召喚士の嗜み【本編完結】

江村朋恵

文字の大きさ
16 / 50
【2nd】 ─ RANBU of blood ─

パール姫の冒険II

しおりを挟む
(1)
 クライスラーが彼らに近寄り、5歩の距離になった時。
「パール!」
 “うさぎのぬいぐるみ”が声を発し、パールフェリカと、冒険者ら4人が一斉にこちらを振り返った。
「え? 女の声?」
 冒険者の内、男が言った。
 クライスラーが、実にぎこちない動きで“うさぎのぬいぐるみ”を左腕に抱え、口をパクパクさせ、震える高い声で「パ、パール……」と言った。
「……………………」
 誤魔化そうとしてくれたらしいが、結果、全員の時間が少しだけ停止した。先ほどの女の声と、どう考えても違いすぎる。
 ミラノは、声の主さえ居なければ人は案外“聞き間違い”と思い込んだりするので、冒険者らのリアクションはスルーするつもりだった。クライスラーの機転らしきものは想定外だったが。
「なんだ……あんた知ってるぞ。人形師のクライスラーだな。それは腹話術か? うさぎで?? 口ねーだろう?」
「やめなさいよ。クライスラーは払いの良いクライアントなんだから。いつも収集クエストをギルドに提供してくれてありがとう。貴重な現金収入なのよね」
 女冒険者にそう言われて、クライスラーは顔を逸らし、口をもごもごさせ「……え……いえ……その…………はぁ…………まぁ……」とごく小さな声で言うのだった。
 それらの空気を割って、パールフェリカが歩み出た。そっと“うさぎのぬいぐるみ”に手を伸ばし、クライスラーから受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
「“みーちゃん”」
 声はほんの少し、湿っていた。その吐息を受け止めてから、ミラノはごく小さな声で言う。
「少し、二人で話しましょう?」
 パールフェリカは“うさぎのぬいぐるみ”の顔をまじまじと見つめた後、冒険者らにクライスラーは知り合いなので少し話をしてくると言って離れた。必然的にクライスラーも巻き込まれているが、ミラノは特に気にしていない。もちろん、クライスラーが気にしているかどうかさえも。
「クライスラーさん、水と救急キットのようなもの、ありませんか?」
「ん? ギルドの中で水もらえる。救急道具売ってる。ちょっと待ってて」
「入れるのですか? ギルドの建物なのでしょう?」
 ミラノの想像する“ギルド”というものは、閉鎖的だ。会員制という括りを設けている場合が多い。会員以外はお断り、会員になるには試練がありますよ、そういったイメージがある。
「え? だって俺も一応冒険者だから。元、だけど。でもメンドー臭くてギルドまだ抜けてないし。会費安いし……」
 そう言って背を丸めたままクライスラーは奥の建物に歩いて行った。
「え? 冒険者だったんだ、クライスラー」
 パールフェリカも驚いている。クライスラーはどうやらただの変態人形師というだけでなく、まだ謎を持っていそうだ──ミラノには、どうでも良い話だったが。クライスラーの背を目で追うパールフェリカに抱きかかえられているミラノは、ぬいぐるみのフリを続行しているので、声だけ彼女に向ける。
「パール、あなたのわかる範囲でいいから、何があったか教えて頂戴」
「ええっと……ね。ユニコーンが部屋から飛び出して、あわあわ言ってる間にドンドン下に降りて行って……。勢い付きすぎたのか、木にドスーンってユニコーン、角ぶっさして激突して……」
「…………………………」
 俄かには信じがたい、伝説の幻獣のドジ話である。
「それで、私後ろに吹っ飛んで落ちて……。ユニコーンの角を抜こうと頑張ってたら、よくわからない人達が助けてくれて? それで……その…………」
「どうしたの?」
「…………私…………騙されちゃった…………」
「話が見えないわ」
「ユニコーンは気を失ってたんだけど、引っ張り抜いてくれた人達に、その……連れて行かれちゃって…………私、折角とうさまから頂いたユニコーンを、盗られちゃって…………」
 しばらく黙っていたが、意を決したように口を開く。
「それで! 街中で困ったら、冒険者ギルドだ! って思って」
「警察……街の警邏隊とかはないの?」
「そういうの、あるけど……とうさまに伝わってしまうから……」
「そう……」
