昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
296 / 392
[リア]

そんな彼に騙されて

しおりを挟む
 この国でも異世界へ転移・転生する物語は大流行している。
 転生したら動物だった・魔物だった・魔王になった……そんな小説が書店にぎっしりと並んでいるのだ。
 ただ、わたしの目の前に広がっているこの現実に勝る物語なんて、そうそうないだろう。
 いざ実際に異世界へ来てしまうと、ここからさらに別の世界へ行きたいとは思わない。むしろ、もうお腹いっぱいだ。だからその手の本を読むのは、どうにも気が進まなかった。

「書店で『大人気』と書いてあったので、参考までに手に取ってみたのですが、これがなかなか馬鹿馬鹿しくてツッコミどころ満載です。リア様もきっと楽しめると思いますよ。若干、作者の意図とは違う楽しみ方をしている気もしますが、そのあたりは読者の自由ですからね?」

 アレンさんは異世界を旅する小説を読んでは、その世界観や設定にツッコミを入れまくって楽しんでいるらしい。

「大抵は最初に変な形の神が現れて『異世界に来ないか』と誘われます。そして、英雄や聖女になって世界を救うわけです」
「あーそれは分かるような気がします」
 わたしが日本で読んだ作品も、異世界で魔物退治をする話だった。

「で、俺は思うのですが……」
「ハイ」

 彼が仕事中に「俺」と言うのは珍しい。

「なぜ、小説の中の聖女は変なクッキーとか、つまらないバターケーキを焼くのだろうか、と」

 互いに顔を見合わせてブフッと噴き出した。
 わたしとアレンさんは、こういうところが少し似ていると思う(笑)

「原始的な菓子だと思いませんか? そこら辺の広場でいくらでも売っている。おそらく大昔からありますし、子どもでも作れるでしょう?」
「んー、簡単と言えば簡単ですね」

 オルランディアのクッキー市場は日本のそれとは比べ物にならないほど大きい。
 広場の露店で売られている手作りのクッキーから、工場で大量生産されている不動の人気商品「ネコさんクッキー」まで、老いも若きもお茶菓子としてクッキーを食べる。

「本の中の異世界というやつは、ネコさんクッキーがない原始時代なのですよ」

 わたしは彼の口から「ネコさん」という言葉が出るたびに面白くて笑ってしまう。彼はネコさんクッキーのファンなのだ。

「そんなショボい異世界へ行くのは、この国で死ぬほど働かされていた主人公です。過労で死にかけています。出来合いのものを買って食べる生活をしているから、ショボいクッキーぐらいしか作れない」

 わたしも日本で読んだその手の小説に対しては言いたいことが色々とあるタイプなので、彼の言わんとしていることの分かりみが深すぎて、おかしくてたまらない。

「普通に考えて、事務仕事しか知らない人間が世界を救えるわけがないでしょう?」
「騎士様ゆえの視点ですねぇ」
「しかし、なにぶん周りが非力な阿呆だらけなので、男性主人公は救世主になれるわけです」
「ふっ……」
「かたや女性主人公は聖女になりますが、地味でドレスを着たがらず、飾りも着けたがらず、恋愛経験がゼロで異性に耐性がない。破滅的に奥手なのですが、なぜか男性に人気があります。俺は金をもらってもそんな女性は嫌ですが、本の中の騎士はヘンなクッキーを焼く聖女に夢中です」

 今日のボヤキは一段とすごい。普段からお茶を飲みながら何かボヤいていることがあるけれども、今日はいつも以上に毒気の強いアレン節だ。
 わたしがショゲていたので元気づけようとしてくれているのかも知れない。

「聖女は薬草から変な薬を作るのもお決まりです」
「変なクスリ??」
「そう。変な色の魔力入りの治癒薬を、薬草から作るのです。これは魔法学的にも薬学的にもおかしい。本来ならば、シンドリのクソマズイ草汁に魔力を入れようが入れまいが、所詮クソマズイ草汁のままで、味も効果も変わりません」
「おいしくしてほしいです……」
「魔法薬というのは魔法のみで精製する薬なので、薬草から魔法薬は作れません。そのあたりはヒト族が書いた小説なので、ある程度は仕方ないと思うのですがね」
「ほむほむ……」

