召喚士の嗜み【本編完結】

江村朋恵

文字の大きさ
19 / 50
【2nd】 ─ RANBU of blood ─

ホルトスさんの召喚術

しおりを挟む
(1)
 シュナヴィッツは腰の、刀以外のジャラジャラした装飾を捨てた。
 ──地下7階。
 扉らしい扉もなく、階段からまっすぐ廊下が伸びて、あの牢屋があったようだ。
 ──地下6階。
 穴だけの階だ、階段から廊下は無く、だだっぴろく部屋が広がっているのだ。この階は廊下と比べてやや暗い。使う際に灯りを用意するのだろう。ひんやりとした空気が広がっていて、よくわからない箱やらズタ袋やらが山と積んであり、人の気配は無い。
 ──地下5階。
 廊下がやはり延々続いているが、7階と違ってドアの数がやたら多い。一部屋一部屋はかなり狭そうだ。廊下には樽やらズタ袋、よく分からない棒などが壁にかかっていたりする。“飛槍”構成員などの居住空間かもしれない。人が居るのかどうかははっきりわからないが、やはり静かだ。シュナヴィッツを先頭に、パールフェリカが続き、ホルトスが足音を潜めて階段を上る。
 ──地下4階。
 再び穴だけの階だ、延々と広がっている部屋は間仕切りで区切られていて、槍やら剣やらが立てかけられている。鎧や盾も有る。武器庫のようだ。ここも地下6階同様、薄暗く、人の気配も無く静かだ。
 ──地下3階。
  また穴だけの階。間仕切りで半分に大きく区切られている。片方は大きなズタ袋が山と積んであり、樽も大量に積まれている。もう片方はテーブルと椅子がずらりと並んでいる。食料庫兼食堂のようだ。食堂の奥の間仕切りの裏には複数の人の気配がある。もしかしたら調理をする者が働いているのかもしれない。3人は一層足音を忍ばせた。
 ──地下2階。
 地下2階へ上がる前、踊り場部分でシュナヴィッツが足を止め、刀に手をかけた。パールフェリカとホルトスを制止し、ここで待てと示す。
 シュナヴィッツは腰を落として階段をゆっくり上がる。
 パールフェリカらから、シュナヴィッツの踵が見なくなってすぐ。
 どごっどすっどさっと、重い音がいくつか重なった。“うさぎのぬいぐるみ”がパールフェリカの腕からひょいと飛び降り、階段をぺとぺと駆け上がる。
 シュナヴィッツが立っており、彼の足元に5人の男が転がっていた。皆、気絶している。刀は使っていないようだ。
 相手の不意を突いたのだろうが、それにしても声もさせずにあっさり倒して、シュナヴィッツは息も乱していない。ネフィリムが言っていたように“戦いになるとすぐ前線に行って体を動かす”戦闘型のようだ。体格は肩幅も広く、しっかりと成人した男性のそれではあるものの、面はやや幼さの残る女顔で、柔らかいラインに尖った顎、目も大きく黙っていれば穏やかで荒事を好まない人に見えなくもないので、ちょっと一致しない。
 後ろから“うさぎのぬいぐるみ”が来た事に気付くとシュナヴィッツが眉間に皺を寄せた。が、ミラノは気にする事無くシュナヴィッツの腰にあった短刀をすらっとその右手で抜いた。
 そのまま一番手前に転がっていた華奢な男の頬をその短刀の腹でペチペチと打った。起こしている。
 シュナヴィッツが止めようとする前に、男が呻いた。
「……うっ……くそ……一体何が…………?」
「ユニコーンはどこ?」
 うさぎは赤い刺繍の目を男の顔の真上に持っていって、淡々とした声で言った。
「うおっ!? なんだ!?」
 男の眼前へ“うさぎのぬいぐるみ”は抜き身の短刀の刃、先端を見せた。
「ユニコーンはどこ?」
「何がだ!」
 そう声を荒げ立ち上がろうとする男の腹に、シュナヴィッツの踵が重く落ちた。
「……ぐっ」
 男は短く呻いて体を曲げる。シュナヴィッツのブーツの踵には力が入ったままで、押し込み続けている。
「ユニコーンは、どこ?」
 男は顔を歪める。
「ユニコーンなら……この上の地下1階の抜け道から……外に搬送してる…………──くそが!」
 言うや否や、シュナヴィッツの踵に両手をあてがい持ち上げようとする。が、シュナヴィッツはそちらの足に体重を乗せ、もう一方の足で男の顎を蹴り上げた。男の喉が大きく反り、水気の混ざったうめき声が漏れ、動かなくなった。ミラノは男を覗き込んで様子を伺う。息はあるらしい。