 そこまで話したところでクライスラーが木製のバケツに水を溜めて持ってきた。ミラノが手を出して受け取ろうとするとクライスラーは制した。代りに左の柵の方を指差した。
 ミラノはパールフェリカをそちらへ促す。
「パール、右手」
 柵の辺りで突き出されたパールフェリカの右手に、そろそろとバケツから水がかけられる。パールフェリカは少し顔をしかめたが、何も言わなかった。
 ポケットから出した手のひらサイズの小箱を開いて、病的にも見える細いクライスラーの手はちゃっちゃとパールフェリカの手当てを進め、ガーゼと包帯で留めてしまった。
 先ほどクライスラーが“うさぎのぬいぐるみ”を制したのは、ぬいぐるみのフリをしている、また濡れてしまったら大変だという意味があったのかもしれない。
「慣れてるのね」
 ミラノがそう言うとクライスラーは珍しく、ハハッと小さな声ではあったが笑った。
「昔、よくやってマシタから」
「助かるわ」
 礼代わりに、しかし淡々と言ったのだが、彼の青白い顔が朱を注いだように染まる。──ミラノは思わずぎょっとしてしまった。
 そういう点を忘れていた事を、今更思い出してしまった。
 可能性はあった“人”の時に。どうやら女性と話すのが苦手と見える彼の、慣れ親しんだ“ぬいぐるみ”の姿を自分はしていて、そのせいで口の利きやすい女性である、という事──。
 ミラノは、あまり口を開かないでおこうと心に決めた。何故こうなるのか全く以って理解し難いが、早め早めの対処が肝心だ。
 結論、ミラノは話を逸らす──戻す事に決めた。
「パール。それで、彼らに依頼を?」
 ミラノが問うと、パールフェリカは小さく首を左右に振った。
「ここに、ギルドに着く前にあの人たちとはたまたま会って、事情を聞いてくれて、助けてくれるって」
「……そう…………それで? ここに着いたのはいつ頃?」
「え? 30分位前? なんかあの人たちの仲間? を待ってるところ」
「仲間? そう……わかったわ」
 ミラノは連中を信用しない事に決めた。
「パール。もしかしたら、“人”にして欲しくなる時が来るかもしれないから、いつでも用意しておいて?」
 こっそりと、パールフェリカが傍に居る状態の“うさぎのぬいぐるみ”で魔法陣を出そうと試したが、出なかった。“人”であれば出せない時は無かったが、今から“人”では警戒もされるだろう。だから“その時”が来てからでいい。
「え? え?? うん」
 困惑しながらも頷くパールフェリカ。かんざし状態の葉っぱの付いた木の枝が揺れた。ぬいぐるみのフリをやめる時には、その髪を整えてあげたいとミラノは思った。
 そして、3人の男と女が1人の冒険者達を赤い目で見た。
 ──何もかもタイミングが良すぎるのって、考えものね。
 それにしても、とミラノはしみじみと思う事がある。
 驚く程あっさりと、簡単にパールフェリカと出会えた。
 空から落下し、子供らに拉致られ、変態人形師の助力を得て──そこですぐに出会えるとは思っていなかったので、さすがに、シュナヴィッツが言っていた“召喚士と召喚獣の絆”とやらを頭に思い浮かべずにはいられなかった。


(2)
 額当てと胸当てがやけにごつい、兜やいくつかのパーツは外しているのだろう、形がフルアーマータイプの革の鎧を装備をしている男。大柄な戦士系冒険者だが、焦げ茶の髪と同色の瞳で、犬を思わせる雰囲気だ。
「俺はヤヴァン。今んとこリーダーだ」
 声はやや枯れている。顔だけで判断するならば20代半ばといった所。
「カーラよ。よろしく」
 女は首を傾げて、紅を差したやや厚い唇を少し開いて、微笑む。
 明るい茶色の髪は全体的にゆるいウェーブがかかっている。肩から下は梳いているのか少ない印象で、冒険者ながらおしゃれへの意識があるようだ。とはいえ、露出のある格好ではなく、要所要所を守るライトアーマーを着込んでいる。20代前半だろう。紅一点である。
「……バリイーラ」
 短髪でカーラ同様ライトアーマーで軽装だが、腰に佩いた長剣はやや大きく、ごつい。鼻の上までフォローする兜を布で大きく巻いている。口元もリディクディらとよく似たマスクをしていて顔つきはわからない。ただ、マスクからはみ出ている古そうな傷跡なら見える。肌は浅黒い。声だけでは年齢の判断は出来そうにない。
