オレが最凶の邪神? 身に覚えがございません

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第一章 封印の書

【1.15】封印の書

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「さあ着いたわよ」
 パセリが指さした先に冒険者組合が見える。それにしてもすごい人だかりだな。赤門にアリが群がるかのようだ。
 これが観光スポットってやつか。

 門の柱には上り竜が絡みつくように彫刻されている。今にも動き出しそうでリアルだな。
 さらによく見ると、うねうねとした文字が刻まれていた。蛇っぽくて気持ち悪いけど、どこか懐かしい感じがする。
 懐かしいというのは、サイデルにとってと言った方が正しいのかも。今はれっきとした六歳児だしね。

 見たこともない文字なんて読めるわけがない? ところがどっこい読めちゃいそうなんだ。
 サイデルの記憶が、見たことのないはず文字の解読を助けてくれる。さすが、サイデル半端ないって。これって自画自賛っていうのかな?

「Cidel delenda estか……」
 意味は理解できたけど、複雑な気分だ。

「レイモンド君、テラン語読めるの?」
「さすがはレイモンド様。なんて書いてあるんです?」
 パセリとバジルは身を乗り出して聞いてくる。

「それがさ、『サイデルをやっつけろ』と書いてあるんだよ」
 やれやれだ。この世界で、サイデルを名乗るのは危険だな。
 

 冒険者組合の入会者カウンターでは、受付のエルフが営業スマイルを振りまいていた。
 スラっとした長身で、緑のボブの髪型に、ピンと上に尖った耳が特徴的だ。

「パセリ様、ようこそいらっしゃいました」
「おはよう、ローズ。今日はこの子たちの登録に来たの」
 パセリはオレとバジルの肩を叩いた。ローズはオレたちをまじまじと見つめている。
「もしかして、転生者ですか? パセリ様のお連れですから、一般人ではないでしょうし」
「紹介するわ。レイモンド君と、バジルよ。二人とも相当の実力者よ」

 ローズは目を輝かせる。
「それは楽しみです。今回はどんな記録が出るのかしら。最近は魔力1000以上が出たことないから、退屈してたんです」

 そう言いながら、ローズはカウンターの下からごそごそと何かを取り出した。
「また計測したいの? ローズは本当に数字が好きね」

 ローズの手に握られていたのは、A4ノートサイズの黒い石板だった。表面は真っ平で、ガラスのように光をきれいに反射している。淵をなぞるようにテラン文字が書かれていた。

「それは何?」
 バジルの質問に、ローズは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに嬉しそうに答える。
「魔力測定器です。どんな人の能力もまるっと丸わかり。ちなみに、パセリさんの魔力は530,000で、この国の最高記録なんですよ」


 どうしてだろう。この『魔力測定器』って呼ばれている石を見ていると、胸騒ぎがしてしょうがない。全く別の用途で使われていた気がするんだけど。

 サイデル時代の記憶のようで、なかなか思い出せない。

「うーん」と唸って考えているうちに、ローズによる説明は進んでいく。

「平均的魔力は100くらいです。でも転生者は10,000以上の人も多いんですよ」
「面白そう。僕やってみたい。早く、早く」
「焦らない、焦らない。これは王国に一個しかない貴重な石板なんです。現代の魔術では解明できない不思議な力を持つ、すごい石なんですよ」
 ローズはえっへんと胸を張る。

「じゃあバジルさん。目を閉じて、手を石板の表面に乗せてください」
 バジルが言われたとおりにすると、石板上部に数字が浮かび上がった。
「すごい。いや、信じられないです。400,000、450,000、500,000。新人の最高記録ですよ。まだ上がるの!?」

 石に表示される数字はさらに上昇していく。さすがは古龍の中でも上位種バジリスクだけのことはある。
 まさかこれほどまで強い人間がいるとは思っていなかったのだろう。まぁ、文字通り人間ではないのだが。
「ボクはまだまだ本気じゃないですよ」
 バジルはドヤ顔で宣言する。

 そうこうしているうちに数字は60万を超えた。石板は全体が赤く仄かに光を帯びている。ローズは度肝を抜かれて石板のように固くなっている。
 石板はさらに赤くなり、真ん中にヒビが入りだした。カチカチと石が擦れるような不気味な音を発しながら、亀裂が拡大していく。
 その亀裂から眩い光が放たれる。異常なことが起きていることは、誰の目にも明らかだ。

