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本編 【5歳】
5.王子たちの手紙
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さすがアレキサンダーは次期王太子にして第一王子様。
手紙は時候の挨拶から始まるが、6歳なのに代筆ではない。しかも、幼児の字なのに読みやすい上、内容にもそつがない。
『ティナ。今日はあまり話せなかったけれど、次に会えるときはもっとたくさん僕としゃべって君のことを教えてね。僕はいま、星を見るのが好きなんだ。今夜はティナも星を見てね。僕も君を思って星を見るよ。離れていてもきっと、一緒にいる気分を楽しめるんじゃないかと思うんだ。でも、やっぱり早く会いたいね』
(──6歳にしてこんな口説き文句が言えますか、そうですか…………なんかもう甘ったるい歌詞かしら……)
クリスティーナは爽やかな香り付けされた手紙を顔にぐっと押し当てた。
(すごいよ、しっかりラブレターじゃない? もうこれ立派なラブレターでしょう? そりゃあゲームのクリスティーナものめり込んで好きになるわ……アレックス王子ポテンシャルたっけぇ! 婚約者と初めて交わす手紙、これかよ!)
くんかくんか香りを楽しんだあと、机のところまで戻って椅子に座る。今、読んだ内容への返事をアレキサンダー第一王子宛てに書くべく、クリスティーナは引き出しからレターセットを取り出した。
いつもは領地に引っ込んだ祖父母に書くくらいでしか登場しないアイテム──香りはほのかにフルーティーな甘さが染み込んだレターセットだ。
机の上の羽ペンにインクを付けてクリスティーナもなけなしの語彙力で挨拶を書き、本文にかかる。
『本日、お会いできてとても嬉しかったです。私ももっとアレックス様とお話がしたかったです。でも、緊張してしまってうまくは話せなかったかもしれません。次にお会いして言葉が上手に出てこなくても笑わないでくださいませ。今日は良い天気ですから、きっと星もキレイに見えますね。夜はアレックス様を思い出して私も星を見たいと思います。またお会い出来る時まで──クリスティーナ』
(どーよこれ? アレックス王子の感情レベルに追いついてる? 大丈夫? 『あなたのクリスティーナより』とかのが良かった? いやいや、でもでも、冷めててもいけないけど、好き好き熱すぎてもいけないから、どーよ、このくらいで? 6歳と5歳のやりとりとしてはなんだかよくわからないけど、前世でも○○くん、△△ちゃんと結婚するーとか言い出す年頃だし、いいよね?)
クリスティーナは書いたばかりの手紙を『うーん』と唸りながら眺めている。
「ちょっと時間をおいてあとでもう一度見直そう……!」
羽ペンをペン立てに突っ込み、クリスティーナはオズワルド第二王子からのピンクの封筒をペーパーナイフでビビっと切って手紙を取り出す。
閉じこめられていた香りがふわりと解放された。
(あんっま~…! 砂糖でも練り込んでんじゃない?? むしろバニラエッセンス??)