 シュナヴィッツは何事も無かったように男から降りると、“うさぎのぬいぐるみ”に手を差し出す。ミラノは短刀の刃の方を下へ向け、柄の方をシュナヴィッツに渡した。その時目があった。シュナヴィッツは声の出ないまま、口だけを動かした。
 ──無茶をするな。
 それに対して、“うさぎのぬいぐるみ”は小さく肩をすくめ、すいませんと小さな声で謝ったのだった。
 階段に戻ると、不安そうにこちらを見上げているパールフェリカとホルトスが居た。彼らを手招きで呼び、さらに階段を上がる。
 ──地下1階。
 ここも延々廊下が続いている、それを進んだ。
 ユニコーンがどこかへ搬送されている。すぐにでも追えば、取り戻せるかもしれない。パールフェリカが居る事を考えたが、シュナヴィッツは先程の連中程度の者しか居ないなら、なんとかなると考えている。廊下は3,4人の男が並んで歩ける程度。長刀を振るえる広さではないが、それは敵も同じ。敵は数が居たとしても、狭路であれば一列に並び、分散するだろう。
 等間隔に扉のある地下1階の廊下には人の気配が無い。そのまま入り口とは逆の奥へ進むと、唐突に、広い地下洞窟に繋がる。
 その視線の先に居たのは、モンスターの群れ。鉢合わせた。
 ──勢いは落ちているとはいえ、ガミカ国は召喚古王国として常にモンスターと最前線で戦ってきた国だ。その中心、王都近くに、モンスターが入り込んでいた。シュナヴィッツは顎を引き、敵の様子をと確認する。
 大きさは人間の男の1.5倍、出っ張った腹が目立つ。手にはでこぼこした棍棒が握られている。頭は人の2倍程ありそうだ、その耳に至っては、人の手の平はありそうだ。顔の中心に、大きな目が一つ。下には黄色い歯の並ぶ口が、半開きである。
 巨人トロル。
 モンスターの大地モルラシアに棲む獣だ。人語はわからない。それが10、11、12……14体居る。
 彼らの巨体がゆらりと揺れて、こちらを向く。パールフェリカが半歩下がった。
 彼らの硬い皮膚には、短刀程度では傷を付けられない。シュナヴィッツは長刀の方を抜いた。通路より広い洞窟の方に出て戦わなければならないようだ。護衛対象がある状態で1対14は、厳しい。ティアマトも居なければ、召喚術も使えない。
 片足を摺り足で前に出した時、背後でごくりと唾を飲む音がする。
「……い、今まですいません。こいつらなら、わ、私でも役に立てそうです」
 両の拳を胸の前で摺り寄せながら、しかしホルトスはしっかりとトロルを睨んで言った。


(2)
 トロル達は刀を抜いたシュナヴィッツを小さな脳みそで敵と判断した。また、足元にショッキングピンクの魔法陣が展開したホルトスも、敵と判断したようだ。
 だが、まとめ役もいなければ指示するものが居ない。それで、トロル達は「……ア……ア……アア……ア……」と音を発して彼らのコミュニケーション手段で相談をしている。
 その間に、ホルトスの召喚の術が完成する。
 ショッキングピンクの魔法陣は、キュルルルルッと回転すると、その中心からシュポンッと光の珠を放つ。光の珠は魔法陣と同じショッキングピンクだ。魔法陣が消える。
 珠は、ぱちんと弾けて、そこに人型の霊が姿を現した。
 背後に居たホルトスを横目で見ていたシュナヴィッツが、光速で前方のトロルへと視線を移した。というのも──。
『にゃっはー! やぁっとよんでくれたぁ!!』
 ピンク色のオーラを薄暗い洞窟にビカッと放つ。飛び出た人型の霊は、両手両足を宙空でぱっと広げて浮かんでいた。
 彼女は満面の笑みを浮かべている。猫っぽい顔つきで愛嬌がありながら色っぽさもある、つまり可愛らしい“男受け”のする相貌である。舌をぺろっと動かして下唇を舐めた。口角は上がりっぱなしである。
 ふわふわで毛量も多く、くるぶしまでありそうな現実離れしたピンク色の髪。首の裏、髪の内側に両手をまわした。
『もうっサイッコー!!』
 パッサーと髪を広げ、背伸びをしながら叫んだ。ピンク色のキラキラした輝きと甘ったるい花の香りが辺りに散らばった。
「うわ! でか!」
 パールフェリカが思わず、仁王立ちで口をガッパと開いて、通常より大きな音量で呟いていた。もはや呟きではないのだが。
