昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

神薙の家 §2

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 最初に馬車から降りてきたのは、いつも陽気なニッコリさんだ。
「お待たせしました」と、彼は輝くような笑顔を浮かべて敬礼をした。
 車内では、子どもたちが我先にと降りようとしている。

「こらー! ちっちゃい子と淑女が優先だろ。紳士と騎士は最後まで我慢するものだぞっ!」
 女子を押しのけて出ようとしていたテオとショーンが、ニッコリさんに𠮟られている。慌てて小さな子たちに順番を譲り、すごすごと後ろに下がる二人。その様子に、出迎えた皆がくすくす笑った。
 ニッコリさんは一人ずつ抱きかかえ、丁寧に馬車から降ろしてくれた。

 馬車を降りるなり、ディーンが飛びついてきた。
「リアお姉ちゃん!」
「ディーン、元気だった?」
「うんっ! 昨日ね、お手本見ながら名前を書いたよ」

 隣では、ロリーがアレンさんに駆け寄っていた。
「あのねぇアレン、さっきねぇ、馬車がねー、すごくいっぱいでねぇ、ヒゲのオジサンがアメをくれたの」
 マイペースに話すロリーを見て、アレンさんが噴き出した。ロリーは最初から彼のことがお気に入りだ。

「聞いてる? ねえ、アレン聞いてるー?」
「聞いていますよ。あのヒゲのオジサンが、どんなアメをくれたのですか?」
「えっとねぇ……りんご? いちご? あれ? 赤いのはどっち?」
 彼は笑いながらロリーを抱き上げ「困りましたね。どちらも赤いですよ」と答えた。
 二人のやり取りを見ていたメイドたちは、たまらず笑い声をあげた。

 前に会った時より、皆、元気そうだ。抱きついてくるディーンの腕にも力がある。
 サナは黄色の花柄ワンピースを着ていた。出会った翌日に、わたしが街で選んだものだ。その隣のエッラは、色違いのブルーの花柄ワンピース。二人でおそろいにしようと決めていたらしく、顔を見合わせて笑っている姿が、なんとも微笑ましい。

 一方で、テオとショーンは屋敷を見上げていた。
「リア姉ちゃんの家って、これ……?」と、テオは屋敷を指さした。
「わかるわ。その反応」と心の中で返事をした。なぜなら、わたしが初めてここに来た時も、彼と同じリアクションをしたからだ。

「知り合いから借りている家なの。庭が広くて、遊ぶにはぴったりでしょう?」
「遊んでいいの? 騎士様ごっこもしていい?」とショーン。
「もちろん。走り回っていいのよ」
「やったぁー!」

 ふとテオの足元を見ると、アレンさんが選んでくれたキャンバス地のスリップ・オン・シューズを履いていた。
 出会った時の壊れたサンダルを思うと、きれいな靴を見ただけで胸の奥がじんわりと温かくなった。

 最後にゆっくりと馬車を降りて来たのは、くまんつ様だ。
 彼とは告白のあとも何度か顔を合わせており、多少の照れはあるけれど、以前と変わらぬ関係を続けている。

「どうだった?」ヴィルさんが尋ねると、くまんつ様はニッと歯を見せた。
「にぎやかだったぞ。サナ以外は大型馬車が初めてらしくてな。大はしゃぎだった」
「俺らも遠足で乗ったっけな」
「昔よりも乗り心地がいいぞ」
「アレンが注文をつけたせいじゃないか? なあ、あの馬車、なんて言ったっけ?」

「サムフェルドの上位車種、プレスタンですよ」
 アレンさんはロリーとハイタッチをしながら答えた。
 見た目は公共の馬車と同じでも、衝撃を吸収するバネ板の構造が違うらしい。
「ほらな。ちょっと良い車を頼んでいる。彼は乗り物にうるさいんだよ」と言うと、ヴィルさんはくすくす笑った。
「てっきり俺はこの『アラニス』というのが車種名だと思っていた」と、くまんつ様は馬車のボディーに付いているロゴを指さしている。
「それは車を貸し出している会社ですよ」
 アレンさんはあきれ顔で言うと、ロリーに向かってクイズを出した。

「あれはなーんだ?」
 ロリーは馬車を指さして「ぷれすたん!」と答えた。
「正解。では、この人はだーれだ?」
「リアお姉ちゃん!」
「じゃあ俺は?」
「アレン!」

「じゃあ、あれは?」
「ヒゲのオジサーン!」
「あっちは?」
「金色のオジサーン!」

 くまんつ様とヴィルさんが同時に「お兄さん・・・・だぞ」とツッコミを入れ、周囲は笑いの渦に包まれた。

 ☟

「それでは皆さん、お庭の探検に出発しましょう! 途中で宝探しゲームとおやつもありますよー!」
 保育士の資格を持つメイドさんが、手作りの旗を高々と掲げた。白い布にぽけーっと口を開けた愛らしいムツゴロウが描かれている。
 絵は巨匠「くまんつ画伯」の手によるものだ。
 いつも人類の腹筋を崩壊させるような面白画を描く彼が「魚類は得意だ」と言って、真面目に描いてくれた。その出来があまりに良かったため『神薙の家』のマスコットをムツゴロウにしよう、という案まで出ているほどだ。

 初日のエムブラ宮殿ツアーは、子どもたちが喜びそうなコースを回る計画だった。
 お馬さんやネコさんと触れ合い、庭師と一緒に果物を収穫して、ちびっ子広場に立ち寄る。その道中には宝箱が隠されていて、見つけるたびに次の場所のヒントがもらえる。
 最後にお茶会のテーブルで宝箱を開けると、中からお菓子が出てくるという、楽しくて美味しい歓迎イベントだ。

 皆が新しい環境に少しでも早くなじめるように、心を込めて準備したものだったけれど――企画段階で心配していたことが、やはり起きてしまった。
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