昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

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 わたしはストールで口元を隠してションボリしていた。
 ヴィルさんの生家が見たいなんて不純な動機で来てしまったことを後悔していた。
 来てみたら呪われたお屋敷だし、陰謀めいた話も怖い。
 王国の歴史や近代史がちっとも頭に入っていないせいで、話を理解するにも時間がかかる。平和ボケ国家出身が一人、場違いで浮いているのだ。

「王宮へ絵と呪符をお持ちになるなら、大きな布などに包むだけで安全に持って行けるでしょう。リア様が『解呪』をしてくださいましたから。ね?」
 先生がこちらを見てニコニコと微笑んでいる。

 ――はい?

 首をかしげていると、ヴィルさんが「どうした?」と言った。
「解呪って?」
「叔父上の言うとおり、リアに来てもらって良かったよ」
「ん?」
「俺の婚約者はいつの間にこんな優秀な解呪師になっていたのだろう。本当に誇らしいよ」
「……え?」
「うん?」
「解呪師?」
「そう」
「誰がですか?」
「ちょっと待て、なんか話がみ合わないな」
「えーと?」
「まさか、わからずにやったのか? そういえば、妙に怖がっていたな」

 妙に怖がっていたな(眉毛キリッ)ではなくてですね……。
 ヴィルさん、肝試しツアーを思い出してみてください。
「俺がそばにいる」と言っておきながら、あなたはちっともそばにいてくれませんでした。
「むぉ、この絵は無事かっ、むむぅ」なんて言いながら、一人で進んでいってしまって。
 慌てて後を追って行けば、その先でまた絵がガタガタ動き、真っ黒なカスがバッサァと落ちて、きゃーっ! 怖っ、いやクッサァァァー! となって。
 怖いクサイの二重苦で声も出なくなり、ずっとアレンさんにしがみついていた(大胸筋と上腕二頭筋で怖さを軽減しつつ、彼のいいニオイでクサイのをごまかしていた)のですよ? 彼がいなかったら、鼻が曲がって窒息して死んでいたかも知れないのですよっ。

「オバケが出るとは聞いていなかったものですから、とっても怖くて。ヴィルさんはわたしを置いてどんどん先に行ってしまうし」
 ジロッ。
 彼に対して文句は絶対に言うまいと決めていたけれど、今日ばかりは言ってしまった。
 わかってください、ヴィルさん。たった今も、わたしは抱き締めてほしいのですよ。
「あ、いや、てっきり俺はリアが解呪をしてくれているのだとばかり。しかし、オバケとは……?」
 彼は急にオロオロし始めた。
 それをフォローするように「魔法を使ったのではないのですか?」と先生が聞いてきたので、ふるふると首を振った。自分が呪物に遭遇するとは夢にも思っていなかったため、解呪の魔法はテキストすら読んでいない。

「そういえば、まだ護符や呪符についてのご説明もしていませんでしたよね。後日詳しく解説しましょう」と先生は言った。
 どういうわけか、さっきまでの重苦しい雰囲気とは打って変わり、先生は妙に嬉々ききとしている。
「どうやら今日はもう一つ大きな発見をしたようです」
「そうなのですか?」
「リア様には魔力のほかにも何らかの力があると以前お話ししましたが、やはり私は正しかったのです。その力は、何年も持続するほど強力な呪符の呪いを、近づくだけで破ってしまう解呪の力でした。それが今日、ここで証明されたのです」
 先生の周りにキラキラとお花が舞った(※あくまでも、わたしのイメージです)

「リア、すまなかった」と、ヴィルさんが言った。
「ポルト・デリングでは、リアから漏れ出した魔力で解呪されたのかと思っていたし、そもそも君は詠唱もしないから、てっきり魔法で解呪してくれたのだと思い込んでいた」
 ヴィルさんは早口で言うと申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「え? ポルト・デリング?」
 彼らはわたしを混乱させる天才だ。もう何がなんだか話がまったくわからない。

 ポルト・デリングでわたしがしたことと言えば、遊覧船観光と海の幸グルメの爆食い、それから夜景が見えるオシャレなバーでアレンさんと爆笑していたぐらいだ。
 お酒が得意ではないのに調子に乗って飲みすぎてしまい、帰りのエレベーターで壁と間違えてアレンさんに寄りかかった。しかも、廊下に置いてあった像にぶつかってぺこぺこ謝りもしたし、従業員用のエレベーターに突撃しそうにもなったらしい。
 部屋に戻ってからはリビングのソファーで寝落ちして、ベッドまで運んでいただくダメっぷり(しかも、自分では自力で戻って寝たと勘違い)
 そのせいでアレンさんが「俺のいない場所でお酒を飲むのは禁止」「カクテルは二杯まで」と新しいリア様ルールを作ったくらいだ。
 税金で何やってんだよ、と苦情が来そうな話である。

 その税金泥棒が、何かを『解呪』したことになっている……?