 出てきた女の格好は、要所要所をピンク色の小さな布っきれで隠した程度で、ほとんど全裸である。
 重さと関係が無いのか、宙にふわりと浮いて、くるんと縦に一回転してからホルトスの首に両腕を巻きつけた。体はぴったりくっつけている。が、半透明なので女を見るとホルトスが透けてみえるのである。女はすべすべの肌でホルトスにするすると頬ずりする。
 やや幼さのある声とは裏腹に、乳は規格外サイズ、ウエストはきゅっと締まりつつ、お尻はいかにもふわふわしていそうに白い。そこから伸びるさらさらの太ももがあらわになっている。
 スタイルがはっきりわかる服装というレベルではない、大事な所以外丸見えである。
『っもう! ホルトスゥ! なにやってたのよぉ? 霊界ってばね、真っ暗でさぁ、もうさぁ、前にも言ったけどぉ? 毎日よんでってばぁ!』
「……え……いえ……そんな……体力もたない」
『にゃ!? じゃ・あ! 体力つけなさいってば! あたしのために!』
 そう言ってうふっと笑った後、女は視線をやっとホルトスから動かした。
『ん?』
 女は呟いて、シュナヴィッツを指差した。
『会ったことある?』
「あ、多分、彼のお兄さんに、ほら髪型違うでしょ? 雰囲気も違うけど」
『に? ……あーそういえばーふんふん、なんかそんな気してきた』
 などと言っているが既に興味は無さそうである。
『ま、いっか、そんな事! てゆぅかさぁ! なんでこんな暗いトコによぶわけ!? おまけにジメジメしてるじゃん! この奥とかひどそう! あたし暗いトコ大嫌いってあれほど言ったでしょ!?』
 ホルトスを『めっ!』と睨みつけつつもぎゅっと抱きついている。
「ホルトスさん……この召喚霊、ですか。……一体、あのモンスター相手に何が出来るんですか……」
「ちがうわよミラノ! 今はあのでかい乳にツッコむ時でしょ!」
 トロル達はと言えば、女のキャンキャンした声から、体ごと背けて「……ア……アア……」とまた何か相談をしている。
「違うのはあなたでしょう、パール……」
「え? ちがうの? えーっと……これか! ──ホルトス! イチャイチャするだけなら帰ってからやんなさいよね!」
 ふんっと言ってパールフェリカはこっそり自分の無い胸と半透明の女の胸とを見比べているのである。
「……パール……」
 ミラノは心の内だけで呟く──年相応の大きさなのに、やっぱり気になるのね。
 パールフェリカは自分の胸に手を当てているので、両腕で支えられていた“うさぎのぬいぐるみ”は、結果半身がだらりと地面に落ちた状態になっている。
 パールフェリカの言葉に、ホルトスが顔を上げた。
「え? ……いえ、何か誤解です!」
『うそ! あたしはホルトスとイチャイチャしたいのに!』
 女はそう言ってホルトスの耳の下、首辺りに唇を当ててふんふん匂いを嗅いでいる。
 が、その顔色がさっと無表情に変わる。
『……ちょっとホルトス……妙な匂いが混ざってるわ。 これ……セイレーン? あの女に会ったの!?』
 ぱっと顔を離してホルトスをギロリと睨んだ。嫉妬むき出しの顔である。
「い、いや私は会ってないよ? ほら、声あるでしょ?」
『何言ってるのよ! あたしがいればあの女の力如きぶっちぎれるわよ! そうよ! 居る・だ・け・で!』
 ホルトスの腕に自分の片腕を絡めたまま、その巨乳をむんと前へ突き出して自慢気である。
『あの女、むかつくのよね! 力自体は弱いクセに! 音を、奪うのよ!? 声を、固めるのよ!? 信っじらんない!! 鈴鳴る神の与えたもうた形無き宝石──声を奪うなんて、言語道断だわ!』
 めいっぱい力説している。
 どうやらこの女の召喚霊はセイレーンを嫌っているらしい。
「声を……奪う……あれ!? 待って! 私しゃべってる!? あれ! あれ!? え!?」
 パールフェリカが叫ぶように言った。彼女の言葉にシュナヴィッツも呟く。
「……あ……え? ……なんだ? なんで声が戻っている?」
 ミラノでさえ失念していた事に気付かされた。普通にパールフェリカとしゃべっていた。シュナヴィッツとパールフェリカは声を封じられていたはずなのに。
