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黎明編(~8歳)
雪の日の邂逅⑧ 大掃討二日目
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翌日、夜中の晴天はどこへやら、再び空はより重たげな灰色の雲で覆われている。
起きた頃にはすぐにでも降りそうだと思っていた。だが、出陣の段、パトリシアが身支度を整えて前庭に着いた頃、やっと、すぐに溶けてしまう程度の雪が落ち始めていた。
分厚い手袋の下で指先が冷える。息を吹きかけても温まらないが、外すわけにもいかない。もしかしたら外して息を吹きかけた方が……などと暇つぶしの考え事をしていると、城郭の出口からノエルが姿を見せた。
「おはよう、トリシア。今日も早いね」
「ノエル。おはよう、昨日は怪我しなかった?」
「はは、うん、まぁ、大怪我はしなかったよ。治癒術で完治してるから大丈夫!」
パトリシアの知る範囲では、治癒術では骨折や切断は治せない。
基本的に治癒術は変異魔術、形を変化させる魔術だ。失われた血液を補充したりも出来ない。縫うような傷ならば治癒術で塞ぐことは出来るが、受けたダメージそのものや喪失した体力、痛みの軽減は出来ないとされている。
精神的な、感覚や知覚の操作は支配魔術になってくる。痛みのコントロールなどは神経操作術の範疇で、術者の極端に少ない闇属性術者が使って始めてはっきりと効果が現れる。
また、変異魔術の中でも治癒術は光属性と相性が良い。光属性術者が治癒術を使えば神経や腱を繋ぐこともあるという。
そもそも自前の魔力を持たず、魔術が遠い存在だったパトリシアは感嘆の声がすんなりと出る。
「……治癒術ってすごいのね」
「──ほら、魔力晶石をシャノンにもらったろ? 魔力をかりればトリシアにもすぐに出来るよ」
「そっか……そうね、今度擦り傷が出来たら試してみるわ」
やっと前向きになってノエルを見上げる。
「うん。でも、すごいって言ったら昨日のジェラルド様の大魔術だよ。獄炎大狼をあっという間に氷付けにしたのはもうビックリ通り越して目が点になった。あんな氷柱一本だって作れる人まずいない」
ノエルからすれば乱戦中に獄炎大狼が間近かで凍りついたのだ。圧巻だったことは疑いようもない。
そこへクリフもやってきてすぐ会話に入ってきた。
「大魔術の多重がけとか、やり方聞いても『深く集中して、我慢してドカンってやるんだ、わかる?』だったしな。全くわからんかった」
「──おはよう、クリフ。クリフも怪我はない?」
「おう! たっぷり寝たし元気だ! そういや──」
言いかけてクリフはぶふっと笑った。パトリシアは首を傾げる。
「……いや、悪い。昨日、シャノンがお前の部屋に押しかけたって聞いてな、懐き方がすごくて、まさか風呂──ああ、いや、シャノンも、仕方ないんだけどな……」
昨日、パトリシアが風呂で溺れたことも知っていそうだが、触れないのがマナーと思ったのかクリフは話を濁した。
パトリシアはふぅと息を吐く。
「シャノンが話したいと思ってくれているのはわかっていたから、ちゃんと聞いてあげたかったんだけど……」
「トリシア、シャノンがあんなに懐いてる理由、聞く?」
「え? ええと、ノエル達は五人兄弟でしょう? 真ん中のシャノンだけが女の子でみんな男の子だからかなと、私思っていたわ」
「正解! でもな、トリシア、それだけじゃないんだぜ」
「他にあるの?」
長子ノエルがうんと頷いた。
「シャノンは今でこそギャーギャーうるさい子だけど、前はあんなじゃなくて、もの凄い引っ込み思案で、したいことを聞いてももじもじして言えなくて、話題が他にうつってしばらくしてからギャーって泣いて『本当はああしたかったのにぃ!』って癇癪おこす感じだったんだよ」
「それがな──。トリシア、領に移り住む前に何日か遊びに来たことがあったろ?」
過去世の記憶を取り戻す前の話だ。ひどくわがままに、思いのまま好き勝手に振る舞っていた頃で、完全に過去世の言うところの『黒歴史』……今のパトリシアには消去してしまいたい過去なのだが──。