破滅理由のオズワルドからの手紙はかなり積極的に嬉しくないのだが、彼も王子、クリスティーナも邪険にするわけにはいかず、読む。
オズワルドは誰かしら字の達者な者に代筆させたようだ。お手本のようにキレイに整いすぎるほど整った文字。
──しかし、内容はひどい。
きっとそのまま書けとでも命令したのだろう。
『ティナ、おれだ、オズだぞ、覚えたか? 今日はな、部屋から出るなとしつこく父上に注意されていたんだけど、頑張って抜け出してお前に会いに行ったんだ。どうだ、嬉しいだろう!?』
「…………さ、さようでございますか……」
あまりの口語調につい声に出して返事してしまうクリスティーナ。
『父上に言われてなかったら城の中でもおれのとっておきの場所に連れて行ってやったんだけどな! でもな、ティナ、ちゃんとおれに会いに来いよ? そうしたら父上も絶対、ダメとは言わないと思うんだ! 今日はほら、あれ、兄上だろ? ティナもな、別に父上に命令されたからって聞く必要ないからな! 婚約くらい誰としたっておれはいいけどな! 昨日、王家の庭のまだ手入れの届いていないところでめちゃくちゃ綺麗な石を見つけたんだ、気になるだろ? ティナにやるから見にこいよ! おれは庭師とも仲がいいからティナが気に入った花もぜんぶお前にやるからちゃんとおれに会いに来いよな! じゃあな! おまえのオズワルド』
文末だけは本人が書いたのか、力加減や多少いびつさの残るサインだった。
(なんなんだ、なにをおっしゃりたいのよ、オズ様。いくら5歳児でも要領得なすぎ…………いや、延々とおれを訪ねて来いって言ってんの? …………えぇー?……不貞だから嫌です。しかもなにこれ? なにこれ『おまえのオズワルド』ってドン引きでございますわ、オズ様。何かで知って『やってみたかった』系かしらね……変なヤツに遊び相手認定されてしまった気がするわ…………厄介)
オズワルドのサインはあったのに、最後にまだ一枚あった……クリスティーナはため息こらえて読んでいく。
一番上にはたどたどしい文字で『ティナへ』と書かれているのを見つける。
(これ、直筆かしら?)
だが、そこから先、全く違う形の記号の羅列が──外国語らしき文字が並んでいた。
法則性はあるようで、幼児特有の力のないへにゃへにゃした宇宙語ではない。むしろ前世三十路には達筆な英語の筆記体を見せつけられているような気分だ。
(なにこれ……?)
紙の下、最後には代筆手紙と同様、オズワルド本人が書いたと思われるサイン。
本文のみ、読めない──。
(暗号……? うーん……なんか見たことある気もするし……初見のような気もする……)
紙面の下部にはシンプルな線でぐねぐねした絵が書いてあった。
「地図……?」
本棚には地図本もある。
クリスティーナは手紙を机の上に置いて本棚に向かう。まだ10冊ほどしかない蔵書から、縦がクリスティーナの身長の半分ほどはある本を一冊取って両手に抱えると、ソファの前のローテーブルに運んでドンと置いた。
机の上に置き忘れたオズワルドの手紙を持ってソファに戻り、大きな本を開いて絵と一致しそうな地形を探す。
「縮尺も違うよね……無理があるかな?」
手紙の地図の真ん中にはバッテン×が書いてあり、クロスした真ん中から下側の線2本には垂直の短い線が一本ずつ入っている。
剣が交差した記号に見えた──物騒だ。
「……なにこれ……何が言いたいの、オズ様……」
一致する地形は見つかる気がしなかった。クリスティーナは本を片付けて机に戻る。
急遽用意した机セットは大人用で、クリスティーナには大きくて椅子へはよじ登って座る。
さっさとペンと新しいレターセットを準備し、返事には『手紙はもう二度といりません』という本音は隠して、他は素直に──。
『お手紙ありがとうございました。最後の一枚ですが読めませんでした』
たった2行で終わってしまったがやむを得まい。