 彼はお茶を一口飲むと「俺が書くとしたら、魔法薬は投げて使う、みたいな設定にするかも知れませんね」と言った。

「瓶が割れるほど思い切り投げてぶつければ、効果テキメンという設定に」
「むしろトドメを刺してしまうのでは?」
「リア様、あなたは優しすぎます。中身は治癒魔法なのですよ? ケガごと治るから大丈夫です。思い切り投げる、バリーン! 血だらけ。しかし、しゅぴーん! 全回復です」

 「しゅぴーん!」のせいでお腹を抱えて笑ってしまった。
 ハテ、わたし達はさっきまで何の話をしていたのでしたっけ?
 なんだか壮大に脱線している気が……。

「誓いの魔法というものは、そういう馬鹿げた物語の中で頻繁に使われているものなのですよ」

 アレンさんは笑いながら言うと、シナモンクッキーをつまんだ。
 そうだ。誓いの魔法の話だった。

「それってどういう意味ですか?」と聞くと、彼はニヤリと口角を上げた。

「つまり……」
「つまり?」
「私が先程使った魔法は『ニセモノ』だったということですね」

「はあッ!?」
 な、なんっ、なん……なんですって~ッ?!

「実在する魔法ではありますが、未成年者に使うことは法で禁じられています」
「え……でも、さっき使っていたのでは?」
「誓いの魔法というのは、そもそも触媒がたくさん必要で、それを入手するための手続きも面倒で、そうそう簡単には使えないのです。そのうえ破られると自分まで痛い。現代人は誰も使わないですよ。誰しも大変なのと痛いのは嫌いですからね」
「そ、そんな……じゃあ、さっきのは?」

 彼はクスクスと笑いながら「ただの浄化魔法ですよ」と言った。

 や、やられたぁぁーー!
 アレンさんに騙されたぁぁ(泣)

「リア様が反対して私と言い合ったことで、より信憑性が高まりました。宰相もノッておられましたねー。あの真面目な顔で『彼はもう男です』とか『始めたまえ』なんて言われたときは、さすがに笑いそうになって危なかったですよ」

 うはあぁぁあ、宰相さまもグルかぁぁー!

「ひ、ひどいですわっ。すっごく心配したのに」
「テオが騎士科の授業で誓いの魔法について習う頃には、もう人前で喋って良いことと悪いことの分別がつく年頃になっています」
「悔しいぃ……」

 彼は笑いながら「リア様も共犯ですからね?」とウィンクをした。
 う、うわぁぁぁんっ……!



 帰宅後、テオは皆に騎士科を受けたいと宣言した。
 ヴィルさんは学校から教科書を取り寄せ、五歳から十歳くらいまでの間に学校で習うことを皆で教えると言った。
 テオのモチベーションは高く、アレンさんの「ただの浄化魔法」は大変なプラシーボ効果を発揮している。

 わたしも観念した。
 もう腹をくくってテオを応援するしかない。
 アレンさんのおかげで、胸のモヤモヤは晴れつつあった。

 代わりに騙されてヘンな秘密を握らされたけれども、周りの話を聞くと「天人族の子育てあるある」らしいので、気にしないことにした。

 息子を口の固い人間にしようと、天人族の親御さんは色々工夫をしているようだ。
 第一騎士団の中には「父の正体はカメである」という根も葉もない嘘を「親子の秘密」だと言われて何年も信じて守っていた経験のある団員がいた。
「本物の秘密なだけテオは幸せだ」と、皆は口を揃えて言っている。

 アレンさんは「気分転換にどうぞ」と言って、本を貸してくれた。
 わたしは今、異世界で変なクッキーを作る聖女の小説を、寝る前にニヨニヨしながら読んでいる。

──────────────
※メンバーサイトに幕間エピソードがあります。
『ティアラ』
リアと王兄カールのちょっとした会話劇です。
https://note.com/mutsukihamu
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

処理中です...