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[リア]
ソルティードッグ §4
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「どうしました? なにか欲しいものがあるのですか?」と、アレンさんがのぞき込んできた。
「ここでの生活も落ち着いてきたので、そろそろワンちゃんをお迎えしたいと思っていまして」
「ほう、犬ですか。いいですね」
ヴィルさんが「犬? そんなものでいいのか?」と言った。
「鼻筋が通っていて耳が立っている子がいいですねぇ」
「むぅ、それは狼に近い犬種だな?」
「わたしの国では天然記念物でした」
「それは探すのに少し苦労するぞ。しかし望むところだ。覚えておくよ」
「わぁ♪」
寝不足状態でわたしと密室に二人きりでいると「いろいろと爆発する」とヴィルさんが言うので、馬車の窓を全開にしてアレンさんにも乗ってもらった。
青果市場までの道中、アレンさんがポピュラーな犬種をいくつか教えてくれたけれど、タレ耳のワンちゃんが主流で、耳がピンと立っている犬種は少ないらしい。
ずっと柴犬と一緒に暮らしてきたので、もし似た子がいたら我が家にお迎えしようと思っている。
すでにペット用品のお店は場所を確認済みだし、商品のラインナップもチェック済み。犬の飼育に慣れているので、保護犬を優先して探してもらうことにした。
「むふふ……。早くモフモフしたいです」
「犬はどこに住まわせるつもりだ?」と、ヴィルさんに聞かれた。
「わたしのお部屋にワンちゃんの小部屋を作ってあげる感じかと」
「お……俺よりも近いのか……」
婚約者がワケのわからないことでヘコんでいる。
「近いと言っても、ワンちゃんですからね?」
「そうだよな、犬だよな……」
「ヴィルさん、今日はゆっくり寝てくださいね? 睡眠不足だと考えがあらぬほうへ行きがちですから」
「そうだな。俺が犬に負けるわけがないよな。愛の深さが違う」
うん……愛? ヴィルさん、大丈夫だろうか。目の下のクマが青から黒に変わりつつあるから心配だ。
「しかしな、犬の奴はリアに絶対服従だろう? 奴らはかわいさを武器に何をしでかすかわからない。尾を振って腹を出すものだから誰も逆らえないだろう? 絶対服従に見せかけた影の支配者だ。恐ろしい敵だぞ」
犬とエイリアンを間違えていないだろうか……。
彼は若干焦点のズレたネガティブ思考に陥っていた。早急にグレフル問題を解決して十分な睡眠を取っていただかなくては、なんだか危なっかしい。
ブツブツ言っている彼を見ながら、アレンさんは笑いを噛み殺している。
「団長……」と、彼が声をかけると、ヴィルさんはビクッと反応した。
「んぉ。ビックリした。今一瞬、記憶が飛んでいた」と彼は言う。
「起きました? リア様の言うとおり、ちゃんと寝たほうがいいですよ」
「何か変なことを言っていたか?」
「犬が影の支配者だと」
「あ……ヤバいな、俺」と、ヴィルさんは言った。
「もうしゃべらなくていいので、移動中は仮眠をとってください」と、アレンさんから注意されている。
彼はそのままカクッと頭を落として寝てしまった。
どうやら、気絶していてもまるで何事もないように振る舞えるらしい(言っていることは変だけど)
青果市場に着き、柑橘類の大安売りをしているお店にヴィルさんを案内すると、わたしはオレンジを箱で購入した。
せっかくお安く手に入るのだから、マーマレードを作らない手はない。さらにそれを使って、照り照りした豚の角煮を作るのだ。むっふふふ。
わたしがアレンさんと豚角煮トークでキャピキャピしている間、ヴィルさんは積み上がった箱を確認し、店主に声をかけて話を聞いていた。
帰りの馬車の中で「彼が世間知らずなわけではないのです」と、アレンさんは言った。
ヴィルさんは乗った瞬間から寝落ちしている。
「彼は高い場所から全体を俯瞰することが得意です。むしろ我々はそういうことしか学ぶ機会がなく、領地全体や特定の地域、区画、そういう単位で物事を見ろと教わります」
「皆さん領主様になるのですものね」と言うと、彼はうなずいた。
「民の日々の生活に焦点を当てて考えることは少なく、野菜や果物の値段や流通量は、どこかから情報をもらって判断をするのが普通です」
「青果市場になんて行かない……?」と尋ねると、彼はうなずいた。
「あなたが最初に興味を持ったときは驚きました。しかし、反対せず一緒に行っておいて良かったです」
「そ、そうですか?」
「あらゆる点において。私はもともと庶民の飲食店を巡るのは好きでしたが、原材料の価格や、民が使う食器のことまでは考えませんでした。厨房は生涯無縁の場所だとも思っていました。知らないことを知る楽しみを感じます。それが貴族の常識でなかったとしても、自分の視野が確実に広がっている実感があります」
「お役に立てていれば良いのですが……」
「人生が平凡で退屈だった理由が少しずつわかってきました」と、彼は少し目を伏せた。
「退屈だったのですか?」
「あなたが来てからは楽しいですし、充実しています」
「それなら良かったです」
「またお出かけしましょうね?」と、彼はにこりと微笑む。
わたしたちは次のお出かけ先候補を考えながら屋敷へ戻った。
それからしばらく経ち、男子が『豚のカックニー』にハマるのとほぼ同時期に、ポルト・デリングのグレフル問題は解決したのだった。
これを機に、ヴィルさんは「自分の目で見るにかぎる」と言って、わたしと一緒にあちこちの市場へ足を運ぶようになった。