少し素っ気ないかもしれないが、用も無ければ婚約者でもない相手、前後に挨拶定型文を放り込んでおいたので過不足はないはず。特に不敬罪にも当たらないだろう。
オズワルド第二王子への返事は決めてしまい、再びアレキサンダー第一王子からの手紙を読んでみる。
『ティナ。今日はあまり話せなかったけれど、次に会えるときはもっとたくさんしゃべって君のことを教えてね。僕はいま、星を見るのが好きなんだ。今夜はティナも星を見てね。僕も君を思って星を見るよ。離れていてもきっと、一緒にいる気分を楽しめるんじゃないかと思うんだ。でも、やっぱり早く会いたいね』
「い、癒される~~……! 見ます見ます、星を必ず見ますー! これもうやっぱり返事に『あなたのクリスティーナより』って入れたい~!!」
手紙の爽やかな香りを嗅ぎつつ、クリスティーナはニヤニヤしてアレキサンダー第一王子の甘く可愛らしい相貌を思い出しては身悶えた。
将来、アレキサンダー第一王子がその心を変えて婚約破棄を言い渡してくるのだとしても、今だけは楽しみたい。好きにさえならなければ大丈夫──クリスティーナはそう考える。
結局、初めてのお手紙で飛ばしすぎかと反省してクリスティーナは『あなたの』を書かなかった。
前のめりすぎるオズワルド第二王子の手紙は良い意味で反面教師となってくれた。
相変わらず書斎で書き物中だが、こちらは私室とは異なり侍女が居ない。
どうしたものかと廊下に顔を出せば馴染みの、二十代前半の執事が居た。すぐに返事を書けと言われていたことを考えると、彼は執事長に派遣されてきていたのだろう。
「パーシー、返事を書いたわ」
「確かにお届けいたします」
「あなたが行くの?」
「はい。そのように言付かっております──急ぎますので失礼いたします」
執事パーシーはあらかじめ用意していたがっちりした箱にクリスティーナからの手紙を入れた。箱は前世の大昔の医者が往診に使っていたかのような大きながま口の鞄に丁寧にしまっている。パーシーは軽く礼をしてクリスティーナの前から足早に立ち去っていった。
手紙ひとつのことなのに、何やら妙な疲労感がクリスティーナに広がる。
(オズ様だめだ……破滅理由ってだけで嫌なのに、なにあのキャラ……いやまだ子どもなわけで……いやでも……うーん……つかれる……)
ギリギリ気を持ち直し、クリスティーナは書斎に戻って軽く工作する。
弟のテディことセオドアと遊ぶのに何かしら簡単なおもちゃをこさえておこうと思ったのだ。
(5歳のオズ様の相手を手紙でして、今度は4歳の弟……私は斬首を回避したいのであって子守りをしたいわけじゃないのに……)
厚手の紙とペンとはさみで適当に福笑いをこさえるクリスティーナ。
その後、書斎にやってきたセオドアはそのままそこで福笑いで遊んだ。
前世三十路がいい加減に作った正月遊びのおもちゃだったが、公爵家嫡男といえどこのシンプルな遊びにはハマったようで、ケラケラ笑った。
キュート可愛いおショタに癒され、クリスティーナも少し持ち直したのだった。
夕食後の夜、クリスティーナがそろそろバルコニーに出て星を眺めようかなと思っていた頃、なんと、早馬で手紙が一通届いてしまう。
『おれだ! オズだ! わからないなら仕方ない、明日オレが教えてやるから城に来い! 命令だからな!』
代筆ではない少々乱暴な文字で書かれていた。
「なんこれ……やっべーよ、オズ様。お子ちゃま特有の厄介なだけの真性オレ様──はぁ……あの読めない字、罠だったのか……やられた……」
この時間では返事を書いても5歳のオズワルド第二王子は就寝しているはず。『明日は行けません』というクリスティーナの返事を明日受け取らせるとなると──。
(……ますますややこしくなりそう……え~~?……迷惑とかいうレベルじゃないんだけど。こんなの続いたら速攻浮気……ん? むしろ早めに婚約を破棄じゃなくて解消に持ち込む方が安全……なの? うわ、展開読めなくなりそう……! 困る!)
