シスルの花束を

碧月 晶

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23 side雨月

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ネオンの光が降り注ぐ中、あてもなく歩きながら今後の事を考える。

一先ひとまず、三門の怒りが治まるまで待つしかない。待って、それから頃合いを見て謝ればいい。
問題は…

「それまでどうするか…」

『ゆりえ』と接触できた今、そちらの動向を調べるべきだろうか。

「あのー」

また興信所に依頼しなければ。

「あのー、聞いてます?寒河江さがえ 雨月うげつさん」
「!」

唐突に名前を呼ばれ、振り返る。

するとそこには、帽子を被り、無精ひげを生やした男が立っていた。瞬間、嫌な感覚が走り抜ける。

「…誰ですか」
「失礼。俺はこういうもんでしてね」

男は帽子を外して一礼すると、懐から名刺を取り出し、沢巳さわみと名乗った。

「…マスコミの方がおれに何の用ですか」

沢巳を見た瞬間感じた嫌な感覚の正体、この感覚をおれは知っている。
幼い頃受けた屈辱、感じた恐怖。忘れもしない。

知らず、蔑むような眼差しを向けても、沢巳は意に介していない素振りで答えた。

「まあまあ、ここじゃなんですし。場所を変えません?話はそれからって事で」
「…失礼します」

こんな怪しさ満点の男に一体誰がついていくと思うのだろう。付き合っていられないとばかりに踵を返す。

「待って下さいよー。名雪なゆき 雨月さーん」
「!!」

なんで

振り返ったおれに沢巳はニヤリと下卑た顔で嗤った。


*****


「すみませんねえ、汚いところですが、まま座って下さいよ」

沢巳は小汚い雑居ビルにおれを案内した。

「…おれに何の用ですか」
「そうピリピリしないで下さいよ。別に取って食おうって訳じゃないんですから」
「………」

へらへらと嗤い、こちらの神経を逆撫でするような声で沢巳は話す。

知らず、睨む眼に力が入る。

「おお、やっぱり美人が怒ると迫力ありますねぇ」

露骨に不機嫌な顔をしても、沢巳は飄々とした態度を崩さない。

…落ち着け。これでは相手の思うつぼだ。

息を深く吸って、心を落ち着かせる。

「…母の事なら、おれから話す事は一切ありませんよ」
「!」

沢巳の顔が驚きのそれへと変わる。

先程、沢巳は『名雪』と呼んだ。つまり、おれの名字がまだその名で呼ばれていた頃を知っているという事。ならば、必然的におれへの用向きはあの18年前の事件に関する事だと予想がついた。

「…へえ、意外と察しが良いんだな。あんた」

だが、沢巳が表情を崩したのは一瞬だけだった。余裕綽々といった態度で煙草に火を点ける。
紫煙を吐き出し、目の前の男はまた下卑た笑みを浮かべた。

「そこまで分かってるなら話は早い。お察しの通り、俺はあんたに興味がある。いや…あんたらに、だな」

あんたら…?

「だって、そうだろ?加害者の息子のあんたが、被害者の息子とつるんでるなんて。こんなに面白そうな事はないだろ?」
「───え?」

今…なんて

「…被害者の、息子?」

動揺から、ポーカーフェイスも忘れて零れ落ちる。

そんなおれの心境を悟った沢巳は、面白いものを見たと言わんばかりに眼を三日月のように細めた。

「へぇー…あんた、やっぱり知らなかったのか。そうさ。氷室三門は18年前あんたの母親が轢いた女──氷室かすみの息子だよ」

どういう、事だ?だって、三門の本名は……

まさかと、一つの答えに辿り着く。

「…養、子?」
「お、気が付いたか。そう、氷室は事故の後、冷泉院ゆりえによって引き取られた。ま、この話はあまり一般には知られていないんでね。あんたが知らなかったのも無理はないってもんよ」
「………」

頭がぐるぐると回る。

…じゃあ、何か?三門はあいつらとは、冷泉院とは関係ない?

「…っ」
「あれえ、もうお帰りで?」

言いようのない感情が気を抜けば胸の中を支配してしまいそうで、一刻も早くこの場から去りたかった。

「…これからの行動が見ものだな」

背後で呟いた沢巳の声には、気付かないふりをした。


*****


「………」

復讐を果たす。そのための足掛かりとして、冷泉院通の息子である三門に近付き、取り入った。

けれど…

「…関係、なかった?」

養子という事は、血のつながりがないという事で。

しかも、あの事件に関わりはあるが、関与はしていない。

だが、三門と一緒にいたから『ゆりえ』に会えたのも事実で。

「───…」

ふと、頭の中に黒い考えが浮かぶ。

このまま三門を利用し続ければ、いつかまた、今度は『冷泉院通』にも会えるかもしれない。
そうすれば、復讐に一歩近付く事ができる。

けれど…

「…っ」

ズキリと、胸に痛みが走る。

罪悪感。

そう。三門は関係ないのだ。

それに、三門はまだあの時の事故の事を引きずっている。心に、傷を負っている。

「…おれと同じだ」

もう、終わりにしよう。

「三門…」

零れ落ちた声は、酷く情けなく聞こえた。
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