「え、えっと……わ、私はホルトスと申します。えっと……その……新参者でして……戦いの方もあまり得意ではありませんが、その……よろしくです」
 最後の男はにへにへ笑って挨拶をする。色も白く、顔立ちで言えば、女のカーラよりも綺麗だ。そのせいなのか、様にならないホルトスはカーラにギッチリと睨まれている。線も細めなので、戦いには不向きに見える。
 ──冒険者とは、旅そのものを生業とする人々だ。
 旅をする理由が様々であるように、冒険者達の能力も様々だ。兵隊崩れから傭兵や特殊な召喚が出来る者がその力を売る為に、また駆け出しの鍛冶師や各種職人がその素材を求めて、などなど。
 何かの目的があって冒険者である者は、その目的に近付くため武器を取る。その生計を立てる為に、街に寄っては“旅する者”であるからこそ可能となるような労力を売る。曰く、どこそこへ行って、あれを持って来い、取って来い、調べて来い、潰して来い、倒して来い。依頼者も様々で、当然報酬も色々ある。現物や権利から、現金。
 このように、曖昧かつ胡散臭い旅人を、職業に仕立て上げたのが冒険者という名の旅人と依頼者を仲介する“冒険者ギルド”の存在だ。
 冒険者ギルドは国境を越えて根を張る事で、“根無し草”の冒険者間も繋ぐ。これに登録所属している者だけを“冒険者”と呼ぶのだ。
 所属する為には、各冒険者ギルドの用意する試験をクリアする事と、月の会費の支払いが必要になる。支払いが1日でも滞れば登録抹消の上、情状酌量もあるものの、10日から5年は再登録不可だ。というのも、冒険者ギルドが何よりも重要視するものが“情報”。登録料だけでは賄えない部分を彼らから集めた“情報”を売っている。冒険者ギルドが厳しい登録制なのも彼らの現在地や生存確認などの“情報”に繋がる為だ。厳しい登録条件とはいえ、融通がきかないという程ではない。理由の提出は必須だが、まとめての前払いも可能で、冒険者ギルドの無いような土地へ行く前などに利用される。また例外的に定住している冒険者も手間を省く為などで、前払いをしたりする。クライスラーはこれだ。また、クライスラーは人形師ギルドにも入っている。ギルドというものは各職種それぞれに持っている場合が多い。
 冒険者ギルドに所属しておく利点は多数ある。一番は冒険者ギルド所属の者だけの、情報交換の場がどのような国、街にもあり、利用できる点だ。また、根無し草で顔なじみの店が作りにくい冒険者達に代わってギルドが繋がりの深い店を持ってくれているので、格安で次の旅支度が出来る。今回のパールフェリカのように事情がある者や、後腐れも少ない都合の良い何でも屋としての仕事を冒険者ギルドが常に集めておいてくれる点だ。
 立ち寄った冒険者がすぐに請け負い、現金収入を得て、また次の旅に出る。そういったサイクルを、冒険者ギルドはサポートしている。冒険者ギルドのサポート無しでの旅は、よほどの金持ちの道楽でしかない。
 注意しなければならないのは、冒険者ギルドが冒険者から受け取る情報に対しては、真偽を確かめていない点だ。能力しだい、力があるか、月の会費がちゃんと払えるか、そこしか確認しない。つまり、身元はどうしたってはっきりしない。
「クライスラー、あんたが居たってこのお嬢さんの望みは叶えられねぇから、帰っていいぜ」
 リーダーのヤヴァンが、ハスキーとは言えない掠れた声で言った。これはしゃべりすぎて枯れたような声だ。
「…………え…………でも……」
 肩を内へ向けたままクライスラーがもごもご言い、パールフェリカの腕の中の“うさぎのぬいぐるみ”を見た。
 ぬいぐるみは、やや下を向いたまま動かない。
「これは俺達の仕事なんだ、さっさと帰ってくれ、ジャ・マ・な・ん・だ」
 ヤヴァンは目を細めて顎を上げ、クライスラーの鼻先に指を突きつけながら言った。クライスラーは眩しいものでも突きつけられたかのように横に顔を逸らしながら、言葉の度にビクビクと瞬いた。
「えっと、じゃ、じゃあ……その……か、かえります…………」
「え!?」
 それにはパールフェリカが振り返って声を上げた。見知った存在の有る無しは、重要なのだ。
 腕を組んで見下ろすヤヴァン、無言で立っているだけのバリイーラ、ニヤニヤと微笑うカーラ、……新参のホルトスは余所見をしている──クライスラーに同情しているのかもしれない。
「す、すいません。俺も、その、の、の、納期のある仕事……が……その……す、すす、す、すいませ~ん!」