クリスティーナの明日の予定は決まってしまった。
5歳児に不似合いなため息をこぼし、クリスティーナは3階私室のバルコニーに出る。
「はー……すごい……」
脳みそに前世三十路が混ざってから初めて見る夜空だった。日本の田舎の夜空より、星が多い。
濃紺の空に、小さな光の粒がびっしりと埋まっているのだ。星の光の粒子はランダムに濃淡をもってあちらでキラキラ、こちらでキラキラ輝く──。
クリスティーナが手紙に書いたように快晴。雲一つ遮るものはなく、星空を宝石箱と例える意味をしみじみと理解した。
空を見上げていると頭の芯がふわりと揺れるような気がした。そのまま星空に吸い込まれてしまいそうだ。
クリスティーナは寝間着のままバルコニーに大の字に転がった。
「──すごいな……」
前世三十路は会社帰り、必ず夜空を見られたはずなのに特に記憶にない。
「ありがと、アレックスさま。ちょっと和んだよ……」
すでに内面込みで完璧イケメンの片鱗が見えていたアレキサンダー第一王子の柔らかな笑顔を思い出し、クリスティーナはにっこり笑ってしばらく星空を鑑賞したのだった。
手紙は時候の挨拶から始まるが、6歳なのに代筆ではない。しかも、幼児の字なのに読みやすい上、内容にもそつがない。
『ティナ。今日はあまり話せなかったけれど、次に会えるときはもっとたくさん僕としゃべって君のことを教えてね。僕はいま、星を見るのが好きなんだ。今夜はティナも星を見てね。僕も君を思って星を見るよ。離れていてもきっと、一緒にいる気分を楽しめるんじゃないかと思うんだ。でも、やっぱり早く会いたいね』
(──6歳にしてこんな口説き文句が言えますか、そうですか…………なんかもう甘ったるい歌詞かしら……)
クリスティーナは爽やかな香り付けされた手紙を顔にぐっと押し当てた。
(すごいよ、しっかりラブレターじゃない? もうこれ立派なラブレターでしょう? そりゃあゲームのクリスティーナものめり込んで好きになるわ……アレックス王子ポテンシャルたっけぇ! 婚約者と初めて交わす手紙、これかよ!)
くんかくんか香りを楽しんだあと、机のところまで戻って椅子に座る。今、読んだ内容への返事をアレキサンダー第一王子宛てに書くべく、クリスティーナは引き出しからレターセットを取り出した。
いつもは領地に引っ込んだ祖父母に書くくらいでしか登場しないアイテム──香りはほのかにフルーティーな甘さが染み込んだレターセットだ。
机の上の羽ペンにインクを付けてクリスティーナもなけなしの語彙力で挨拶を書き、本文にかかる。
『本日、お会いできてとても嬉しかったです。私ももっとアレックス様とお話がしたかったです。でも、緊張してしまってうまくは話せなかったかもしれません。次にお会いして言葉が上手に出てこなくても笑わないでくださいませ。今日は良い天気ですから、きっと星もキレイに見えますね。夜はアレックス様を思い出して私も星を見たいと思います。またお会い出来る時まで──クリスティーナ』
(どーよこれ? アレックス王子の感情レベルに追いついてる? 大丈夫? 『あなたのクリスティーナより』とかのが良かった? いやいや、でもでも、冷めててもいけないけど、好き好き熱すぎてもいけないから、どーよ、このくらいで? 6歳と5歳のやりとりとしてはなんだかよくわからないけど、前世でも○○くん、△△ちゃんと結婚するーとか言い出す年頃だし、いいよね?)
クリスティーナは書いたばかりの手紙を『うーん』と唸りながら眺めている。
「ちょっと時間をおいてあとでもう一度見直そう……!」
羽ペンをペン立てに突っ込み、クリスティーナはオズワルド第二王子からのピンクの封筒をペーパーナイフでビビっと切って手紙を取り出す。
閉じこめられていた香りがふわりと解放された。
(あんっま~…! 砂糖でも練り込んでんじゃない?? むしろバニラエッセンス??)