「今のリア様は魔力操作を覚え、以前のような魔力漏れもありません。それでも解呪がなされたということは、魔力以外にも解呪できる力を持っているということです」
 先生がうれしそうに言った。
「つまり、わたしが気づかぬうちに呪いのオバケを退治した、と?」
 混乱する頭を抱えていると、背中にアレンさんの手が触れた。
「リア様、あれは呪いのオバケではありません」
「えっ?」
 アレンさんの言葉で頭がでんぐり返しをした。
「呪いのオバケではない」と言われると「どうして絵が揺れたの?」というところまで話が戻ってしまう。わたしは入り口から迷子になっているということだ。

「『呪』に相反する魔法属性はわかりますか?」
「『聖の一部』だと習いました。全部ではないと」
「良くできました。相反する属性を持った魔法同士がぶつかると、時折、物理的な力を発生させることがあります」
「ほむ?」
「ぶつかった魔力が大きいほど反発も大きくなるので、発生する物理的な力も大きくなります」
 くまんつ様が慌てた様子で「おい、女性に魔法物理の話なんかするな」と制止した。
「リア様なら理解できます。おそらく、これが怖がっていた原因です。この世界の基礎的な魔法物理を知らない前提で、さっきの絵に起きたことを考えてみてください。超常現象の類に見えます。呪符が貼られた絵がなぜ揺れるのか、そこから説明しなければ、異世界から来たリア様にはわからないのです」
「そういうことか……」
 くまんつ様も納得した様子だった。

「なぜ魔力漏れをしていないリア様から聖属性の力が出ていたのか。これについては専門外なので割愛しますね?」
「はい」
「呪殺に対してリア様の解呪の力がぶつかりました。呪符は解呪の力を押しのけようと抵抗します。その反発作用により、貼り付けられていた額縁が一緒に揺れたのです。しかし、すぐにリア様の力がそれを押さえ込みました」
 アレンさんは左の拳を絵に例えてユラユラと揺らして見せ、わたしの力に見立てた右の手の平でそれをパクっと包み込んだ。
「腕相撲に少し似ています」
「力比べなのですか?」
「そう。魔法も押し合うのです。解呪の力が弱ければ完全にねじ伏せることはできません。術者がその場から離れるなどして力を抜いた瞬間、呪符は力を盛り返します」
「ほむほむ」
「しかし、リア様の力は強かったため、呪符は効力を失い、自らを燃やして消滅しました。額縁の裏に貼られていましたから、燃え尽きたものは粘着力を失います。自重を支えきれなくなってバサッと落下したわけです」
「それじゃあ、オバケの正体って」
「ん。そういう意味だと、リア様もオバケの一部だったということになりますね?」
「そんなぁ。怖がって損してしまいました~」
「ふふふ」

 全身の力が一気に抜けた。
 最初の絵が揺れて以来、ガチガチに身体をこわばらせていたのは無駄だった。
 ショボンと肩を落としていると、アレンさんが頭をヨシヨシしてくれた。

 ポルト・デリングでも同じようなことがあったらしい。
 わたしが直前までうたた寝をしていたソファーの近くで、ヴィルさんの持ち帰った呪符が真っ黒になったとか。その時は「魔力漏れ」のせいだと考えていたものの、間取りを思い出してみると、そのソファーとわたしの寝室は壁を隔てて近い距離にあったそうだ。

「今日はおびえたリア様が抱きついてきてくれたので、私はだいぶ得をしました。騎士冥利に尽きますね」
 彼がイタズラっぽく言うと、くまんつ様が笑いながら「お前、わざと黙っていただろう」と言って小さなクッションを投げた。
 アレンさんは笑いながらそれをキャッチして「また絵に当たったらどうするのですか」と言った。
「絵に当てたのは俺ではない。ここの家の息子だ」
「では、クリス先輩が捕りそこねたのですね」
 アレンさんがニヤリとすると、執事さんがそれを否定した。
「いいえ、オーディンス様、坊ちゃまが下手くそなだけです」
 教育係ゆえの剛速球だ。
 ヴィルさんが子どもの頃、魔法も球技も狙った場所に行かなくてアッチコッチを壊し、執事さんが何度もおわびに出向いたらしい。
 幼少期の黒歴史が暴露される中、ヴィルさんは頰杖をついて楽しそうに笑っていた。

 ☟

 くまんつ様は大きな布を広げると、問題の絵を一枚ずつ丁寧に包んだ。
 ヴィルさんと先生は焼け焦げた呪符を拾い集め、それぞれ別の袋に入れている。
 執事さんはランドルフ家の授受台帳から必要な部分だけを抜粋して写しを作り、それをヴィルさんに託した。
 二人は必要なものを荷馬車に積み込んで王宮へ戻り、わたしはアレンさんと街で少しお買い物をしてから帰宅した。

 わたしがヴィルさんのお父様とお会いすることになったのは、その翌週のことだった。
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