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夜、帰ってきた自宅で、ソファーに深く腰掛け漸く一息つく。
「はー…疲れた…」
「お仕事、お疲れ様でした」
差し出されたコーヒーを受け取り、一口飲む。丁度いい甘さだ。
「……三門、一つ聞いてもいいですか」
「何だよ」
「ゆりえさん、と言いましたか。彼女は一体誰だったんですか?」
ああ、そういえば結局言っていなかったか。
「※※会社って知ってるか」
「ええ。あの大手企業ですよね」
「あの人はそこの副社長だ。で、その会社がうちの事務所のスポンサーなんだよ」
「ああ、なるほど。お気に入り、というやつですね」
「あー…まあ、そうだな。ゆりえさんにはよくして貰ってる」
迷ったが、オレがゆりえさんの養子である事は言わない事にした。世間一般に知られるとマズいからというのもあるが、何となく雨月には言いたくなかった。
「すみません、少しお手洗いをお借りしますね」
雨月が席を立ち、しんと静寂に包まれる。それが嫌だった訳ではないが、静寂を拭うようにテレビをつけた。
何か面白い番組はしていないかと順番にチャンネルを変えていったが、特にこれといったものは見つけられず、結局ニュース番組に落ち着く。
「お待たせしました。…何を見ているんですか?」
手洗いから帰ってきた雨月が隣りに腰掛ける。
「ニュース」
「…ああ、この人漸く捕まったんですね」
最近世間を騒がせていた強盗犯が捕まったというニュースの次は、今日の昼間に起こったという事故だった。
何でも、横断歩道を渡っていた歩行者の親子を車が撥ね、そのまま分離帯に乗り上げたらしい。犯人はその場で逮捕されている。
「チッ、こういうのばっかだな」
過去のとある出来事と重なり、一気に気分が悪くなる。
「どうせ飲酒とか脇見とかしてたんだろ」
「………」
「こういう奴がいるから事故が無くならねえんだよ」
「…そうでしょうか」
「あ?」
「加害者の方にも何か事情があったのかもしれませんよ」
「事情ってなんだよ」
「それは…」
「何だよ」
まるで犯人の肩を持つような言い方をする雨月に苛立ちが募っていく。
「…車に何か異常があったのかもしれないじゃないですか」
「は、そうだったとしてもやっぱり整備を怠った奴の落ち度じゃねえか」
「整備をしていたとしても、不慮の事故は起きますよ」
「あ?じゃあ、何か?車が突っ込んでくるかもって予測できなかった被害者が悪いって言いてえのかよ」
「そんな事は言っていません。ただ、加害者側にも何か理由があったかもしれないと言っているだけです」
やけに加害者側を庇(かば)うような事しか言わない雨月に、オレの中で燻っていた想いが爆発した。
「んなもん知るかよ!轢かれた方はどんな理由があろうがたまったもんじゃねえんだよ!さっきから加害者の肩ばっか持ちやがって!」
「…被害に遭われた方には同情します。ですが、加害者の人の立場も───」
「考える価値なんてねえに決まってるだろ!」
「三門…」
オレは雨月の異変に気が付いていなかった。いつもならオレの話に相槌を打って賛同してくれるのに、この時はまるで譲れない想いがあるかのように断固として加害者を擁護する姿勢を崩さなかった。
思えば、本当にくだらない事で言い争ったと思う。けれど、オレにとって自動車事故というものは許し難いもの以外の何物でもなかったのだ。
「…出ていけ」
「………」
「聞こえなかったのかよ…その面暫く見せんな!」
「…分かりました」
頭にかっと血が昇って、飛び出た言葉だった。
言った瞬間、後悔したがもう遅い。出てしまった言葉はもう無かった事にはできないのだから。
玄関の扉が閉まる音が、オレたちの関係が終わったように聞こえた。
「はー…疲れた…」
「お仕事、お疲れ様でした」
差し出されたコーヒーを受け取り、一口飲む。丁度いい甘さだ。
「……三門、一つ聞いてもいいですか」
「何だよ」
「ゆりえさん、と言いましたか。彼女は一体誰だったんですか?」
ああ、そういえば結局言っていなかったか。
「※※会社って知ってるか」
「ええ。あの大手企業ですよね」
「あの人はそこの副社長だ。で、その会社がうちの事務所のスポンサーなんだよ」
「ああ、なるほど。お気に入り、というやつですね」
「あー…まあ、そうだな。ゆりえさんにはよくして貰ってる」
迷ったが、オレがゆりえさんの養子である事は言わない事にした。世間一般に知られるとマズいからというのもあるが、何となく雨月には言いたくなかった。
「すみません、少しお手洗いをお借りしますね」
雨月が席を立ち、しんと静寂に包まれる。それが嫌だった訳ではないが、静寂を拭うようにテレビをつけた。
何か面白い番組はしていないかと順番にチャンネルを変えていったが、特にこれといったものは見つけられず、結局ニュース番組に落ち着く。
「お待たせしました。…何を見ているんですか?」
手洗いから帰ってきた雨月が隣りに腰掛ける。
「ニュース」
「…ああ、この人漸く捕まったんですね」
最近世間を騒がせていた強盗犯が捕まったというニュースの次は、今日の昼間に起こったという事故だった。
何でも、横断歩道を渡っていた歩行者の親子を車が撥ね、そのまま分離帯に乗り上げたらしい。犯人はその場で逮捕されている。
「チッ、こういうのばっかだな」
過去のとある出来事と重なり、一気に気分が悪くなる。
「どうせ飲酒とか脇見とかしてたんだろ」
「………」
「こういう奴がいるから事故が無くならねえんだよ」
「…そうでしょうか」
「あ?」
「加害者の方にも何か事情があったのかもしれませんよ」
「事情ってなんだよ」
「それは…」
「何だよ」
まるで犯人の肩を持つような言い方をする雨月に苛立ちが募っていく。
「…車に何か異常があったのかもしれないじゃないですか」
「は、そうだったとしてもやっぱり整備を怠った奴の落ち度じゃねえか」
「整備をしていたとしても、不慮の事故は起きますよ」
「あ?じゃあ、何か?車が突っ込んでくるかもって予測できなかった被害者が悪いって言いてえのかよ」
「そんな事は言っていません。ただ、加害者側にも何か理由があったかもしれないと言っているだけです」
やけに加害者側を庇(かば)うような事しか言わない雨月に、オレの中で燻っていた想いが爆発した。
「んなもん知るかよ!轢かれた方はどんな理由があろうがたまったもんじゃねえんだよ!さっきから加害者の肩ばっか持ちやがって!」
「…被害に遭われた方には同情します。ですが、加害者の人の立場も───」
「考える価値なんてねえに決まってるだろ!」
「三門…」
オレは雨月の異変に気が付いていなかった。いつもならオレの話に相槌を打って賛同してくれるのに、この時はまるで譲れない想いがあるかのように断固として加害者を擁護する姿勢を崩さなかった。
思えば、本当にくだらない事で言い争ったと思う。けれど、オレにとって自動車事故というものは許し難いもの以外の何物でもなかったのだ。
「…出ていけ」
「………」
「聞こえなかったのかよ…その面暫く見せんな!」
「…分かりました」
頭にかっと血が昇って、飛び出た言葉だった。
言った瞬間、後悔したがもう遅い。出てしまった言葉はもう無かった事にはできないのだから。
玄関の扉が閉まる音が、オレたちの関係が終わったように聞こえた。
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