破滅理由のオズワルドからの手紙はかなり積極的に嬉しくないのだが、彼も王子、クリスティーナも邪険にするわけにはいかず、読む。
オズワルドは誰かしら字の達者な者に代筆させたようだ。お手本のようにキレイに整いすぎるほど整った文字。
──しかし、内容はひどい。
きっとそのまま書けとでも命令したのだろう。
『ティナ、おれだ、オズだぞ、覚えたか? 今日はな、部屋から出るなとしつこく父上に注意されていたんだけど、頑張って抜け出してお前に会いに行ったんだ。どうだ、嬉しいだろう!?』
「…………さ、さようでございますか……」
あまりの口語調につい声に出して返事してしまうクリスティーナ。
『父上に言われてなかったら城の中でもおれのとっておきの場所に連れて行ってやったんだけどな! でもな、ティナ、ちゃんとおれに会いに来いよ? そうしたら父上も絶対、ダメとは言わないと思うんだ! 今日はほら、あれ、兄上だろ? ティナもな、別に父上に命令されたからって聞く必要ないからな! 婚約くらい誰としたっておれはいいけどな! 昨日、王家の庭のまだ手入れの届いていないところでめちゃくちゃ綺麗な石を見つけたんだ、気になるだろ? ティナにやるから見にこいよ! おれは庭師とも仲がいいからティナが気に入った花もぜんぶお前にやるからちゃんとおれに会いに来いよな! じゃあな! おまえのオズワルド』
文末だけは本人が書いたのか、力加減や多少いびつさの残るサインだった。
(なんなんだ、なにをおっしゃりたいのよ、オズ様。いくら5歳児でも要領得なすぎ…………いや、延々とおれを訪ねて来いって言ってんの? …………えぇー?……不貞だから嫌です。しかもなにこれ? なにこれ『おまえのオズワルド』ってドン引きでございますわ、オズ様。何かで知って『やってみたかった』系かしらね……変なヤツに遊び相手認定されてしまった気がするわ…………厄介)
オズワルドのサインはあったのに、最後にまだ一枚あった……クリスティーナはため息こらえて読んでいく。
一番上にはたどたどしい文字で『ティナへ』と書かれているのを見つける。
(これ、直筆かしら?)
だが、そこから先、全く違う形の記号の羅列が──外国語らしき文字が並んでいた。
法則性はあるようで、幼児特有の力のないへにゃへにゃした宇宙語ではない。むしろ前世三十路には達筆な英語の筆記体を見せつけられているような気分だ。
(なにこれ……?)
紙の下、最後には代筆手紙と同様、オズワルド本人が書いたと思われるサイン。
本文のみ、読めない──。
(暗号……? うーん……なんか見たことある気もするし……初見のような気もする……)
紙面の下部にはシンプルな線でぐねぐねした絵が書いてあった。
「地図……?」
本棚には地図本もある。
クリスティーナは手紙を机の上に置いて本棚に向かう。まだ10冊ほどしかない蔵書から、縦がクリスティーナの身長の半分ほどはある本を一冊取って両手に抱えると、ソファの前のローテーブルに運んでドンと置いた。
机の上に置き忘れたオズワルドの手紙を持ってソファに戻り、大きな本を開いて絵と一致しそうな地形を探す。
「縮尺も違うよね……無理があるかな?」
手紙の地図の真ん中にはバッテン×が書いてあり、クロスした真ん中から下側の線2本には垂直の短い線が一本ずつ入っている。
剣が交差した記号に見えた──物騒だ。
「……なにこれ……何が言いたいの、オズ様……」
一致する地形は見つかる気がしなかった。クリスティーナは本を片付けて机に戻る。
急遽用意した机セットは大人用で、クリスティーナには大きくて椅子へはよじ登って座る。
さっさとペンと新しいレターセットを準備し、返事には『手紙はもう二度といりません』という本音は隠して、他は素直に──。
『お手紙ありがとうございました。最後の一枚ですが読めませんでした』
たった2行で終わってしまったがやむを得まい。
少し素っ気ないかもしれないが、用も無ければ婚約者でもない相手、前後に挨拶定型文を放り込んでおいたので過不足はないはず。特に不敬罪にも当たらないだろう。
オズワルド第二王子への返事は決めてしまい、再びアレキサンダー第一王子からの手紙を読んでみる。
『ティナ。今日はあまり話せなかったけれど、次に会えるときはもっとたくさんしゃべって君のことを教えてね。僕はいま、星を見るのが好きなんだ。今夜はティナも星を見てね。僕も君を思って星を見るよ。離れていてもきっと、一緒にいる気分を楽しめるんじゃないかと思うんだ。でも、やっぱり早く会いたいね』