 完全にヤヴァンに怯えてしまい、パールフェリカの見上げる瞳から顔を逸らしながら後ろへじりじり下がり、しまいには逃げ出した。
「……そんなぁ……」
 ガッカリ200倍のパールフェリカの耳に、とても微かな声で──十分よ──と聞こえてくる。パールフェリカは腕に抱いた“うさぎのぬいぐるみ”を見た。
「ほんとかなぁ……」
 パールフェリカは不安を打ち消すように、“うさぎのぬいぐるみ”をぎゅっと抱きしめたのだった。
「それで、ユニコーンだっけ、お嬢ちゃん」
「はい。そういえば、報酬の話をしていませんでしたね?」
 パールフェリカは先ほどの声とは打って変わって、はっきりと言った。
「そう、その話」
 紅一点のカーラが顔全部を動かして、にっこりと笑った。
「──2万ラカ。それ以上は無いわ」
 真っ直ぐ発声するパールフェリカの声には、13歳の少女ながら拒否を許さない色があった。
「4人で5000か、悪くはないな」
 カーラは少しむっとしている。
「思ってたより金銭感覚あるのね」
「では、一緒に探してもらえますか? 特徴は何度か言いましたが、薄い桃色の、ユニコーンです」
「まてまて。俺達の仲間を待ってるっつったろう?」
 上から見下ろしてくる。
 また、パールフェリカの耳に微かに声が届く──待つ必要はないわ、パール、貴女が動けばいいの──と。
 一瞬だけ口をきゅっと閉じて、パールフェリカは心の内だけで微笑んだ。
 そして、くるっと彼らに背を向け、歩き始める。
「え、ちょ、おい! お嬢ちゃん!?」
 ヤヴァンが慌て、荷物を集める音が聞こえる。
「待ちなさい!」
 カーラが駆けて来る。“うさぎのぬいぐるみ”を両腕で抱えるパールフェリカの右肩を強引に引っ張った。
「何を考えてるの!? 探したくないの!?」
「早く見つけたいですよ? だから、探すのです。 見つけたら、私の所に連れてきてくださいね? そうしたら、報酬をお支払いしますから」
 パールフェリカはふふっと笑った。
 確かに心細いところで声をかけてくれた、手当てもしてもらえなかったのに助けてくれたような気がしていた。何も連中の下手に出る必要は無かったんだ。それにこちらは依頼主になったのだ。ミラノはこうしろと、きっと言ったんだ。
 浅黒の無口なバリイーラを残し、ヤヴァン、カーラ、ホルトスがパールフェリカの後にくっついて来たのだった。
 ──ギルドを離れたら、少しずつ、目ぼしい場所を聞きなさい。言い難いなら遠まわしでもいいわ──
「ねぇ、ユニコーンはどこに連れて行かれたと思いますか?」
 ──彼らは、依頼主の貴女に口を閉ざす事は出来ないから──
「あ~、俺らもなぁ、仲間が来て情報をだなぁ、出し合って探そうと思ってたんだよ」
 ヤヴァンの歯切れは悪い。
 ──この声の枯れ方……“おしゃべり”が知っている事を言わないのは大抵、隠しているからよ。パール、名前を聞かれていないのでしょう? お嬢ちゃん……って。でも、バレれてるわね。前金も要求せず、大人しいのだし、ただの善人集団か、タイミングを考えるとターゲットを“両方”に据えたか……。この“おしゃべり”に話しかけ続けなさい。ヒントが出るまで、人通りの多い場所を歩いて、パール──
 “うさぎのぬいぐるみ”を気持ち持ち上げて、パールフェリカは大通りへと足を向けた。
 より近く、ミラノの声が聞こえる。
 ──何も、心配いらないわ──


(3)
 空からはわかりにくかったが歩いているとわかる。建物を修復している風景が頻繁にある。
 大型の熊のような生物──おそらく召喚獣──が足場を組むのに丸太を押さえていたりする。丸太と言えば、時々屋根にぶっ刺さっていたり、上方斜めから下方へ向けて横建物自体を貫いていたりする。また、唐突に鉄の壁が路地を塞いでいたりするが、ミラノは“ぬいぐるみ”のフリをしているので、例え視界の端を掠めようとも見ない。
 ミラノがティアマトから落下して見かけたような一般庶民や、同系統の服を着ている商人ら、ややめかしこんでいるのは観光か祭り目的で訪れていた者か。大通りに出るまであと少しという通りを、人々とすれ違いながら歩いていた。
 唐突に、後ろでガシャパシン! と、篭手の擦れる音と手を打つ音が響いた。やたらでかい。
「あーっ!」
