オレが最凶の邪神? 身に覚えがございません

ジオラマ

文字の大きさ
18 / 18
第一章 封印の書

【1.16】サイデルのダンジョン

しおりを挟む
「封印の書が壊れるとどうなるの?」
 粉々になった石板の破片を見ながら、パセリが聞いてくる。
 オレに聞いてどうすると思ったが、サイデルの記憶が答えを教えてくれた。
 カンニングしているような気分だが、頭に浮かんできてしまうのだから仕方がない。
「モンスターがポップアップするらしい」
「封印された相手じゃなくて?」
「無理やり壊すと魂も吹っ飛ぶみたいだからね。魂のないモンスターが出現するんだ」

 正規の方法で解除すれば、封印された対象がそのまま復活する。
 だが封印の書を破壊すると、無知性のモンスターが発生してしまう。
 視界にとらえたもの全てを食べ物とみなす。そして見境もなく破壊する。
 そんな迷惑な存在がモンスターだ。
 モンスターを目の敵にして、人間が日々討伐しているのも頷ける。

「いや、モンスターも使い方次第かな」
 そう言って、考えを若干修正する。
 サイデル時代、モンスターを飼っていたのを思い出したからだ。

 モンスターの利点は何といってもコストパフォーマンスだ。
 無尽蔵な食欲に関わらず、何も食べなくても生きていけるのだ。
 ダンジョンに来る招かざる客を撃退するのに、これほど便利なものはない。
 しかも、封印の書をぶっ壊せば簡単に作れる。

「レイモンド様。そのモンスターって、どこに出てくるんですか?」
「封印された場所だな。今回は龍の祠の最深部で間違いない」
「やっぱり倒さなきゃダメですかね」

 責任を感じたのだろうか。封印の書を破壊してしまったバジルは、いつもより真剣な面持ちだ。

「そうだな。早めに倒した方がいい。奴が祠から逃げてしまうと、被害も出そうだからな」
「発生したモンスターって、強いんですか?」
「あぁ、強い。モンスター化したとはいえ、元がトゥバンだからな」
 龍王トゥバン。長らくユフラテスの世界に君臨した破壊の王。
 湧き上がってくる古の記憶は、こいつが厄介な敵であることを教えてくれる。

 見た目は龍の姿のバジルにそっくりだ。
 だが、トゥバンは大きさが十倍で体長百メートルほどもある。
 さらに、炎の威力は周囲一帯の岩をドロドロに溶かせるなど、桁違いだ。さすが龍王と呼ばれているだけのことはある。

 例えば、「オリオンのベルト」とよばれる三つのカルデラ湖は、いずれもトゥバンが怒りに任せて暴れてできたものだ。
 トゥバンが放った炎が周囲の岩を溶かして、マグマだまりを形成。内圧が高まり火山として爆発したのだ。
 その後空洞になった地下が山体崩壊して、半径五十キロの湖ができたというわけ。
 まさに天災級の化け物だ。

「レイモンド君、龍の祠までどれくらいかかるの?」
 黒猫を右肩に乗せたパセリが聞いてくる。
「バジルに乗れば、半日くらいかな」
「今出れば夕方につくわね」
「あぁ、だけどその前に寄るところがある」
 龍王を相手にするのだ。それなりの装備が必要だろう。
 急がば回れだとみんなを説得して、最初の目的地をとある場所に設定した。

――

 バジルの背中の鱗に掴まって、真っ白な雲の中を移動する。
「レイモンド様、どこまで飛ぶんですか」
「西に五十キロ飛んだところで、旋回してくれ」
「旋回ですか?」
「そう。ぐるぐると竜巻を起こす要領でさ」
「えーっと。よく分かりませんが、やってみます」
 
 指定した地点に到着後、バジルが円を描くように回りだす。中心の雲が凹みに流れ込むと、バチバチと雷のような音が中央から聞こえてきた。
 
 一周するたびに、回転スピードが倍になる。
 膨れ上がる遠心力に、パセリ苦しそうな表情を浮かべている。

「あと少しだから、頑張って」
 オレの励ましに、パセリは素直にうなずく。飛ばされないように鱗を掴んで踏ん張っている。あとちょっとの辛抱だから、頑張ってほしい。

 飛んでいるバジルの方はまだまだ余裕そうだ。さすが、龍の中でも上級種だけのことはある。

 竜巻の渦は地面に付きそうなほど発達した。周りの木々、石などを巻き込んで、どす黒い漏斗のように見える。誰かが巻き込まれたらひとたまりもないが、無人地帯なので問題ないだろう。