「い、癒される~~……! 見ます見ます、星を必ず見ますー! これもうやっぱり返事に『あなたのクリスティーナより』って入れたい~!!」
手紙の爽やかな香りを嗅ぎつつ、クリスティーナはニヤニヤしてアレキサンダー第一王子の甘く可愛らしい相貌を思い出しては身悶えた。
将来、アレキサンダー第一王子がその心を変えて婚約破棄を言い渡してくるのだとしても、今だけは楽しみたい。好きにさえならなければ大丈夫──クリスティーナはそう考える。
結局、初めてのお手紙で飛ばしすぎかと反省してクリスティーナは『あなたの』を書かなかった。
前のめりすぎるオズワルド第二王子の手紙は良い意味で反面教師となってくれた。
相変わらず書斎で書き物中だが、こちらは私室とは異なり侍女が居ない。
どうしたものかと廊下に顔を出せば馴染みの、二十代前半の執事が居た。すぐに返事を書けと言われていたことを考えると、彼は執事長に派遣されてきていたのだろう。
「パーシー、返事を書いたわ」
「確かにお届けいたします」
「あなたが行くの?」
「はい。そのように言付かっております──急ぎますので失礼いたします」
執事パーシーはあらかじめ用意していたがっちりした箱にクリスティーナからの手紙を入れた。箱は前世の大昔の医者が往診に使っていたかのような大きながま口の鞄に丁寧にしまっている。パーシーは軽く礼をしてクリスティーナの前から足早に立ち去っていった。
手紙ひとつのことなのに、何やら妙な疲労感がクリスティーナに広がる。
(オズ様だめだ……破滅理由ってだけで嫌なのに、なにあのキャラ……いやまだ子どもなわけで……いやでも……うーん……つかれる……)
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弟のテディことセオドアと遊ぶのに何かしら簡単なおもちゃをこさえておこうと思ったのだ。
(5歳のオズ様の相手を手紙でして、今度は4歳の弟……私は斬首を回避したいのであって子守りをしたいわけじゃないのに……)
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前世三十路がいい加減に作った正月遊びのおもちゃだったが、公爵家嫡男といえどこのシンプルな遊びにはハマったようで、ケラケラ笑った。
キュート可愛いおショタに癒され、クリスティーナも少し持ち直したのだった。
夕食後の夜、クリスティーナがそろそろバルコニーに出て星を眺めようかなと思っていた頃、なんと、早馬で手紙が一通届いてしまう。
『おれだ! オズだ! わからないなら仕方ない、明日オレが教えてやるから城に来い! 命令だからな!』
代筆ではない少々乱暴な文字で書かれていた。
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この時間では返事を書いても5歳のオズワルド第二王子は就寝しているはず。『明日は行けません』というクリスティーナの返事を明日受け取らせるとなると──。
(……ますますややこしくなりそう……え~~?……迷惑とかいうレベルじゃないんだけど。こんなの続いたら速攻浮気……ん? むしろ早めに婚約を破棄じゃなくて解消に持ち込む方が安全……なの? うわ、展開読めなくなりそう……! 困る!)
クリスティーナの明日の予定は決まってしまった。
5歳児に不似合いなため息をこぼし、クリスティーナは3階私室のバルコニーに出る。
「はー……すごい……」
脳みそに前世三十路が混ざってから初めて見る夜空だった。日本の田舎の夜空より、星が多い。
濃紺の空に、小さな光の粒がびっしりと埋まっているのだ。星の光の粒子はランダムに濃淡をもってあちらでキラキラ、こちらでキラキラ輝く──。
クリスティーナが手紙に書いたように快晴。雲一つ遮るものはなく、星空を宝石箱と例える意味をしみじみと理解した。
空を見上げていると頭の芯がふわりと揺れるような気がした。そのまま星空に吸い込まれてしまいそうだ。
クリスティーナは寝間着のままバルコニーに大の字に転がった。
「──すごいな……」
前世三十路は会社帰り、必ず夜空を見られたはずなのに特に記憶にない。
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