シスルの花束を

碧月 晶

文字の大きさ
8 / 62

しおりを挟む

「では、どちらから始めましょうか」

テーブルを挟み、向き合う形で椅子に座ると、雨月うげつがそう切り出した。

「どっちでもいい」
「じゃあ、おれから。君は何をしている人ですか?」
「…オレの名前で検索してみろ」
「? 分かりました」

何となく、自分の口から明かすのは面白くないと思った。あくまで雨月が自分の意思で調べた結果という事実が欲しかった。

「ええっと確か…『氷室三門』くん、でしたっけ?」

確認に肯定を返し、スマートフォンをいじる様を横目で見る。これで、オレの正体と今世間を騒がせている『とあるニュース』も知った事だろう。

「……へえ、モデルさんだったんですね。それは知りませんでした」

ピタリとスクロールしていた雨月の指の動きが止まる。…見つけたか。

じっと一点を見つめる雨月がどんな反応をするのか、知らず凝視してしまう。

だが、

「分かりました。じゃあ、次は君の番ですね」

特に何のリアクションもせずに雨月はスマートフォンを置いた。

今、オレの名前を検索すれば間違いなく『あのニュース』ももれなく一緒に出てくるはず。雨月も確実に見たはずだ。

「…何も言わねえのかよ」
「一問一答ですから」

淡々と答えた雨月の真意は分からないが、分かった上で何も聞かないでいる事は分かった。

「…何でオレの事を知らねえ」

なら、ここはオレも雨月が言うルールに従うべきだろう。

「最近まで海外で暮らしていたんです。だから、日本の世情というか事情にはあまり詳しくなくて」

海外で暮らしていた。その言葉にこの間のリアムとやらからの電話を思い出す。なるほどな、だからあんなに英語を使い慣れてたって訳か。

「おれの番ですね。君は、どうしてあの夜逃げていたんですか?」

あの夜──それは当然オレたちが出会った日の事を指している。

「糞パパラッチ共に追いかけ回されてたからだよ」

───『あの大人気モデル氷室三門が人気番組女プロデューサーと体の関係を持っている』

身に覚えのない事だった。にも関わらず、メディアはあたかも真実のようにでっち上げたニュースを世間に報じ、週刊誌はただ仕事終わりに一緒にいただけの写真を枕営業の現場として掲載した。女プロデューサーも何故かオレから迫ったと嘘をつく始末。
毎日毎日、どこへ行っても詰め掛け、無遠慮に質問を投げかけてくる。ウンザリだった。

そしてあの日、オレは缶詰めにされていたホテルから逃げ出した。

どうせここにいてもメディアは押しかけてくる。ならどこへ行こうが一緒だ。どこへ行こうがオレの勝手だ。オレは何もしていないのだから。

「何でオレを助けた」

追い掛けられて不覚にも挟み込まれてしまったオレを、雨月は突然現れ「こっちへ」とオレの腕を引いて自分の家へといざなった。

誰かも分からない奴に着いていったオレもオレだが、それは雨月も同じだろう。

「…あの時の君が酷く困っているように見えたから、ですかね」
「…それだけか」
「『困っている人は助けなさい』と。それが祖父の教えだったので」

それは人として立派な教えだと思う。だが、あの時あそこにいたのがオレでなかったとしても雨月は助けていたんだろうかと思うと、何故か心臓のあたりが針で刺されたような痛みが走った。

「………」

途端、雨月が考え込むように押し黙った。かと思えば、何か言いたげにチラリチラリとオレを見る。

「…んだよ、言いたい事があんならはっきり言え」

そのはっきりしない態度にイラッときたオレは質問したいならしろと促した。

「…君は、犯人を知りたいですか?」

漸く開いた雨月の口から出た言葉は、予想だにしていないものだった。

「…どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ」
「そういう事を言ってんじゃねえ!」

思わず、机を叩いて立ち上がる。しかし、それでも雨月は瞬き一つせずに続けた。

「だって、これは事実ではないんでしょう?」
「当たり前だろ!」
「なら、疑惑は晴らすべきだと思います」

そんな事、出来るならとっくにやっている。でも、それが出来ていないからオレはここにいる。

「…お前、オレをめた奴が誰だか分かってんのかよ」
「いいえ」
「は?」

雨月の口振りはまるで犯人を知っているようなものだった。しかし、聞けば知らないと言う。
どういう事だと眉をひそめれば、雨月はオレを落ち着かせるように言った。

「犯人はまだ分かりません。どういう意図を以て、君を陥れようとしたのかも。…ですが、おれは君を助けたいと思う」
「…何でだよ」
「それは自分でも分かりません。でも、困っている君を放っておく気にはなれない。それだけです。こんな理由ではダメ…ですか?」
「…っ」

何だそれ。何だその理由は。

「…勝手にしろ」

けれど、どこかで嬉しいと感じている自分がいるのも確かで。
過ごした時は短いにも関わらず、オレの無実を信じ、オレを助けたいと言う。

「ありがとうございます」

こんな奴は初めてだ。

「で、どうやって探すんだよ」
「そうですね…」

オレが所属している事務所だって無能な訳じゃない。あの捏造写真を撮ったというカメラマンがいる会社に『嘘の記事を書くな、謝れ』と抗議したが、『事実を書いたまでの事』と言い張っている。
今も平行線が続いており、未だ解決には至っていない。

だから、この時のオレは正直そこまで期待していなかった。

「…三日ほど、時間を頂けますか」

雨月一人が加わったところで、状況はそんなに変わらないだろうと。そう、思っていた。


「犯人、分かりましたよ」
「───は?」


三日後、雨月の口からその言葉を聞くまでは。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...