 雲でできた漏斗の五十メートル上あたりに、虹色の雲が出現した。シャボン玉のように、角度によって干渉縞が変化して見える。明らかに異質の雲だ。

「レイモンド様、あれは?」
「よくやったぞ、バジル。これは裏口だな」
「裏口って、何のですか?」
「オレの昔の住居、ダンジョンだよ」
「なるほど、あそこまで飛べばいいんですね」
「分かりが早くて助かる。竜巻が消えないうちに、よろしく頼む」
「喜んで!」

 虹雲の中に飛び込むと、急に視界は暗くなった。風の音が一切なくなり、辺りは静寂に包まれた。
 目が暗さに慣れてきて、だんだん周りが浮かび上がってくる。
 目の前にあったのは、石でできた大きな扉だった。

 そうだ。ここは地中深くのダンジョン最深部。オレのかつての住処だ。

「ようこそ、我が家へ」
 気取った気分でオレは深々とお辞儀をする。
 サイデルの家なのだが、自分の家というのは少し違う気もする。
 まぁ、細かいことは気にしなくてもいいだろう。

「レイモンド様。懐かしい匂いがします」

 人の姿に戻ったバジルは、部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んで、笑顔を浮かべる。
 そういえば、バジルのまだ小さい頃はここで世話してたんだっけ。
 寿命の長い龍にとっては、一瞬の出来事と思ったが、どんな動物も小さい頃の思い出は長く感じるものなのだろう。
 ジャネーの法則とか言ったっけ。まぁいいや。

「ここが、伝説のサイデルダンジョン最深部なのね。攻略できた人はいまだいないという」
 扉を前にして、パセリはゴクリとつばを飲み込む。人間として当然の反応かもしれない。
 なにしろ、最悪の邪神の住処なのだ。実際、禍々しい雰囲気がビンビンしている。
 誰だよ、こんなバカでかいの建てたのと言いたくなる。

 扉は高さ五百メートル、幅三十メートルと、龍でも軽々と通れる設計になっている。
 言われなければ、扉ということすら気付かない人も多いだろう。

「八千年前に遊びに来た人間が二人いたけどな。もう二人とも神になっちゃたけど」

 八千年前という言葉にピンときた、パセリが口を挟む。

「トゥバンっていう龍が封印されたころの話?」
「ご明察。ちなみにバジルが生まれた頃でもあるな」

 うんうんと頷くオレに、バジルはびっくりしたように質問する。

「ひょっとして、その元人間の神様ってママのことですか?」
「覚えていたのか。お前にとっては、ゼウスは育て親みたいなものだもんな」
「忘れませんよ。あんなに優しかったのに、ママはどこに行ってしまったんですか」
「今は地球っていう遠くの星の神をやっているな。未だにメイドの格好をしていて驚いたよ。元気そうだから、心配はいらないぞ」
「あぁ……ママ」
 小さい頃の記憶を思い浮かべたのだろうか、バジルは少し寂しそうな顔をした。

「悪いが、手っ取り早く用件を済ませよう」
 
 そう言ってオレは扉に手をかざす。そして人間の発声器官では再現できない、高周波と低周波を織り交ぜた合言葉を、風魔力を使って再現する。
「अलग हैं। हर एक स्वर या व्यंजन」

 合言葉に反応して、扉は青白く光りだした。
 地面と扉との間に手を滑り込ませて押し上げると、まったく重さがないようにするすると上がっていく。
 この軽さは、地球では電動式の自動ドアでしか再現できないだろう。
 魔法の力はやはり偉大だと、あらためて実感した。

 とりあえず、目的の部屋へと向かう。一人暮らしが長かったとはいえ、どの部屋も無駄にデカい。歩くだけで三十分。まったく面倒な家(ダンジョン)を作ったものだ。
 いや、設計したのは昔のオレだけど。

「ここが衣装室? 骨董品置き場じゃないの?」
 衣装室に入るや否や、パセリは驚きの声を上げた。
 無理もない。ほとんどはサイデルの衣装だから、腹回りゆったりデザインなのだ。
 スリムなパセリ目線だと、置物にしか見えないのだろう。

 一応説明しておこう。
「小太りのおっさん向けだけど、機能は問題ないと思うよ。今のオレじゃ着られないけど」

 そうだ、目的を忘れてはいけない。今回はトゥバン戦を前に、パセリたちの衣装を整えることだ。

「ここだよ」と案内した先には、ずらりと女性用の衣装が揃っている。
「うーん、メイド服ばっかりね。どれも弱そう……」
「ところがどっこい。全魔法耐性など、相当の優れものだ。ゼウス自身が作っただけのことはある」

 ゼウス……。あいつ今どうしているのかな。
 メイド服を見ながら、転生時に出迎えてくれた少女のことを思い出す。
 彼女の言っていた世界の危機とは一体何だろう。答えはいまだ見つからない。
 
 そしてオレは、ゼウスたちと過ごした昔の日々を思い浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...