そこで、思いがけない出会いが待っていた――
――――――――――――――
※noteのメンバーシップ限定で、この後に幕間エピソード「王宮花まつり」を公開しています。
「ここでの生活も落ち着いてきたので、そろそろワンちゃんをお迎えしたいと思っていまして」
「ほう、犬ですか。いいですね」
ヴィルさんが「犬? そんなものでいいのか?」と言った。
「鼻筋が通っていて耳が立っている子がいいですねぇ」
「むぅ、それは狼に近い犬種だな?」
「わたしの国では天然記念物でした」
「それは探すのに少し苦労するぞ。しかし望むところだ。覚えておくよ」
「わぁ♪」
寝不足状態でわたしと密室に二人きりでいると「いろいろと爆発する」とヴィルさんが言うので、馬車の窓を全開にしてアレンさんにも乗ってもらった。
青果市場までの道中、アレンさんがポピュラーな犬種をいくつか教えてくれたけれど、タレ耳のワンちゃんが主流で、耳がピンと立っている犬種は少ないらしい。
ずっと柴犬と一緒に暮らしてきたので、もし似た子がいたら我が家にお迎えしようと思っている。
すでにペット用品のお店は場所を確認済みだし、商品のラインナップもチェック済み。犬の飼育に慣れているので、保護犬を優先して探してもらうことにした。
「むふふ……。早くモフモフしたいです」
「犬はどこに住まわせるつもりだ?」と、ヴィルさんに聞かれた。
「わたしのお部屋にワンちゃんの小部屋を作ってあげる感じかと」
「お……俺よりも近いのか……」
婚約者がワケのわからないことでヘコんでいる。
「近いと言っても、ワンちゃんですからね?」
「そうだよな、犬だよな……」
「ヴィルさん、今日はゆっくり寝てくださいね? 睡眠不足だと考えがあらぬほうへ行きがちですから」
「そうだな。俺が犬に負けるわけがないよな。愛の深さが違う」
うん……愛? ヴィルさん、大丈夫だろうか。目の下のクマが青から黒に変わりつつあるから心配だ。
「しかしな、犬の奴はリアに絶対服従だろう? 奴らはかわいさを武器に何をしでかすかわからない。尾を振って腹を出すものだから誰も逆らえないだろう? 絶対服従に見せかけた影の支配者だ。恐ろしい敵だぞ」
犬とエイリアンを間違えていないだろうか……。
彼は若干焦点のズレたネガティブ思考に陥っていた。早急にグレフル問題を解決して十分な睡眠を取っていただかなくては、なんだか危なっかしい。
ブツブツ言っている彼を見ながら、アレンさんは笑いを噛み殺している。
「団長……」と、彼が声をかけると、ヴィルさんはビクッと反応した。
「んぉ。ビックリした。今一瞬、記憶が飛んでいた」と彼は言う。
「起きました? リア様の言うとおり、ちゃんと寝たほうがいいですよ」
「何か変なことを言っていたか?」
「犬が影の支配者だと」
「あ……ヤバいな、俺」と、ヴィルさんは言った。
「もうしゃべらなくていいので、移動中は仮眠をとってください」と、アレンさんから注意されている。
彼はそのままカクッと頭を落として寝てしまった。
どうやら、気絶していてもまるで何事もないように振る舞えるらしい(言っていることは変だけど)
青果市場に着き、柑橘類の大安売りをしているお店にヴィルさんを案内すると、わたしはオレンジを箱で購入した。
せっかくお安く手に入るのだから、マーマレードを作らない手はない。さらにそれを使って、照り照りした豚の角煮を作るのだ。むっふふふ。
わたしがアレンさんと豚角煮トークでキャピキャピしている間、ヴィルさんは積み上がった箱を確認し、店主に声をかけて話を聞いていた。
帰りの馬車の中で「彼が世間知らずなわけではないのです」と、アレンさんは言った。
ヴィルさんは乗った瞬間から寝落ちしている。
「彼は高い場所から全体を俯瞰することが得意です。むしろ我々はそういうことしか学ぶ機会がなく、領地全体や特定の地域、区画、そういう単位で物事を見ろと教わります」
「皆さん領主様になるのですものね」と言うと、彼はうなずいた。
「民の日々の生活に焦点を当てて考えることは少なく、野菜や果物の値段や流通量は、どこかから情報をもらって判断をするのが普通です」
「青果市場になんて行かない……?」と尋ねると、彼はうなずいた。
「あなたが最初に興味を持ったときは驚きました。しかし、反対せず一緒に行っておいて良かったです」
「そ、そうですか?」
「あらゆる点において。私はもともと庶民の飲食店を巡るのは好きでしたが、原材料の価格や、民が使う食器のことまでは考えませんでした。厨房は生涯無縁の場所だとも思っていました。知らないことを知る楽しみを感じます。それが貴族の常識でなかったとしても、自分の視野が確実に広がっている実感があります」
「お役に立てていれば良いのですが……」
「人生が平凡で退屈だった理由が少しずつわかってきました」と、彼は少し目を伏せた。
「退屈だったのですか?」
「あなたが来てからは楽しいですし、充実しています」
「それなら良かったです」
「またお出かけしましょうね?」と、彼はにこりと微笑む。
わたしたちは次のお出かけ先候補を考えながら屋敷へ戻った。
それからしばらく経ち、男子が『豚のカックニー』にハマるのとほぼ同時期に、ポルト・デリングのグレフル問題は解決したのだった。
これを機に、ヴィルさんは「自分の目で見るにかぎる」と言って、わたしと一緒にあちこちの市場へ足を運ぶようになった。
そこで、思いがけない出会いが待っていた――
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