シスルの花束を

碧月 晶

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48 side雨月

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「裕太郎さん!」

夜。会社のロビー。そこで裕太郎さんは待っていた。

「行こうか」
「…はい」

歩き始めた裕太郎さんの後におれも続く。

あの後、会社に戻ってきた裕太郎さんはおれに「仕事が終わったらロビーで待っていなさい」と言った。
夜に先程の男ともう一度会う約束をしたから、と。

一歩、また一歩と待ち合わせの場所へと近付いていくにつれて、心臓の音が大きくなっていく。

「あ…」

待ち合わせ場所である美容院の前に、昼間の男は立っていた。

あちらもこちらに気が付き、目が合う。

改めて男の出で立ちを見る。黒い髪は無造作に伸ばされていて、無精ひげまで生えている。でも、隙間から見えるその眼差しは写真に写る父さんのそれと似ていて。

「お待たせしました」
「あ、ああ、いや、大丈夫だ」
「早速お話を…と言いたい所ですが、まずは中に入りましょうか」
「え…?」

裕太郎さんが指差すのは、灯りは点いているものの既に『close』の看板がかかっている美容院。

「ここは知り合いの店でね。今日は特別に閉店後も使えるようにして貰ったんだ」

そう説明すると、裕太郎さんは未だ戸惑っている男の背を押して、ぐいぐいと店内に入らせた。

「おう、久しぶりだな裕太郎!」

中に入ると、店主と思しき男性が流暢な日本語で出迎えてくれた。

「ああ、久しぶり。雨月、紹介するよ。彼はリュカ。ここの店長だ。リュカ、この子が前に話した俺の甥だ」
「君が!そうかそうか、結構綺麗な顔してるじゃないか。これは整え甲斐があるな」
「はは、美人なのは認めるが。今日はこの子じゃないんだ」
「何だ、違うのか。それは残念。…という事は、今日の客はこっちのもさもさか」

リュカさんの眼が呆然と二人のやり取りを見ていた男へと向けられる。

「うわー、こりゃ酷ぇな。…よし、まかせな!このオレにかかれば、どんな芋男もスタイリッシュに仕上げてみせるぜ!ほら、座った座った!」
「え、え?」

リュカさんに腕を引かれ、男はあれよあれよと鏡の前のイスに座らされる。

「あの、これは一体どういう…!」
「ああ、言ってなかったかな。まずはその小汚いなりをどうにかして貰おうと思ってね。大丈夫、費用は私持ちだ。リュカ、遠慮なくやってくれ」
「りょーかい!」

それから、一時間後。
おれたちの前には、見違えるほど別人に変身した男がいた。

「何だ、アンタ悪くない素材を持ってるじゃないか!ま、半分以上はこのオレのおかげだけどな!」
「流石だね、リュカ」
「………」
「雨月?」

男の長かった髪は全体的に短く整えられていて、顔立ちがよく分かる。
その顔立ちは、写真の父さんの顔をそのまま年を取らせたようで。

「とうさん、父さん…!」

だからこそ確信できた。この人は本当に自分の父親なのだと。

自分に抱き着いて泣き崩れる雨月に男──理一郎は迷ったが、そっとその手を雨月の頭に乗せた。


*****


リュカさんと別れた後、おれたちは裕太郎さんのマンションへと話の場を移した。
そして、おれたちは父さんからこれまでの事を聞いた。

「あの日、俺は通から呼び出されたんだ。家に戻る気はないかって。それで、断って帰ろうとした所までは覚えてるんだが…急に眠たくなって、気が付いたらフランスにいたんだ。でも、俺を殺そうとしてきた男たちから逃げる時に、誤って河に落ちて…目が覚めた時には俺は自分の名前以外の記憶を失っていた」

父さんの話曰く、助けてくれたフランス人の老夫婦が身元引受人になってくれたらしく、記憶のない父さんに言葉を教え、家に住まわせてくれたという。

「…親切な人ですね」
「ああ。本当に親切な人たちだったよ。亡くなる最期まで俺の事を心配してくれて…」

父さんはその頃を思い返すように、目を細める。

その後、父さんは今のカフェで働く事になったらしい。何でもマスターが老夫婦の知り合いで、二人が父さんの事を頼んでいたんだと。

そして、月日は流れ、今日写真に写っていた母さんの顔を見て、唐突に記憶が蘇ったらしい。

「あの彩子の腹の中にいた赤ん坊が、こんなに大きくなったんだな…。本当に俺の若い頃によく似ている」
「父さん…」
「…済まなかった。突然いなくなって、お前たちには苦労をかけさせたと思う」

頭を下げる父さんに、おれは頭を振る。

「彩子は、元気にしてるのか?」
「っ」

言わなければ。父さんに母さんの事を伝えなければ。

そう思うのに、おれの口からは息ばかりが吐き出されて。

「……彩子は、妹は18年前に亡くなりました」
「え…?」

代わりに真実を告げた裕太郎さんの声は重苦しいものだった。

「亡く、なった…?」

いきなり自分の妻が既に亡くなっていると聞かされて、直ぐに信じられる人間はいないだろう。
信じられないという眼差しでこちらを見る父さんに、おれは視線を逸らして頷くのがやっとだった。

「…そんな、嘘だ、嘘だぁあ!」

頭を抱えてその場に泣き崩れる父さんの姿に、おれは何も言う事が出来なかった。

「…理一郎さん、あなたは何も悪くない。だから、あなたが彩子が亡くなった理由を聞きたくないと言っても誰も咎めはしないでしょう」
「………」
「でも、これからこの子と生きる意思があるのなら、あなたは聞くべきだ」

裕太郎さん……そうだ、おれは──

「父さん、おれの名前は雨月です。むかし母さんが言っていました。父さんと出会った日も、雨が降っていて晴れ間から覗いた月がとても綺麗だったと」

だから、おれが生まれた時、真っ先にこの名前が浮かんだのだと。

「…彩子、そうか…あの時の事、覚えててくれたんだな…」

ぽたり。その涙を最後に、理一郎は前を向く。

「…話してくれ」

その眼にもう憂いは無かった。

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