「ショック受けてたよね。シャノン、目をまん丸にして、口をポカーンと開けて。トリシアが侍女達に『ああじゃなきゃダメ』とかあれしたいこれしたい、外に行きたいドレス買って赤い大きなリボンがいい、それじゃなきゃだめっ!って──んぐっ」
パトリシアはぐっと背伸びをしてノエルの口を両手で塞いだ。眉をしかめ、恥ずかしさに頬を染めてノエルを睨む。
「やめてったら! 今はしないでしょう!?」
「…………」
「…………いや、ごめん」
ぷくっと頬を膨らませたパトリシアの手を外しながら、ノエルは小さな声で謝った。むしろ双子の方がパトリシアの拗ねた顔を見て赤面している。
「あーええと、なんの話……そうそう、シャノン、シャノンはそれで『あれでいいんだ』って自分の気持ちをどんどん言うようになったんだよ。だから、ありがとう?」
パタパタと手で顔を扇ぎながらノエルはどうにか話にオチをつけた。
「シャノンにとっちゃ、トリシアは姉か妹が欲しかったってとこにやってきた『お姉様』だもんな。しかもすっかり影響されて憧れちゃってるから。なんつぅか、俺らは男兄弟だからな、トリシア! 妹を頼む」
「なにそれ。私だって弟しかいないから嬉しいのよ? シャノンは私にとっても可愛い妹なの」
実弟のジェイミーは王都の別邸で今回も母とお留守番だろう。
ジェイミーは過去世の物語では処刑の場にパトリシアを騙して引きずり出す役を買って出ていた。放置しておくわけにはいかないのだが、生まれてから今も病がちでよく熱を出すというジェイミーと、交流らしい交流はないままだ。
──ジェイミーとの関係も、少しは良いものにしておかないといけないわよね……。
「──お姉様!!」
突然の大声に振りかえれば、今度はシャノンが見送りに来ていた。
「トリシアお姉さまぁあー!」
そう言ってシャノンはどぉんとパトリシアに抱きついた。
「シャノンは嬉しいです! 本当のお姉様と思っていていいのですか?? いえ、だめと言ってももうだめです! トリシアお姉様はもう私のお姉様です!」
「──ぅ……」
「シャノン! 首締めてる! 離して! 腕を離して!」
息が出来なくなっているパトリシアの代わりにノエルが声をあげ、クリフがシャノンを引き剥がしてくれる。
──すごい……ぴったり息が出来ないところ押さえられてた……すごい……。
変なところに感心しながら喉をさすって息をすーはー整えるパトリシアだった。
大掃討二日目。
シャノンに見送られながらパトリシアは再び進軍していく騎馬隊の後ろから進んだ。
昨日いた騎馬は半分以上、歩兵は全ていなくなっていた。
被害が出たのではなく、五砦すべての要塞機能の稼働、野営地の設営が昨夜の内に完成した結果、帰城したのが一部だけだったらしい。
相変わらず父ジェラルドの『こうしたらいいんじゃない? やっちゃえば?』と計画に大鉈を振るって前倒ししてしまった。それもこれも、総大将のはずのジェラルド本人が△森の五つ全ての上空を飛び回って超難敵を次々と倒してしまったからだ。
移動しながら、馬を並べた総団長チャドに昨夜の進捗を聞いていたがパトリシアはいよいよ呆れてくる。
父の規格外ぷりに『チート主人公みたい……』と日々少しずつ増えていく、理解が深まっていく過去世の記憶から用語を引き出すパトリシアだった。
今日は北側、神の涙の滝の前を通って冬の村へ行く予定だ。その後、戻って──ノエルやクリフが詰めているという北側の砦に寄る。
疲労はとれているが、昨日より冷える中で風をきって馬を走らせるのはこたえる。馬の温もりが無ければ凍えてしまいそうだ。証拠に、ほんの少し雪が増えている。
馬に揺られながら、パトリシアは「はー」と白い息を吐き出した。呼気はすぐに後ろへ流れていく。
──昨夜、風呂で寝落ちして寝台で目覚めると、傍らには父ジェラルドがいた。
寝物語のように、父からも大掃討二日目のことを教えてもらっている。
『森を中心へ向けて四段階に攻略してるんだよ、いつかトリシアも参戦するのかなぁ。お父様、絶対一緒に行くから必ず言うんだよ?』
パトリシアのわがままは何でも受け入れてくれる。その姿勢は過去世の物語に登場する悪役令嬢パトリシアにとっての父ジェラルドも同じだったのだろう。
それなのに血の誘惑に負けたのは何故なのか……やはり、孤立孤独がつらかったのか。
