいなくなっているに違いない。

 ヘルマンと簡単な近況報告をした。彼の言葉が足りないところは、メガネが補足をしてくれた。
「これから時間はいくらでもある。またゆっくり話そうや」と、ヘルマンは言った。
 私はまだまだ話し足りなかったが、どうやら使用人同士が自由に話せる環境のようだ。

「師匠のような存在らしいな」と、メガネが言った。
「ヘルマンにはいろいろ教わった。師匠というより近所のおじさんに近いけど」と、私は答えた。
 ヘルマンは殺し専門の特務師であること以外は、ごく普通のおじさんだ。親切で、聞けばなんでも教えてくれた。

「彼は庭をいじりながらこの屋敷の主を護る庭番衆の長だ」と、メガネは言った。
「ここ、誰のお屋敷なの? 王宮区画の北側なのはわかったけど」
 私の素朴な質問に、彼はヒクリと顔を引きつらせた。
「まさかとは思うが、何も聞かされずに連れて来られたのか?」
「まあ、要人だとは聞いたけど」
「あの馬鹿野郎……昔の奴隷じゃないんだぞ」
 衝撃的だったらしく、彼は頭を抱えた。

「すごく一方的で、詳しいことを教えてくれなくて」
「金髪で空気読めなくて偉そうな王甥か?」と、彼が聞いてきた。ハイとは答えにくい質問だ。
「なにげにすごい不敬ぶちかましてるけど大丈夫?」
「奴は直属の上司で古い友人だ。彼は周りへの配慮がいつも少し足りない。もとい、猛烈に・・・足りない」
「木になったつもりで話を聞いたよ。あとで誰かに聞くしかないなーと思って」
「お前は大人だよな。俺はいつも仕事に支障がありすぎて『このクソヤロウ』と言ってしまう」
「前から思ってたんだけど、実はめちゃくちゃ口悪いよね」
「よく言われるが、これは遺伝だ」と、彼は親のせいにして笑っている。

「ここは、神薙が暮らすエムブラ宮殿だ」
 彼は立派な入り口を見上げながら言った。
「神薙……!? どうして私なんだろう。何かの間違いじゃない?」
 神薙はこの大陸の生き神だ。私の新しい任務は、要人警護ではなくて、神様警護だったのだ。

「間違いではない。女性の特務師を探していた。俺がお前を指名した」
「あの長期の仕事云々うんぬんって話は、私の意思確認だったってこと?」
「お前には俺の代わりを頼みたい」と、メガネは無茶なことを言った。
 天人族で侯爵嫡男の代わりなんて、ヒト族の私にできるわけがない。

 私が丁重に断ると、彼は自分の手の届かない場所があるため、私の協力が必要だと言う。いったいどんな場所なのかと思えば、神薙から「男子禁制」だと言われ、締め出された集まりがあるらしい。
 冗談半分で「女装」を提案してみたが、それもすでに検討済みだと言うから驚いた。
「結局、こんなに肩幅があってデカい女性はいない、という結論に至り……」
「ぶっ、はははははっ!」
「笑い事ではないぞ。神薙に危険が伴うかどうかの判断ができなくて困っている」
「わかった。やるやる。やります!」私はお腹を抱えながら了承した。

 私の任務は大きく三つ。
 まず、神薙が男を追い出した場所で何をしているのかを調べること。
 次に、騎士が入れない男子禁制の場での神薙警護。
 それと、侍女が不得意とする分野の手伝いだ。

「男子禁制の場には、ほぼ必ずヒト族の女がいる」と彼は言う。
「その人たちが妙な動きをしたら、制裁すればいいわけ?」と、私は確認した。
「制裁はするが、神薙の前で生命のあるものを傷つけるな。草も花もだ。規則上は武力行使が容認されるが、必要最小限に抑えろ。神薙から見えない場所でやれ」
「悪者は物陰でボコれ……って理解でいい?」
「ああ。得意だろう?」
「まあね、一応そっちの専門家なんで」
「ちなみに俺も得意だ」
「でしょうねぇ」
 私たちはニヤニヤと笑った。なんとなく、自分が選ばれた理由がわかってきたような気がする。

「守るというのは、物理的なことだけを言っているのではない。お前なら彼女の気持ちが理解できる。精神的な支えになれる」
 彼は少ししんみりとした顔で言った。
「……どういう意味?」
「お前が戦に何もかも奪われたように、彼女はこの国にすべてを奪われた」
 私は首をかしげた。「生き神様は何不自由なく暮らしているんじゃないの?」
「彼女に限っては、合意の降臨ではない。別の世界から拉致されてここに来た。人生を台無しにされたうえに、ここで生きていく条件として、一妻多夫制による天人族との結婚を強要されている。これ以上傷つけたくない」
「そ、それって……」
 直感的に国家機密だとわかった。
 私も含め、王国の民は子どものうちから「この国が神に選ばれた場所だ」と教わる。それを根本から覆すような話だ。

「お前に話せるのはこれが限界だ。これでも少々マズいというか、完全にしゃべりすぎている。この話は副団長以上しか知らないが、お前には知っておいてほしい」
「激ヤバな話をどうも……」
 抑えようとしても顔が引きつった。
「彼女の周りは、彼女の微笑みの重みがわかる者で固めておきたい」
「了解……」
 私は歯を食いしばり、数回うなずいて、もう一度「了解」と答えた。

 ほかにもヤバい話があった。
 神薙の感情は大陸の自然とつながりがある。私はそれを子ども向けの簡単な物語として読んだことがあった。神薙が涙を流せば雨が降る、と。
 彼の話では、激怒すれば落雷で人が死ぬらしい。先代の神薙の時代に落雷被害が多かったのは、神薙の怒りが原因だと言うのだ。

 後からメガネの話を反芻はんすうした。
「微笑みの重み、か……」
 拉致された挙げ句、結婚を強要され、感情の自由まで奪われているなんて……。私だったら、そんな状況で笑っていられるだろうか。
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