巻き込まれ転生

もふりす

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1章 隠密令嬢(?)とリア充令息

あの場にいなかった攻略対象達 Ⅱ

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「オット、いる~?」

王宮の自室の扉ではなく、バルコニーから声がする。

(全く、姉さんは今度は何を持ち込んできたんだ)

読みかけの本を閉じ、バルコニーに歩み寄る。窓を開けてやると、カーテンがふわっと舞い上がり、姉が飛び込んできた。突っ込んでくる姉をギリギリで避け、倒れ込む彼女を一瞥する。すぐ立ち上がった姉の顔は何か楽しい事を見つけたようで輝いていた。

(王女だって自覚はあるんだろうか…)

姉の素晴らしい金髪も後ろで適当に一つにまとめてあり、小さな鼻の上には丸いレンズの眼鏡が乗っている。服装も町娘の質素なワンピースだ。

また下町に行っていたな。朝から廊下が騒がしかったから、一日中外に出ていたんだな。

「姉さん、ご機嫌ですね。一応聞いてあげますから、その不躾な眼鏡を外して話してくれませんか」

姉が慌てて眼鏡を外している間に、姉の顔についている汚れをハンカチで拭ってやる。

どこを通ったらこんなに汚れるんだ。服の解れからして、護衛を撒いて無理したんだろうな。

じっとこちらを見る姉の目は綺麗すぎる。純粋すぎる。陽の光を受けて輝く緑色の瞳に今は亡き母の面影を見る。姉の見た目、身分も考えれば、あんまり心配事を増やしてほしくない。母の生き写しのようだと言われるくらいに美人なので誘拐されそうになった事だって数えきれないくらいある。…それだけ無断で外出している訳だが。

だが、いくら似ているからといって、母はこんなにお転婆ではなかったはずだ。多分。

「そうそう!ミルドレッド様の舞台を見てきたの。オットも観劇するならこれあげるわ」

姉から渡されたのは女性が好きそうな舞台の観劇用チケットだ。一人の女性の横顔とその背景に薔薇が描かれている。この女性がミルドレッドって人かな。まさか―――

「姉さん?このチケットを入手するために早朝から抜け出したのかな?」

あはは、と乾いた笑いを上げる姉の目は彷徨っている。本当に分かりやすい。

「だって…、この舞台があと数日で終わっちゃうってカーラが言ってたから…。あっ、カーラは怒らないであげてね!彼女は私と同じ『永遠の騎士ナイト同好会』に入っている仲間だから親切に教えてくれただけだから!私が好意でチケットを譲り受ければよかったんだけど…」

「その怪しげな同好会についても気になりますが…、何でチケットを貰わなかったんですか」

無駄な労力を払う理由が分からない。それに、姉の突飛な行動が軽減できるなら知っておくべきだろう。代理で誰かに買わせればいいし。

「それは…、本人にお会いできるからよ…」

「本人っていうのは、その…ミルドレッドって人?」

「そうなの!同好会が用意したレッドカーペットを通って登場されるの。その左右の列から彼女の美しい姿を拝めるのよ」

「姉さんもそれなりに美形の類だと思うけど…」

「もう、分かってないわ!ミルドレッド様は中世的な顔立ちで、そこらの気障な男性より女性の扱い方が上手でいらっしゃるの。そして、差し入れを貰った時のはにかんだような笑顔!可愛らしいの!そのギャップにトキめくというもの。ふふふ、今日も素敵でしたわ~」

「…ふ~ん、他にはどんな一面があるのかな」

「そうね。一昨日に私もマカロンを差し入れたのだけど、なかなか手に入らない物だったから喜んでくださいましたわ!お礼にと、頬にキスを…きゃあああ~私ったら。ふふふ」

ふっ、墓穴を掘ったな。

「そうか。では、この前の…、一昨日のパーティーを欠席した理由はどういう事なんだろうな?」

「え?」

「あの時はマカロンを食べ過ぎて苦しいから休むとか言っていたが、姉さんは何をしてたんだって?」

「あ…あう!?…――ふえっ、意地悪言わないで~」

「姉さんがこそこそとしている間、多くの人間が必死で貴女を探し回ってるんですよ?心労を減らすためにも、どこか行く際は行き先を教えてください。どうしても誤魔化したい時でも私には正直に話してください。フォローしますから」

やっとこちらの意図が読めたのか、姉はパッと顔を明るくした。
でも、すぐに気を取り直した姉の顔は、意地の悪いそれになっていた。

「オットは勉強をしすぎよ。もっと羽を休めても誰も咎めないわよ?」

「姉さんと違って行いがいいからね。」

「むっ、そうやって可愛くない事を言う!」

「そうでなくても、あの兄が問題児だから私も期待されているんですよ」

姉はあの兄を思い出したのか、顔をしかめた。

「あの、欲に忠実な愚兄の事ね。正妃の子供じゃなかったら今王族やってられなかったでしょ」

「そうですね。まあ、あの兄の根本的な性格…いや性癖は変わっていませんが、手綱を握ってくれている人がいるので大丈夫でしょう」

「ああ、ジョゼフね。あの愚兄が一度怒らせたらしいわね。あの手の人は、いつまでも根に持つわよ」

「確かに。もう馬鹿な事はやめてほしいけどね…」

私達の腹違いの兄、イーモンは現在王太子殿下という立場に収まっている。彼は正妃との間に生まれた唯一の子供で、私達二人は側妃の子だ。普通に考えれば、王位継承権は兄の次は双子の姉なのだが、男児優先という決まりがあるため、継承権第2位は私だ。

正直に言って、あの兄に国は任せられないので、早く失脚でもしてくれと願っている。彼は随分前から『王家の恥』だと言われている。ジョゼフがいなければ、兄以外の私達王族の堪忍袋の緒が切れていただろう。でも、…――


ふと姉を見れば、兄の事を考えるのすら嫌なのか、違う話題を振ってきていた。

「オット。最近ね、市井に面白い機械が増えているの。これなんて、…――見て!面白いでしょ!音楽が流れるのよ。ここを捻ると、音が大きくなるの。誰が珍妙な発明をしてるのかしらね~」

姉が私に見せたものは、妙な棒が突き出した四角い箱の機械だ。その棒がアンテナと言うらしい。音楽が聴けるようだ。ただ、流れてくる音楽はどうもクラシックとは違う、人工で作られた音で出来ているみたいだ。…これは面白い。

「…姉さん、この薄っぺらいものは何?」

「あ!それね、同じ機械を持ってる人と遠くからでも会話ができるんですって!二人分買ったの。片方はオットが持ってね。」

「!あっ、姉さん!丁寧に扱ってくださいよ。爆発なんてしたらどうするんですか!」

「えへへ~、オットがいれば大丈夫だよ」

「……っ。説明書は付随してますか?」

「あ、それならここに束になって―――っ!オットが照れてる~。何、私からの信頼に照れちゃったの~?」

「…っ、姉さん。私は姉さんの無責任さに呆れてるんですが」

「もう!照れ隠ししても可愛いだけだからね。ふふ、いいもの見れた~」


その後も姉が持ち帰ってきたお土産を見ながら暫く話し込んでいた。教師が来るまで話は終わらなかった。


(…結局、何の話をしていたんだっけ?)



義兄イーモンの事を頭の隅に追いやったエリオットは、嫌な予感がしたのも忘れてしまった。



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