どうしても考えずにいられない。今のパトリシアが踏みとどまっていられているからこそ……一体、何があって、負けたのか。
『今日一日で半分以上進んだからね。明日の二日目は森の中心、五角形の大穴の周りの木を倒しながら進むんだ。いつもなら二日目に完成する野営地だけど、今年はもう出来てるからね、森の周辺はもう安全だから、明日はすぐにでも砦に来てもいいよ。ただし、夕方になる前に城に帰るのが条件』
そう言って、やはり最後はバチコーンとウィンク。
『砦は五つあるでしょう? お父様はどちらにいらっしゃるの?』
『んー……お父様は多分、ずっと大穴の横かなぁ。大きい魔獣で被害が出てもしょうがないからね、出てきたところで狩っちゃうかな』
『……魔獣は大穴? から出てくるの?』
『そうだよ。降りようにも光属性魔術すら届かない闇属性の結界が張られていてね。人は中に入れないんだ。トリシアは知っているかな? 光は神の心、闇は神の罪だって』
魔術の勉強を始めたとき、ノエルが最初に教えてくれたことだ。詠唱ルールで属性は神の部位で覚える。
『闇は、神の御心も届かないほどに罪深いのだと……その闇の奥から魔獣は産まれてくるのだと。同じ生き物のはずなのに、どうしてみんな祝福されて産まれて来ないんだろうね……闇だろうと神の一部なのにね……』
寂しさというものは、未来の恐怖を思えば押さえ込めると思っていた。実際、家族と一人離れ、親類はいるものの、パトリシアは領城で過ごせていた。
だが、手放しで甘えさせてくれる父の前ではこらえきれない。
優しい声を聞いているうちに、パトリシアは父の手を握りしめて眠っていた。
朝になって侍女サニーに聞くと、日付をまたぐ頃、ジェラルドは領主シリルの執務室へ向かったそうだ。シリルは双子の父親であり、またジェラルドの弟でもある。
父に対しては、忙しい中でもパトリシアを優先して時間を作ってくれていたことが申し訳ないと思いながら、心から嬉しかった。
帰城していたのは主に北の砦に詰めるノエルとクリフ双子の率いる部隊だ。実質、若くして副団長を務める騎士ミックとモーリスが指揮している。二人はパトリシアの魔獣狩り初陣の時にもいて、双子を馬に乗せていた騎士達だ。
先行していた双子の部隊がルートを南下して北の砦へ向かうのを見送りつつ、パトリシアは神の涙の滝を右手に、さらに西へ進んだ。
起きた頃にはすぐにでも降りそうだと思っていた。だが、出陣の段、パトリシアが身支度を整えて前庭に着いた頃、やっと、すぐに溶けてしまう程度の雪が落ち始めていた。
分厚い手袋の下で指先が冷える。息を吹きかけても温まらないが、外すわけにもいかない。もしかしたら外して息を吹きかけた方が……などと暇つぶしの考え事をしていると、城郭の出口からノエルが姿を見せた。
「おはよう、トリシア。今日も早いね」
「ノエル。おはよう、昨日は怪我しなかった?」
「はは、うん、まぁ、大怪我はしなかったよ。治癒術で完治してるから大丈夫!」
パトリシアの知る範囲では、治癒術では骨折や切断は治せない。
基本的に治癒術は変異魔術、形を変化させる魔術だ。失われた血液を補充したりも出来ない。縫うような傷ならば治癒術で塞ぐことは出来るが、受けたダメージそのものや喪失した体力、痛みの軽減は出来ないとされている。
精神的な、感覚や知覚の操作は支配魔術になってくる。痛みのコントロールなどは神経操作術の範疇で、術者の極端に少ない闇属性術者が使って始めてはっきりと効果が現れる。
また、変異魔術の中でも治癒術は光属性と相性が良い。光属性術者が治癒術を使えば神経や腱を繋ぐこともあるという。
そもそも自前の魔力を持たず、魔術が遠い存在だったパトリシアは感嘆の声がすんなりと出る。
「……治癒術ってすごいのね」
「──ほら、魔力晶石をシャノンにもらったろ? 魔力をかりればトリシアにもすぐに出来るよ」
「そっか……そうね、今度擦り傷が出来たら試してみるわ」
やっと前向きになってノエルを見上げる。
「うん。でも、すごいって言ったら昨日のジェラルド様の大魔術だよ。獄炎大狼をあっという間に氷付けにしたのはもうビックリ通り越して目が点になった。あんな氷柱一本だって作れる人まずいない」
