上 下
3 / 18
第一章 封印の書

【1.1】父も母も落ちこぼれ

しおりを挟む
 さて、どこから話したらいいものか。
 転生後一歳の頃では、全く記憶がないし、十歳では色々ありすぎた後だから遅すぎる。
 ちょうど間を取って五歳から始めようと思う。

 オレが生まれ変わったのは、中世ヨーロッパを思わせるレンガ造りの小さな町だ。
 丸い城壁に囲まれた町のはずれにある小さなボロ屋が、オレの家。
 隙間風が吹き込んできて、今にも壊れそうだけど、ここにいると意外と落ち着く。
 まぁ、生まれた頃から住んでいるわけだしね。住めば都とはよく言ったものだ。

 五歳は、オレにとってちょうど転換期に当たる。
 一言で言えば、オレ自身が変わったのだ。成長したと言い換えてもいい。
 おねしょをしなくなったし、オモチャを買ってと駄々をこねなくなった。
 精神的にも余裕ができて、急に大人になったと思う。

 何が起こったかって? 大したことじゃない。
 からくりから言えば、ただ単に前世の記憶が戻っただけなんだ。
 でも、周りからは不気味に見えたかもしれないね。

 記憶が戻ったオレは、自分の置かれた状況に愕然とした。
 ここは魔術も剣術も発達した世界だ。
 多くの人が理想とするファンタジー世界だと思う。

 それなのに、まだ魔術も剣術も一切教えられていない。
 呪文も、剣の振り方も誰も教えてくれない。
 何のための異世界だよ。
 何のための転生だよ。
 思わず、うーっと唸ってしまう。

 でも、何も教えられていないのには理由がある。

「そんなものどうせ使えないのだから、百姓として一人前になれ」

 これが父ハリスと母マルサの口癖だ。ひどいよね。
 魔術の本を読んでいようものなら、ビンタされる。口答えすると、「レイモンド、あなたのためなのよ」と、悲しそうに首を振るばかりだ。

 まったく、「あなたのため」って便利な言葉だよね。反論できないもん。

 でも、この世界(ユフラテス)では魔術と剣術が何よりも重要なんだ。
 両親のようなカーストの最下位、下級剣士と下級魔術士となれば、養っていくのも精いっぱいだし。
 今日のご飯が煮干しご飯なのも、父母に魔力がないせいなんだけど。
 せめて剣術さえできれば、もっといい給料で雇ってもらえるはずなんだけどね。
 そんなどん底から這い上がるには能力を高める必要がある。それなのにうちの両親ときたら……。

「ふぅ」

 あからさまに声に出して、ため息を漏らす。

 理由は分かってるんだ。何も教えてもらえないのは、才能がないと思われているからだ。ハリスもマルサも血がにじむような努力をしたらしいが、結局は「無能」、「逆の意味ですごい」と町中でバカにされて、やる気を失って今に至るってわけ。
 実らない努力をしてバカにされるなら、百姓として一人前になった方がいい、という理屈は十分分かる。

 だけどはっきり言って、余計なお世話だ。

 エイヤッ、と手を突き出すと、光の筋が出現する。
 よし、もうこの魔術(イルミネイト)の起動は完璧だな。
 記憶が戻ったおかげで、両親よりも高等な魔術を使えようになった。
 昔プレーしていたRPG『ユフラテス』の魔術が、なぜか通用することが分かったからだ。
 それ以来特訓して、手から炎を出す魔術(フレーム)、水を出す魔術(アクア)、雷を起こす魔術(サンダ)、小さな地震を起こす魔術(クエーク)、光を出す魔術(イルミネイト)など、一通りマスターした。

 町を見ても、二種類以上の魔術を使える子供はいない。もちろん勝ち誇ったりはしないよ。見た目は子供でも、頭脳は大人のつもりなので。
 でも、たまにこんな感じで子供っぽい口調になってしまう。やっぱり体に精神が引きずられることもあるのかな。

――

 平穏な故郷、オバマ町が魔物に襲われたのは、六歳の誕生日だった。
 誕生日ケーキなんて、貧乏なうちに来るはずがない。
 ケーキの代わりに登場したのが、体長十メートルを裕に超しそうなLV50の古代龍、バジリスクだ。

 ボロボロで、かび臭い我が家では、龍のいきなりの出現に軽いパニックを起こしたのか、ハリスとマルサが忙しなく動き回っている。悪いがもう見ていられない。そう思って、玄関へと駆け出す。
「早く隠れるんだ、レイモンド! もっと奥に。おい、お前、どこに行く」
 肩に手をかけ呼び止めようとするハリスを振り払い、外に出る。空は、まるで濃厚なワインのように、赤黒く不気味な光を帯びていた。オレは急いで、壁門から駆け出した。門番が「おい、小僧。早く逃げろ」と叫び終わるよりも先に、原っぱに到着する。目の前にあったのは、想像を超えた破壊だった。

 オバマ町の住民の精鋭五百人が精いっぱいの魔力を投じて、古のモンスターに集中砲火を浴びせる。
「なぜだ! オレの魔術が全く通じん。そ、そんな馬鹿な」
「全く近寄れん。近寄れたとしても、どう攻撃したらいいものか……」
「ええい、《最高火力(マキシマムファイア)》!」
「こっちも《大稲妻(グレートサンダ)》!」
「《地震発生(アースクエーク)》! これでどうだ!」
 だが、抵抗は全て無駄に終わる。
「チクショー、通じない。撤退だ。壁の中に戻れ!」

 周りの畑が、バジリスクの炎でいとも簡単に焼かれていく。精鋭部隊の顔色は、炎に照らされているはずなのに、生気を失い凍り付いて見える。抗戦をあきらめ、逃げ惑う部隊の退路を断つように、一直線にバジリスクから火が放たれて、舞い上がる火の粉の焦げ臭いにおいが、辺りを包む。そんな化け物を見てオレはなぜか、湧き上がる興奮を隠しきれずにいた。

「バジル。夜襲なんて、お前も堕ちたものだな」

 口が自然に動き、その後耳から意味を理解する。今まで見たこともない魔物を前にして、オレはなぜか強い既視感を覚えていた。ゆっくりと、手ぶらでバジリスクに近づいていく。精鋭部隊は、呆気にとられてオレをポカーンと見つめている。
 小さなガキが、凶悪な古代龍に向かって歩いていくのだから無理もない。

 そんな周りを一切無視して、上に高くジャンプすると、軽く二度前方宙返りをした後、バジリスクまで五メートルの距離で着地した。そして、自分の口から出た言葉をまた、どこか他人事のように聞いていた。

「さて、ウォームアップといこうじゃないか」

ーーーー
あとがき:コメント等お気軽に頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
レベル表示が欲しい等、バトルをもっと深く、逆にあっさりに等、リクエストがあればできるだけ反映いたします。
しおりを挟む

処理中です...