昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

貴族の婚約 §2

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 オポンチンさんは外套がいとうを着たままだった。
 室内でもマントを着けているのは、日本の令嬢系少女マンガに出てくるヒーローだけだ。そもそも防寒着とホコリよけを兼ねたアウターなので、正装でないかぎり室内では脱ぐのがマナーだった。
 わたしたちも建物に入ったタイミングで脱ぎ、従者か本人が手に持って移動してボールルーム前のクロークに預けている。

 舞踏会は文化的活動であると同時にスポーツイベントに近い。前半、本気で踊っていた殿方は上着やベストも脱いでドレッシーなシャツ一枚になっている人が多かった。女性も肩が出るドレスを着た人が圧倒的多数……舞踏会後半にもなれば会場全体が薄着だ。その中で、オポンチンさんだけがモッサリと着込んで浮いていた。
 まさか彼は、外套がいとうを「ババッ!」とやりたいがために、わざわざ着たまま入ってきたのだろうか……?

 そもそもなぜ婚約者と、おそらく浮気相手であろう別の女性が鉢合わせをするのだろう。
 それぞれ別のパートナーと来ていて偶然出くわしてしまったのならわかるけれど、彼は婚約者を伴って入場し、そのあと浮気相手を連れて再入場しているのだ。なぜわざわざ修羅場を作るような真似を??

「わたくしが何をしたと仰るのですか。こんな場所で……あまりにもひどい仕打ちですわ」
 エルデン伯令嬢は屈辱に顔をゆがませていた。唇がワナワナと震えている。
 彼女も相当な「やらかし系女子」ではあるけれど、毒親の影響を多分に受けているため、単体でのスペックは謎のヴェールに包まれている。ただ、この状況でニヤニヤ笑っている浮気相手よりはマシな気がする。

 オポンチンさんは額に手を当て、目を伏せた。
「お前には悪いと思う。しかし、私は真実の愛を見つけてしまったのだ!」

 ――で、出たー! 真実の愛!
 オポンチンさん、あなたの愛読書は少女漫画かラノベですか? その言葉は現実世界では禁句中の禁句。「愛とは何か」がわかっていない人しか使わない表現ですよ!?

 そもそも見返りを求めない偽りなき深い情を「愛」と呼ぶ。その条件を満たせなくなったら、それはすでに愛情ではなく、ただの「おなさけ」だ。
 愛に表裏や真偽を作ってしまっている時点で、愛を知らない人だと宣伝しているようなものなのに……。
 大衆の面前で一方的に婚約破棄を言い渡すオポンチンさんには、その「お情け」すらないように思えた。お胸を押しつけられて鼻の下を伸ばしている彼は、愛と性欲の区別がついているのかすらも怪しい。
 ――というか、国王が承認した婚約なのに、こんなに危ういものでいいのかしら……?

 なんだか切なくなってきてヴィルさんを見上げた。
 すると彼は小声で「俺の真実の愛は北の庭園にあったよ」と言って、額に小さなキスをしてくれた。
「来年は一緒に白花を見よう。再来年も、その先もずっとだ」
 わたしをげっ歯類ハムスターと間違えているかと思いきや、急にこういうことを言うからズルイ人だ。うなずいて彼にもたれると、ぎゅっと抱き締められた。

「政略結婚なのですから、初めから愛などないのは当たり前ではありませんか」と、エルデン伯令嬢は言った。
「それでもどうにか折り合いをつけてゆくものでしょう? 家同士の契約を簡単にたがえることはできませんわ」

 わたしの知っているエルデン伯令嬢は、常に金切り声で倒錯的な主張をしている人だった。けれど、目の前にいる彼女は文句のつけどころがないほど正しいことを言っている。
 驚いてヴィルさんを見上げると、彼も目を丸くしていた。この短期間に何があったの、エルデン伯令嬢……。

 政略結婚は当主同士が契約書を交わしており、土地の売買やお金の貸借など様々な取り決めがされている。
 それを聞くと「結婚ってなんなの?」とも思えるけれど、政略結婚だからと言って永遠にギスギスしている夫婦は少ないそうだ。
 始まりはどうであれ、愛を育む人たちはいる。お互い公認の恋人(愛人)を持ち、四人で幸せに暮らすケースもあると聞いた。エルデン伯令嬢の言うとおり、皆どうにか折り合いをつけて生きているのだ。

 しかし、オポンチンさんはそれを鼻で笑った。
「家同士の契約だと? 謀反を疑われた不名誉な伯家が、後ろ盾になって欲しいと金を積んできたくだらない契約のことか? 神薙様に不敬を働いたお前が元凶だろう。名誉回復に手を貸せとは図々しい! あいにくだが我が家は金に困っていない」

 会場がざわついた。
 貴族にとって、家の名誉は何よりも優先される重要事項だ。その手の契約書には「契約内容は他言しないこと」という一文が入っているはず。仮に書いていなかったとしても、サインした以上は他言しないのが常識だろう。
 そもそもこの人は、なぜこんな場所で婚約破棄の話をしているのかしら……舞踏会会場を地獄にする意味、あります? 家とかカフェとか公園とか、話すのに適した場所はいくらでもあるでしょうに……。