『だぁかぁらっ! 言ってるでしょう? あたしって存在が居る・だ・け・で・あの女程度の力なんてぶっちぎってズタぼろに切り裂いてぐっちゃぐちゃにして爪の垢以下よ!』
 言っている意味は相当不明ではあるが、雰囲気でごり押している。
 つまり、彼女は召喚されるだけで、セイレーンの力を消し去る事が出来るらしい。
「──あなたは? ……私は、ミラノです」
 パールフェリカの腕の中からミラノが問う。妙な返事、つまり先に名乗れなどと言われぬようちゃんと自分の名前も言っておく。
『あたし? あたしは、リャナンシーのフランよ!』
 ホルトスから手を離して、きらりんと一周横回転してポーズを決めた。3秒程笑顔で停止した後、元のポジション、ホルトスの腕に戻った。
 シュナヴィッツは相変わらずトロルを警戒したまま──単にこちらを向けないだけのようでもあるが──問う。
「霊にしては長く居られるのだな」
『あたしはほら、召喚主からの力のもらい方が普通とは違うから!』
 そう言って『ふふっ』と艶っぽく笑った。
「もらい方が──」
「パール! それは城に帰ってから兄上に聞け!」
 半ばヤケクソの声でシュナヴィッツは言った。
 リャナンシーについては、一昨日クーニッドに向かってネフィリムの話に花を咲かせていた時、パールフェリカが話題に出した召喚霊だ。リャナンシーは女の召喚霊だが、召喚主には必ず男を選び、パールフェリカのようなユニコーンに愛される“純潔の乙女”が経験したことのない、口にしてはいけないような方法で力をもらう。
 パールフェリカはその言葉に「あ!」と声を漏らした。シュナヴィッツは一瞬ぎくりとする。
「そっか、ネフィにいさまが召した“リャナンシー”を召喚出来る者ってホルトス?」
「え? あ、はい、そうですよ。ネフィリム殿下にお呼ばれしたのです。 城でお見せした後、たんまり報酬を頂いたんですが、スリにあって全部無くしまして、帰りの旅費も無くなってふらふらしていた所をヤヴァンさん達に拾ってもらったばかりだったんです」
「えー! それって大変ねぇ。
 ねぇにいさま! なんとかしてあげられない!?」
「……僕は、現状をまず何とかしたいんだがな」
 長刀を構え、シュナヴィッツは14体のトロルと対峙したまま言ったのだった。


(3)
 リャナンシーのフランと名乗ったこの召喚霊は、左手の人差し指を尖らせた唇の真ん中に当てて何か考えている。ちらちらっとホルトスを見ている。ホルトスが真剣な顔で頷くと、フランはパッと両手を広げ、微笑んだ。
『そっか、おっけ~! 任せてん♪』
 リャナンシーは一度ふわっと飛び上がりピンクの髪を揺らして、頭からホルトスに激突──いや、吸い込まれた。
 リャナンシーの姿が一瞬でかき消え、うつむいて顔をしかめたホルトスが正面を向いた時、瞳孔が大きく開いて──まるで、パールフェリカがトランス状態に陥った時のように──ぼんやりした目つきで、しかしはっきりした立ち居振る舞いで、長刀構えるシュナヴィッツの横に歩み出た。
 すっと姿勢を正すと大きく口を開き──。
 100人が一斉に歌いだすよりも大きな音量で、テンポの速めの歌を歌い始めた。
 シュナヴィッツとパールフェリカは慌てて両耳を塞いだ。
 地面に着地して、たるんと垂れていた“うさぎのぬいぐるみ”の耳は器用に内側に動いて、へたへたへたっと頭から体にぴったりとフィットした。そうする事で耳を塞いだようだ。ライブハウスの音量の比ではない、この大音量は、壁の天井の、また岩肌をかすかに削る。パラパラと砂埃が落ち始める。
 トロルと言えば、まるでドミノ倒しのようにばたばたと直立硬直で倒れていく。
「──耳が割れそうね」
 苦痛を、精神面だけでも和らげる為に、ミラノはぽそりと呟いた。その声もホルトスの歌声に押しつぶされて聞こえなかったのだが。
 トロル達全員が完全に昏倒するとホルトスの歌は止み、ひゅるんと頭の上にリャナンシーのフランが満足そうに飛び出して来た。相変わらず半透明で向こうが透けている。
 にこやかなリャンシーをパールフェリカは見上げ、困惑した声で告げる。耳鳴りが残っているが、それを気にしてはいられなかった。
「こんな大きな音をさせたら追撃が!」
 リャナンシーは人差し指をちっちっちと左右に揺らした。