 案の定ヤヴァンの声がして、パールフェリカは振り返る。ヤヴァンの顔へ視線を向けるまで、彼はそのままのポーズでじっと待ってパールフェリカを見下ろしていたのである。
 そして、ニコーっと笑う。
 パールフェリカの腕の中にあるミラノの赤い目にもそれは見えた。
 ヤヴァンはやおら、確かめながら首を明後日の方向へ向けた──既に“くさい”。こちらをちらちらと見ながら、である。
「もしかしたらあっちのフラエノの丘の方かもしんねぇ!」
 ミラノは正直頭を抱えたい思いがした──棒読みは酷い。
「フラエノの丘?」
 律儀に問い返すパールフェリカ。
「いやいや、俺も失念してたぜ! 通称“闇市”だ! ワイバーンの尾の猛毒はもう軍が接収しただろうが、兵士が横流しする事がある。それに群がる裏商人やら義賊やらがきっと集まってるはずだ! レアモノは大体この辺で取引されるんだ。 転売ヤローもいるかもしれない!」
 そこでヤヴァンは一度腰を曲げてパールフェリカに顔を近付け、人差し指をふりふりする。
「で、だ! そこならユニコーンの目撃情報が出てるかもしれねぇぞ?」
 ──……はい、黒……──
 パールフェリカの腕の中から小さな、ゆったりとした艶のある声が聞こえた──彼らは大通りに出る前に動いた。パールフェリカがあれやこれや聞いてボロを出させるまでも無かった。
 パールフェリカはヤヴァンの『ん? どうだ?』という得意気な顔と、“うさぎのぬいぐるみ”を見比べた。
 ヤヴァンはさっと姿勢を戻した。
「さっ、行こう! 行こうぜ! フラエノの丘だ! あー? フラエノ公園?」
「ああ……フラエノ公園の事」
 とパールフェリカ。城下町の中でも南の方にある、やや治安のよろしくない、建物が密集し整理されていない地区。そこにある遊具もなにもない公園だ。ただ、城下町の中では割と高い丘にあるのは事実だ。
 ヤヴァンは“ほら、おまえもっ”とカーラの腕を肘で突付いている。カーラは整えた形の眉をしかめつつ、視線を動かしながら笑顔を作った。そしてパールフェリカに大げさに言う。
「そ、そうね! あっちの方が確実に情報が得られるはずよ! さ! 行きましょう?」
 彼らをただ見比べるパールフェリカの耳に小さな囁きが聞こえる。
 ──パール……──
 声に『ん?』と“うさぎのぬいぐるみ”を見下ろした。
 ──いえ……なんでもないわ──
 パールフェリカは顔をあげて彼らに着いて行こうか逡巡した。その気配を察したのか、ミラノの声が聞こえる。
 ──あなたの好きにしたらいいわ。大丈夫よ──
 これだけこちらを舐めてかかってくれているんだから──と、ミラノは後半を飲み込んだ。
 パールフェリカは小さく頷くと、彼らの後を着いて歩き始めた。


 大通りは人で溢れ返っているが、1本通りをずらせばそれほどではない。とはいえ、常に誰かしらとすれ違う程度には混雑している。その道を歩いた。
 30分余り経過して、ミラノは訝る。
 ──ちょっと、時間がかかり過ぎている気がするわ。何かあるわね……──
 予定調和とでも言うのであろうか、ミラノの感覚は、これだけ時間がかかると、別の事態《イベント》が発生しかねないという結論を導く。実際の経験や仮想的に──小説やヴァーチャルリアリティ、つまりゲームなどから──得た感覚の積み重ねが、違和感を訴えている。
 パールフェリカからすると、先ほどからミラノの発言には『?』マークが脳裏に浮かんで仕方が無い。パールフェリカはちゃんとミラノが“異界から呼ばれた霊”である事を頭に置いている。それなのに、初めて来たはずの街だろうに、簡単に“心配いらない”とか“大丈夫”と言ってのける。
 歩いていると、次第に敷石に乱れが出始める。
 妙に浮いている間から草が生えていたりする。
 整備が行き届いていない区域に入ったのだ。この辺まで来ると、王都の民はあまり来ない。いつの間にやら余所者が集まり、余所者同士が集う場所になった。そして、吸い寄せられるように得体の知れない商人や、元から胡散臭い冒険者達が密談をする。
 城下町は山を降るようにある。ここに来るまでほんの少しつま先に力が入るような坂だったのだが、逆になる。上り坂だ。道は少しずつ狭くなり、建物の大きさも3階建てをMAXに小さく半分崩れかかったようなものがびっちりと建っているのが見え始める。区画が綺麗ではない為、路地どころか今歩いているような道さえ、唐突に行き止まりになっていたりする。