「……!」
 その時だった。わたしの脳裏に一つの仮説が浮かび上がったのだ。
「これはもしや、二人が示し合わせて演じている・・・・・のでは……?」と。

 オルランディアの恋愛小説で猛威を振るっている婚約破棄物語を思い出した。
 ヒロインが婚約破棄を受け入れた途端、もっとハイスペックなニューヒーローが舞い降りるのだ。
「それならば私と結婚してください! ずっと貴女をお慕いしていました!」
 衆人環視の中で繰り出される電撃プロポーズ。そこからすったもんだしながら幸せになる二人のハッピーエンド――これがテンプレと言っても過言ではない王道の展開だ。

 目の前の状況を当てはめると、エルデン伯令嬢とオポンチンさんには「結婚したい相手がそれぞれ別にいる」ということに……。
 つまり、これはエルデン伯令嬢のお相手を公に登場させ、四人の恋をハッピーエンドに持っていくために仕組まれた「お貴族様劇場」なのではないかしら!

 だからここで派手にやらかす必要があったのですね!?
 それならば応援させていただかなくては……。好きな人と一緒になれるのなら、それが一番ですもの。がんばってください、エルデン伯令嬢!
 わたしはキュッとこぶしを握りしめた。

「社交界でお前の評判は最悪だ! よくも神薙様のいらっしゃる舞踏会に来られたな!」
「オポンチン様が『絶対に来い』と仰るから来ただけですわ」
「ああ言えばこう言う。口の減らない女だ!」
「わたくしは事実をお話ししているだけですわ」
 オポンチンさんの侮辱にエルデン伯令嬢は震えながら耐えている。迫真の演技だ。

 浮気相手の女性が意地の悪そうな顔でしゃしゃり出た。豊満なお胸を前へ突き出し、オポンチンさんにグイと押しつけ、その谷間を観客に見せつける。

「ロフ、そんなにイレーネさんを責めないであげて。だってこのヒトってば、チョ~~可哀想な人なんでしょ? 優しくしてあげなきゃダメよ。うふふふふっ」

「うぉっふ……!」
 ヴィルさんとアレンさんが一瞬のけぞり、ニッコリさんが「うわっちゃー、キョーレツ」とつぶやいた。
 水を打ったように静かだった会場が大きくざわつく。まるで眠っていた巨大生物が突如動き出したかのようだ。
「どこの令嬢だ?」ヒソヒソと話す声がそこかしこから聞こえてきた。

 演者の三人は本気だ。浮気相手さんも、この日のために念入りに役を作り込んだのだろう。
 お上品な貴族か騎士様しかいないこの会場で、タメ口での会話はとても下品に聞こえるものだ。婚約者がいる男性を奪っておきながら、申し訳なさそうなそぶりも一切なし。清々しいほどの悪役ぶりだった。
 なんという恐ろしい子っ……彼女は天才だわ!

「クレア、君は優しすぎるッ!」オポンチンさんは浮気相手を抱き寄せた。
 なんというテンプレ的展開だろう。
 彼も振り切った悪役に徹しており、浮気相手を制止するどころか賞賛している。
「どこが優しいんだよ、どこが!」とツッコミたくなるオバカな婚約者を演じさせたら、彼は世界一だ。

「お前に比べてこのクレアは平民だが奥ゆかしく、次期侯爵である私の妻にふさわしい! すでに父にも話は通してある!」
 オポンチンさんに褒められたクレアさんは、勝ち誇った顔で「フン」と鼻を鳴らした。とても素人とは思えない演技力。もしかしたら、このためだけに雇われたプロの女優さんかもしれない。

 会場を見回すと、ほとんどの人がオポンチンさんの言う「奥ゆかしい」に異論がありそうだった。
「どうして招待もされていない平民が舞踏会に?」
「侯爵家に平民の妻ですって」
「それでは示しがつきませんわ」
 半ば悲鳴に近い淑女のささやきが聞こえる。

 しかし、悪役が悪ければ悪いほど、ニューヒーローの良さが際立つことになる。
 すべてはこれから現れるヒーローのハイスペックさを引き立たせるためのギャップ作り。これは計算された台本なのだ。

「承知いたしました……。侯爵様が同意されているのであれば、婚約破棄を受け入れざるを得ませんわ」
 エルデン伯令嬢は唇をみしめて深々とお辞儀をすると一歩退いた。彼女の顔に浮かぶのは絶望だった。

 わたしは心の中で両のこぶしを天に向け、ガッツポーズをしていた。
 迫真の演技でしたわ、エルデン伯令嬢。ただの令嬢にしておくのはもったいない。まさかあなたに、こんなにも素晴らしい才能があったなんて……ブラボー! ブラボーですわっ!

 さあ、ついに時は満ちた。
 いでよ、ハイスぺック・ブランニュー・ヒーロー様! どなたか存じませんが出番ですわっ♪
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