『平気よ~♪ 音はこの、ちょこっとの範囲だ・け! ホルトスがそう望んだから、そうしたのよ? そういう事も出来るのよ、だってあたし召喚霊ですもの!』
 言って肩をきゅっと持ち上げ、ふわふわピンクの髪を揺らして笑った。
「ええ、ありがとう」
 ホルトスがそう言うとリャナンシーはウフッと言ってまたその首に巻きついた。
「──そう、同じなのね。 トロルは大きな音が苦手……?」
 ミラノの知る自分の世界のトロルの伝承では、化け物と妖精のどちらの側面もある。どちらであっても、大きな音は苦手なのだ。
 シュナヴィッツは姿勢を正すと、長刀を鞘に収めた。
「そういうことか。 確かにトロルには弱点らしい弱点が無い、だが騒音からは逃げる。 ここまでの音量になると、弱点となるのか」
 トロルは体皮が硬く最前線で盾役となるタンカータイプだが、彼らが前へ出てきた時は盾や軍靴を打ち鳴らして怯ませるのは、モンスター戦での戦い方の一つだ。
 シュナヴィッツがそう言うと、リャナンシーはギロッと彼を睨んだ。ピンク色の髪がフワリと上昇した。
『そーうーおーん~!? 言うに事欠いて、騒音ですってぇ!?』
「ま、まぁまぁフラン、落ち着いて、とても素晴らしかったですよ」
 ホルトスがそう言うと、リャナンシーのフランはきゅうっと眉尻を下げた。頬をやや赤らめている。
『……もっ! ホルトスがそんな事言ったら、あたし、もう怒れないっ』
 フランはぎゅうううっとホルトスに体を絡めて抱きついた。
「あ! 今ね! ホルトス! イチャイチャするだけなら帰ってからやんなさいよね!」
「…………パール……」
 さすがに呆れた声をミラノが出した。
「トロルは騒音が苦手ですから、以前にこれトロルにやった事あるのですがそれと同じなら、彼らはまる一日は起きません。 リャナンシーはちょっと特殊な召喚霊で、私に憑依する事で比較的長時間居る事が出来るんです。さっきこの子が言ったような理由も大きいですが……ははっ。彼女が私に憑依している間、私は“音楽”に関してちょっと、人より優れます。それで吟遊詩人なんて真似事をして生活しています。 それでまぁその、この子はちょっと……嫉妬深いので、私が他のものを召喚するのを嫌がってしまって。それで私も練習不足になりまして、リャナンシー以外の召喚術は苦手なんです。先程はあの、未熟な所をお見せしてしまって、本当にお恥ずかしい」
 ホルトスはタハハッと照れ笑いを浮かべている。“先程”とは広場での度重なる呪文間違いの事を指している。
『愛情深いって言って!』
 リャナンシーは『んもぉっ!』とホルトスに抱きついたまま、その腕に人差し指をぐりぐり回して押し付けている。ホルトスが“騒音”と言ったのは、聞こえなかったか聞こえなかった事にしたようだ。
 音楽に関して秀でるにしても、今回のような大音量では誰も評価出来ないが、日頃はまともな音量で歌っているのだろう。
「──いろんな召喚霊がいるのね」
 この短期間で様々な召喚霊とやらを4体も見た。淡々とした口調ながら、ミラノなりに驚いている。やや溜息交じりであったが。
 リャナンシーはホルトスに腕を絡めたまま、そんな“うさぎのぬいぐるみ”の赤い目を覗き込んだ。
『…………? あたしが変わってるって言いたいの?』
「そんなに数を知らないから、判断出来ないけれど、珍しいのでしょう?」
『……まぁ、珍しいとは思うけどぉ──……あたし、あなたほど変わってないわよ?』
 リャナンシーはきょとんとした表情で言った。“うさぎのぬいぐるみ”の耳がひくりと揺れた。
「……どういう意味かしら」
『ぁ! やぁね! 勘違いしないで! 悪い意味は一つもないわよ? ほんとよ? あたし“あなた”の為ならなんでもするわよ~! これもほんとよ? だって、そうじゃないとあたし達──“楽しく”ないもの! ま、ホルトスの事は、譲れないけど~♪』
 そしてまたぎゅうっとホルトスに抱きついた。
「………………」
 意味がわからない。“うさぎのぬいぐるみ”はゆっくりと顔を横に背けたのだった。
「えっと、では、私は王都戻りますね、いくらこの子が長い時間居られるとはいえ、それも我慢しての事ですから、力を渡したいですし……私宿屋行かないとぶっ倒れますので……」