 人が3人並べば狭くなる道を何度かクネクネと曲がり、しばらくしてやや広い場所に出た。田舎の窓だけ開けたタバコ屋のような店が──これはミラノの感覚だが──何軒か見えた。ここら辺からまた上り坂がきつくなる。上へ上へ小汚い建物が建ち、その真ん中を5人程度が並べば通れなくなるような、ややいびつな階段が伸びている。
 昇りきった所で、小学校の運動場程度のだだっぴろいスペースが現れる。その周囲には先ほどのような建物が密集して建っている。その建物に沿うようにテントのようなものが並んでいる。露店でもあるようだ。よれよれの服を何枚も重ね着したような連中が浅黒い顔で座っている。
 丘の頂点に広場のようなこの公園があって、降る斜面に建物が建っているようだ。広場の中心には水の無い、ひび割れた噴水の成れの果てがぽつんとある。
 パールフェリカは瞬きを繰り返して見回す。本来、彼女が訪れるような場所ではない。
「ええっと、ここら辺に──」
「おい! ヤヴァンか!?」
「え?」
 ヤヴァンを少し小型にしたような男が路地から姿を見せた。
「おおーい! お前! 俺ギルドに呼んだのに何で……」
「いや! それよりマジィんだよ! 獲物、“飛槍”の連中に盗まれたんだ! 皆そっちを追ってる」
「はぁあ!?」
「なんですって!?」
 カーラが男の襟を掴み上げた。女のするリアクションではない。
 3人の声のトーンが一つ二つ上がる。
「つか、なんで“飛槍”が来てんだよ!? ウェティスに流れたって話じゃ……!?」
「あっちにゃ“炎帝”が飛んだんだ、“飛槍”も避けるだろ、そりゃ」
「くっそー……!」
「で、俺はまだここに残って“飛槍”の尻尾を──って居やがった!」
 言って男は横を通り抜け、こちらの背後へ走り出す。
「おい、待て!」
 ヤヴァンも追いかける。
「ちょっとぉ!」
 カーラが、一瞬迷った末、パールフェリカの腕を無理矢理ひっつかみ、男二人を追いかけた。
「え? ちょ!?」
 パールフェリカは背が低い分足の長さも足りないので、半ば引きずられながら、転んでしまわないようにと必死で走る。最早なりゆきだ。
「えーーー!!?? な、な、なにごとなんですかぁ~!?」
 最後に、空気と化していた新参者、ホルトスが衣をばたばたと鳴らして追いかけて来た。
 2人がギリギリすれ違える程度の、細く暗い路地へヤヴァンの小型が飛び込んだ。それを追うヤヴァン、カーラ、引っ張られるパールフェリカと“うさぎのぬいぐるみ”に、ホルトス。
 上方から漏れる昼の光は足元まではほとんど届かず、しかし大きめの敷石が時折めくれてるような路地を転ばぬように走るのは大変だった。
「カーラ!」
「なによ!」
 前方からヤヴァンとカーラの声がする。
「50歩先だ! 頼む」
「──っもぉ!」
 すぐにカーラはキュキュッと足を止めた。勢いでパールフェリカは前につんのめって転びそうになるが、ぐぐっと堪えた。
 カーラはローブをひらめかせ、肌にぴったりと張り付いた、タイツのようなズボンを露にする。“うさぎのぬいぐるみ”の耳が路地にへたりと付いてしまった、パールフェリカの上半身が前かがみになっていたせいだ。その横で、女の声が通る。
「きたれ」
 カーラの口から言葉が紡がれる。
 その瞬間、彼女の足元にきゅわっと濃紺の魔法陣が広がった。
「地下深く棲む者、“7番目”に跪く者よ。 
 汝、心優しき者、全てを識り磨く者よ」
 はっきりとした声で詠唱する。その声にあわせて魔法陣がぎゅるっと回転する。
「幾千幾万の時、大地に眠るあらゆる礎を守護する者よ。
 神の盾にして監視者たるミカルの契約に基づき、
 出でよ、ピグミー!」
 そして、魔法陣が輝きを放つ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』

アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた 【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。 カクヨム版の 分割投稿となりますので 一話が長かったり短かったりしています。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...