ノエルからすれば乱戦中に獄炎大狼が間近かで凍りついたのだ。圧巻だったことは疑いようもない。
そこへクリフもやってきてすぐ会話に入ってきた。
「大魔術の多重がけとか、やり方聞いても『深く集中して、我慢してドカンってやるんだ、わかる?』だったしな。全くわからんかった」
「──おはよう、クリフ。クリフも怪我はない?」
「おう! たっぷり寝たし元気だ! そういや──」
言いかけてクリフはぶふっと笑った。パトリシアは首を傾げる。
「……いや、悪い。昨日、シャノンがお前の部屋に押しかけたって聞いてな、懐き方がすごくて、まさか風呂──ああ、いや、シャノンも、仕方ないんだけどな……」
昨日、パトリシアが風呂で溺れたことも知っていそうだが、触れないのがマナーと思ったのかクリフは話を濁した。
パトリシアはふぅと息を吐く。
「シャノンが話したいと思ってくれているのはわかっていたから、ちゃんと聞いてあげたかったんだけど……」
「トリシア、シャノンがあんなに懐いてる理由、聞く?」
「え? ええと、ノエル達は五人兄弟でしょう? 真ん中のシャノンだけが女の子でみんな男の子だからかなと、私思っていたわ」
「正解! でもな、トリシア、それだけじゃないんだぜ」
「他にあるの?」
長子ノエルがうんと頷いた。
「シャノンは今でこそギャーギャーうるさい子だけど、前はあんなじゃなくて、もの凄い引っ込み思案で、したいことを聞いてももじもじして言えなくて、話題が他にうつってしばらくしてからギャーって泣いて『本当はああしたかったのにぃ!』って癇癪おこす感じだったんだよ」
「それがな──。トリシア、領に移り住む前に何日か遊びに来たことがあったろ?」
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「ショック受けてたよね。シャノン、目をまん丸にして、口をポカーンと開けて。トリシアが侍女達に『ああじゃなきゃダメ』とかあれしたいこれしたい、外に行きたいドレス買って赤い大きなリボンがいい、それじゃなきゃだめっ!って──んぐっ」
パトリシアはぐっと背伸びをしてノエルの口を両手で塞いだ。眉をしかめ、恥ずかしさに頬を染めてノエルを睨む。
「やめてったら! 今はしないでしょう!?」
「…………」
「…………いや、ごめん」
ぷくっと頬を膨らませたパトリシアの手を外しながら、ノエルは小さな声で謝った。むしろ双子の方がパトリシアの拗ねた顔を見て赤面している。
「あーええと、なんの話……そうそう、シャノン、シャノンはそれで『あれでいいんだ』って自分の気持ちをどんどん言うようになったんだよ。だから、ありがとう?」
パタパタと手で顔を扇ぎながらノエルはどうにか話にオチをつけた。
「シャノンにとっちゃ、トリシアは姉か妹が欲しかったってとこにやってきた『お姉様』だもんな。しかもすっかり影響されて憧れちゃってるから。なんつぅか、俺らは男兄弟だからな、トリシア! 妹を頼む」
「なにそれ。私だって弟しかいないから嬉しいのよ? シャノンは私にとっても可愛い妹なの」
実弟のジェイミーは王都の別邸で今回も母とお留守番だろう。
ジェイミーは過去世の物語では処刑の場にパトリシアを騙して引きずり出す役を買って出ていた。放置しておくわけにはいかないのだが、生まれてから今も病がちでよく熱を出すというジェイミーと、交流らしい交流はないままだ。
──ジェイミーとの関係も、少しは良いものにしておかないといけないわよね……。
「──お姉様!!」
突然の大声に振りかえれば、今度はシャノンが見送りに来ていた。
「トリシアお姉さまぁあー!」
そう言ってシャノンはどぉんとパトリシアに抱きついた。
「シャノンは嬉しいです! 本当のお姉様と思っていていいのですか?? いえ、だめと言ってももうだめです! トリシアお姉様はもう私のお姉様です!」
「──ぅ……」
「シャノン! 首締めてる! 離して! 腕を離して!」
息が出来なくなっているパトリシアの代わりにノエルが声をあげ、クリフがシャノンを引き剥がしてくれる。
──すごい……ぴったり息が出来ないところ押さえられてた……すごい……。
変なところに感心しながら喉をさすって息をすーはー整えるパトリシアだった。