「ホルトス。この“うさぎのぬいぐるみ”だが──」
「もしかして、ですが。姫様の召喚獣か、霊、なのですよね?」
「……そうだ。他言無用にして欲しい」
「ええ! もちろん誰にも言いません。ネフィリム殿下はとても素晴らしい方です。そしてあなた方はその弟君に妹君。そして、そのうさぎさんは妹君の召喚獣でしょう? お披露目もされてませんし、内緒にしなければならないのなら、ネフィリム殿下がそう望まれているのでしたら、私は墓に入ったって口を割りません」
 ホルトスは断言した。
「そうか、兄上に会った事があるのだったな」
 シュナヴィッツはちょっと考えて、繊細だが派手すぎない細い銀の腕輪を左手首から外した。これは細いものを5本束ねて1本に仕上げていて、じゃらりと音がした。
「宿代も無いのだろう? これで金を作るといい。城には大体いつでもパールが居るから、こちらを訪ねて来るといいだろう。パール、お前が兄上からの報酬を奪われた件はなんとかしてやれ」
「え!? 私が!?」
「本当ですか!? それは、とても助かります!」
『ホールートース~』
 会話が広がってしまいそうで、フランが焦れている。
「あ~、では、その、失礼しますね」
「大丈夫か?」
「ええ、フランが憑いてますので、口さえ封じられなければ、会う敵会う敵、そこのトロルみたいになって頂きます」
 にこやかに言って、彼らは手を振って、パールフェリカの指摘した通り帰っていった。当のパールフェリカは、城の外の者との対面自体少ないのに、何をどうやってホルトスのスリ被害を対処したらいいのかとブツブツ言いながら考えていた。
「ホルトスさん同様、街に戻るか、この先を進んでいるであろうユニコーンの手がかりを掴むか、どちらかです。階段で見てわかるだけの物資と人の痕跡、モンスターが居る。そのどれだけがこの奥に居るか、まではわかりませんが……危険だと、思います」
 パールフェリカを一度ホルトスと共に地上に逃がすか、ユニコーンを追うか……という事をミラノは言っている。
 ハッと気付いて、パールフェリカは呟くのをやめた。
「私も! 声も戻ったんだし! いざとなったらミラノを“人”にして、頑張る!」
「…………毎回乗り切れると思わないで欲しいのだけど……」
 ──頑張るの意味もよくわからないわ──と後者の言葉は飲み込み、ミラノはパールフェリカの召喚獣扱いに、やれやれと心の内で呟いたのだった。
「僕の召喚術もある、そう引けは取らないだろう」
 それが結論になった。2人とぬいぐるみ1体は、この幅広で高さもそこそこある薄暗い洞窟を進む事に決めた。
 歩み出す前、“うさぎのぬいぐるみ”は廊下からこの洞窟に切り替わる場所辺りを見回す。すぐに、自分の背丈と変わらない樽を見つける。
 樽の蓋を右手で器用に開けようとするが重い。手こずっている所へシュナヴィッツが近寄って来てそれを開ける。
「──松明か……ちゃんと備えてあるんだな」
 シュナヴィッツは樽の中を見てそう言い、“うさぎのぬいぐるみ”に視線を移した。
「牢に居た時から思っていたが、ミラノは何もかもお見通しなのか?」
「……いいえ?」
 樽にしがみついていたのを、地面に降りてミラノは言った。
「松明に関しては、この、基地、ですか。ここへの入り口でも樽にしまってあったのを見たので探してみただけ。見つけたのは偶然です」
 シュナヴィッツは松明1本と、腕を伸ばして底のマッチを取り出し、火をつけた。
「……偶然、な」
 思案するように言って、シュナヴィッツは先を歩き始めたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』

アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた 【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。 カクヨム版の 分割投稿となりますので 一話が長かったり短かったりしています。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...