「バジル! 早く手を引っ込めろ!」
「レイモンド様、まだ全力を出していないのにどうして」
「いいから早く!」
 
 オレの声に驚いてバジルは手を引っ込めようとしたが、時すでに遅し。
 石板の亀裂は板の端々まで到達して、ガッチャーンという高い音とともに、修復不能なレベルで粉々になった。
 入会者カウンター周辺は静寂で包まれる。あーあ、やっちゃったよ。
 プルプル震えながら口火を切ったのはローズだった。

「壊したんですか!?」
 ローズは大事なおもちゃを壊された子供のように、ヒステリックに叫ぶ。
「いや、だって。手をかざして魔力を注ぎ込むだけの簡単なお仕事ですって言ったのはローズさんじゃないですか」
 バジルは「私は悪くありません」と言わんばかりに早口で返す。
「壊していいなんて一言も言っていません。あぁ私の唯一の楽しみが……」
 石板一つ一つのかけらを拾い集めながら、ぶつぶつと恨み節を繰り返している。

「ごめんなさい。弁償するわ」
 そう言いながら金貨を取り出そうとするパセリをローズが止める。
「いえ。パ、パセリさんには幾度となくお世話になっていますから……」
 ローズも測定を勧めたのが自分自身なので、強くは出られないのだろう。

 結局、新しい測定器を見つけるというクエストが張り出されることになった。
 徳川埋蔵金のように、どこにあるか誰も知らない案件なので、達成されるかは不明だが。
「もし同じような石板を見つけてきたら、テストなしで冒険者認定してくれますか?」
 オレの申し出をローズは二つ返事で了承した。
「もちろんです。通常は認定員との一月にわたる厳しいテストで合否判定されますが、身体能力と魔力についてはパセリさんの折り紙つきですし、クエスト遂行能力もあるということになりますから」
 成果を出すことが、最も確実な実力の証明とのことだ。

「しかし、なんで壊れたのかな。私の時は問題なく測れたのに」
 パセリは首をかしげる。
「分からない。きっとこれまで積み重なったダメージで、限界に達したのかも」

「レイモンド君。さっき考え事をしていたようだけど、石板について何か思い出せる?」
 この石板は単なる能力測定器じゃないことは確かだ。
 眉間にしわを寄せながら、記憶の彼方の情報を取り出そうと唸る。

「試してみるよ。えーっと……うん、少しずつ分かってきた。
 この石板は、隕石や星の地殻から微量にとれるイリジウムとアダマンタイトの合金から出来ている。計測・転移・封印の三つの特長を持つことが知られている。
 まず、接触した者の総魔力量を概算することができる。ただし、顕在化した魔力を測るだけで、潜在的な魔力は測れない」
「ふむふむ、なるほど。だから魔力測定器に使われているわけね」
 パセリは頷いている。

「二つ目の特長は量子テレポーテーションの原理で、物体を瞬時に移動させることができるらしい」
「そんな便利な機能があったんだ。どうやって操作するのか分からないけど、面白そうね」
 光速移動だったら普通のテレポーテーションでも可能だが、何万光年という星と星の間を移動するときは、この石板による量子テレポーテーションを利用した方が便利という訳か。

「三つ目が封印だ。石の大きさに応じて魔力や魔物を封印することができる。そう言えば、神々はこの石板のことを『封印の書』って呼んでいたな」
「そうなのね。この石板にも魔力か魔物が封印されていたってことかしら」
「恐らくね。倒すのが困難な相手を封印するのに多用されたみたいだから。問題は何が封印されていたかだけど……」
 飛び散った破片を頭の中で再構築して石板を復元する。
 そして石板上に書かれていた文字を解読する。

「何か分かった?」と聞いてくるパセリ。
「あぁ。かなりの大物だよ。龍の祠のかつての主、龍王トゥバンだ」
「トゥバン? そんな龍、聞いたことないわ」
 トゥバンに関する記憶を紐解いて、オレは苦笑いした。
「そりゃそうだ。八千年前に封印したのは、このオレなんだから」
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