大掃討二日目。
シャノンに見送られながらパトリシアは再び進軍していく騎馬隊の後ろから進んだ。
昨日いた騎馬は半分以上、歩兵は全ていなくなっていた。
被害が出たのではなく、五砦すべての要塞機能の稼働、野営地の設営が昨夜の内に完成した結果、帰城したのが一部だけだったらしい。
相変わらず父ジェラルドの『こうしたらいいんじゃない? やっちゃえば?』と計画に大鉈を振るって前倒ししてしまった。それもこれも、総大将のはずのジェラルド本人が△森の五つ全ての上空を飛び回って超難敵を次々と倒してしまったからだ。
移動しながら、馬を並べた総団長チャドに昨夜の進捗を聞いていたがパトリシアはいよいよ呆れてくる。
父の規格外ぷりに『チート主人公みたい……』と日々少しずつ増えていく、理解が深まっていく過去世の記憶から用語を引き出すパトリシアだった。
今日は北側、神の涙の滝の前を通って冬の村へ行く予定だ。その後、戻って──ノエルやクリフが詰めているという北側の砦に寄る。
疲労はとれているが、昨日より冷える中で風をきって馬を走らせるのはこたえる。馬の温もりが無ければ凍えてしまいそうだ。証拠に、ほんの少し雪が増えている。
馬に揺られながら、パトリシアは「はー」と白い息を吐き出した。呼気はすぐに後ろへ流れていく。
──昨夜、風呂で寝落ちして寝台で目覚めると、傍らには父ジェラルドがいた。
寝物語のように、父からも大掃討二日目のことを教えてもらっている。
『森を中心へ向けて四段階に攻略してるんだよ、いつかトリシアも参戦するのかなぁ。お父様、絶対一緒に行くから必ず言うんだよ?』
パトリシアのわがままは何でも受け入れてくれる。その姿勢は過去世の物語に登場する悪役令嬢パトリシアにとっての父ジェラルドも同じだったのだろう。
それなのに血の誘惑に負けたのは何故なのか……やはり、孤立孤独がつらかったのか。
どうしても考えずにいられない。今のパトリシアが踏みとどまっていられているからこそ……一体、何があって、負けたのか。
『今日一日で半分以上進んだからね。明日の二日目は森の中心、五角形の大穴の周りの木を倒しながら進むんだ。いつもなら二日目に完成する野営地だけど、今年はもう出来てるからね、森の周辺はもう安全だから、明日はすぐにでも砦に来てもいいよ。ただし、夕方になる前に城に帰るのが条件』
そう言って、やはり最後はバチコーンとウィンク。
『砦は五つあるでしょう? お父様はどちらにいらっしゃるの?』
『んー……お父様は多分、ずっと大穴の横かなぁ。大きい魔獣で被害が出てもしょうがないからね、出てきたところで狩っちゃうかな』
『……魔獣は大穴? から出てくるの?』
『そうだよ。降りようにも光属性魔術すら届かない闇属性の結界が張られていてね。人は中に入れないんだ。トリシアは知っているかな? 光は神の心、闇は神の罪だって』
魔術の勉強を始めたとき、ノエルが最初に教えてくれたことだ。詠唱ルールで属性は神の部位で覚える。
『闇は、神の御心も届かないほどに罪深いのだと……その闇の奥から魔獣は産まれてくるのだと。同じ生き物のはずなのに、どうしてみんな祝福されて産まれて来ないんだろうね……闇だろうと神の一部なのにね……』
寂しさというものは、未来の恐怖を思えば押さえ込めると思っていた。実際、家族と一人離れ、親類はいるものの、パトリシアは領城で過ごせていた。
だが、手放しで甘えさせてくれる父の前ではこらえきれない。
優しい声を聞いているうちに、パトリシアは父の手を握りしめて眠っていた。
朝になって侍女サニーに聞くと、日付をまたぐ頃、ジェラルドは領主シリルの執務室へ向かったそうだ。シリルは双子の父親であり、またジェラルドの弟でもある。
父に対しては、忙しい中でもパトリシアを優先して時間を作ってくれていたことが申し訳ないと思いながら、心から嬉しかった。
帰城していたのは主に北の砦に詰めるノエルとクリフ双子の率いる部隊だ。実質、若くして副団長を務める騎士ミックとモーリスが指揮している。二人はパトリシアの魔獣狩り初陣の時にもいて、双子を馬に乗せていた騎士達だ。
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